49話 体育祭 後編
お姉ちゃんズのからかいによって、瑞希が絶叫してしまった。咄嗟に抱きしめたけど、まだ僕の胸の中で泣いている。僕はポケットからハンカチを出して、瑞希の涙を拭う。
「僕も恵梨香姉ちゃんの話に乗ってしまったのが悪かったよ。ごめんね瑞希姉ちゃん。悲しませてゴメン」
それでも瑞希は泣き止まない。恥ずかしいけど、仕方がない。僕は瑞希の頬にキスをする。瑞希は泣きながら「もう1回」とおねだりをする。僕はもう1度、瑞希の頬にキスをする。
すると瑞希は泣きやんだ。今は顔を赤くして、ペタンと地面に座り込んでいる。そして周囲を見回して、両手で顔を覆ってしまった。今頃になって冷静になったんだろうな。クラスメイト達の真ん中で頬にキスをされたのだから、恥ずかしくて仕方がないだろう。キスをした僕も逃げ出したいほどに恥ずかしい。
「あー、熱い、熱い。それでなくても天気は晴れで、気温も上昇しているのに、こんなの見せつけられたら、熱中症になっちゃうわ」
美咲姉ちゃんが呆れたように呟いている。僕も恥ずかしさで頭がクラクラします。
「とにかく昼休憩の時間を有効に使いましょう。まずはお弁当を皆で食べましょうね。蒼ちゃんはここに座って食べていいからね。今日は皆お弁当を張り切って作ってきたから、蒼ちゃん、誰のお弁当から食べても大丈夫よ」
凛姉ちゃんが優しく僕に微笑んでくれる。
瑞希の隣に座ると、瑞希が僕の前にお弁当を置いてくれる、今日はおかずが色とりどりで実に華やかだ。時間がかかったんだろうな。それにしても瑞希、なぜ、おかずの形が全てハートマークなの。ハートマークにするだけ時間かかってるよね。
「凄いね。蒼ちゃんのお弁当。おかずが全部ハートマークになってるよ」
恵梨香姉ちゃんが半分、呆れたような顔をして、僕のお弁当を覗き込む。瑞希は恥ずかしそうにモジモジしている。
「本当だね。蒼ちゃんのお弁当。瑞希の愛がいっぱい詰まってるんだね」
楓姉ちゃん、ほのぼのと言わないで。愛が重すぎて、お腹いっぱいになってるから。瑞希のお弁当を完食しないと、他のお姉ちゃん達のお弁当のおかずをもらうこともできないよ。瑞希の料理の腕は絶品だから嬉しいけど。
僕は瑞希が作ってくれたお弁当をゆっくりと食べていく。お姉ちゃん達は僕のお弁当からおかずを箸で奪い取っていく。
「やっぱり、瑞希のお弁当は絶品ね。私の作ったお弁当と違うわ。美味しい」
美咲姉ちゃんが嬉しそうにおかずを頬張っている。
「私、料理、下手なんだよね」
恵梨香姉ちゃんはそう言いながら、僕のお弁当からおかずを取っていく。確かに恵梨香姉ちゃんのお弁当って、消し炭みたいに焦げた物体が入っているね。あれには手を出さないほうが良さそうだ。
「前から瑞希はお料理が得意だったけど、最近、また腕をあげたわね」
凛姉ちゃんも美味しそうに僕のおかずを口に含む。
「私も料理には自信があったんだけどな。瑞希には負けちゃうかも」
おっとりと笑って、楓姉ちゃんが僕のお弁当へ箸を伸ばす。
お姉ちゃん達におかずを食べられて、僕のお弁当のおかずが一気になくなる。瑞希は嬉しそうに僕におかずを分けてくれる。
「蒼ちゃん、皆のおかずも食べていいからね、どんどん食べてね」
美咲姉ちゃんが笑って、僕のお弁当へおかずを置いてくれる。
「私のも食べてみてよ。せっかく私が作ったんだから」
恵梨香姉ちゃんは消し炭になっている物体を僕にくれた。これだけは食べてはいけないような気がする。後で胃腸薬を琴葉ちゃんからもらっておこう。消し炭を口の中に入れると、やはり焦げた味がした。
「私も蒼ちゃんにおかずをあげるね」
楓姉ちゃんが僕の弁当におかずをどんどん置いてくれる。おお、楓姉ちゃんのおかず、瑞希に負けてないくらい、美味しい。僕はパクパクと楓姉ちゃんのおかずを食べる。すると瑞希にお尻を抓られた。痛い。
僕はなるべく瑞希からおかずをもらい、次に楓姉ちゃんからおかずをもらい、料理上手の2人のおかずを優先して食べる。絶対に恵梨香姉ちゃんのお弁当は危険だ。
凛姉ちゃんは正座をしてキリと姿勢を正して、上品にお弁当を食べている。その姿はどこかの武家屋敷のお嬢様のようだ。
対象的なのは恵梨香姉ちゃんだ。胡坐をかいて座り、早食いのようにお弁当を抱えて食べていく。その姿はまるで男だよ。恵梨香姉ちゃん、美人なんだから、もう少し、凛姉ちゃんを見習ったほうがいいよ。
美咲姉ちゃんは元気いっぱいにお弁当を頬張っている。どこから見ても元気印だ。見ていて気持ちがいい。
楓姉ちゃんはおっとりと一口づつ丁寧に食べていく。ただ食べているだけなのに、なぜ、こんなにもエロいんだろう。楓姉ちゃん、艶やか過ぎだよ。僕は思わず目を逸らす。
瑞希は僕に寄り添うような姿勢で上品に食べている。小さい口がモグモグと動いていて可愛い。思わず笑みがこぼれる。
「蒼ちゃんって、皆に優しいけど、瑞希を見る目は特別に優しいよね。私も彼氏がほしくなってきちゃったな」
美咲姉ちゃんがそう言って、僕と瑞希をからかう。僕が美咲姉ちゃんににっこりと微笑むと「その微笑みに弱いのよね」と呟いて、胸を押えている。
恵梨香姉ちゃんが瑞希と僕を指差して、胸を張る。
「瑞希でも、蒼ちゃんでも、どっちでもいいからさ。早く告白しちゃいなよ。そんなに2人共、両想いでメロメロなんだから、どちらから告白しても同じでしょう」
楓姉ちゃんがお弁当を食べる手を止めて、僕達2人を見つめる。
「早く告白して、蒼ちゃんと瑞希が、彼氏と彼女になってもらわないと困るの。だって私、蒼ちゃんのお姉ちゃんになりたいんだから。早く、瑞希は彼女になって、お姉ちゃんをやめてほしいな」
凛姉ちゃんも楓姉ちゃんの意見に頷いている。
「瑞希、恋人であって、お姉ちゃんでもいたいというのは欲張りすぎだと思う。お姉ちゃんの位置は私達に譲って、瑞希は大人しく、彼女をしていなさい」
瑞希が激しく首を横に振る。
「それはダメ。私は蒼が小さい時からお姉ちゃんなんだもん。蒼のお姉ちゃんの座は誰にも譲らないよ。それに、あなた達が、蒼のお姉ちゃんになったら何をするかわからないから、心配で仕方がないわ」
お弁当を食べ終わって、瑞希対お姉ちゃんズの戦いが始まろうとしている時に昼休憩の終わり報せるチャイムが鳴った。僕は助かったと思って、席を立つ。
「瑞希も、お姉ちゃん達も午後の競技、頑張ってね。僕は自分のクラスから応援してるから」
僕は手を振って、3年6組のスペースから逃げ出した。あのまま座っていたら、巻き込まれる。
2年3組のスペースへ戻ってくると、蓮と瑛太がジト目で見てくるが無視する。
午後の競技のはじめは応援合戦だ。やはり3年生の応援合戦は気合が入っていて凄い。
3年6組を見ると、凛姉ちゃんが学ラン姿で先頭に立って応援を指揮している。その姿は凛々しく、男装の麗人のようだ。まさに武家が似合う女子。凛姉ちゃんが剣道部だったら似合っていただろうな。
僕達のクラスも応援合戦をしている。ガタイが良い男子が選ばれたので、悠が応援団の一員として応援している。額に青筋を浮かべて大声を出している悠の姿は、なかなか様になっている。莉子を見ると「やれー!いけー!」と激を飛ばしている。いいコンビだな。
次は学年別対抗リレーだ。なんと3年生女子代表に美咲姉ちゃんが選ばれている。普通は陸上部や運動部の女子が選ばれるんじゃないのかな。やっぱり逃げ足の速い美咲姉ちゃんは、足も速いんだな。僕は妙に納得した。
学年別対抗リレーの女子の部が始まった。美咲姉ちゃんはなんとアンカーだ。美咲姉ちゃんにバトンが渡る。するとどんどん加速して、美咲姉ちゃんは脱兎のごとく走る。すごい速さだ。後ろを見る余裕まで持ってる。美咲姉ちゃんは余裕でゴールテープを切った。なぜ美咲姉ちゃんは帰宅部なの。陸上部に入っていたら、相当、良いタイムが出たと思うけど。
次の種目はクラス対抗男女混合リレーだ。3年6組の選手の中で一際目立っているのは、藤野健也と瑞希だ。瑞希がトップで走る。スタートダッシュをかける。速い。瑞希はやっぱり足が長くてきれいだな。おお、胸が揺れている。僕以外、誰も見たらダメだぞ。周りを見ると、瑛太と蓮がガン見状態になっている。僕はすぐに瑛太と蓮の前にたちはだかって、連と瑛太の邪魔をする。
藤野健也にバトンが渡る。速すぎる。さすがスポーツ万能と言われるだけのことはある。3年6組は4位だったのに、一気に選手を抜かし、1位に躍り出て、ゴールテープを切る。
1位の場所でバトンを振って、学校中に爽やかな笑みを振りまいている。歯がキラリと光っているのは当たり前だ。
1年生から3年生までの藤野健也ファンの女子が「健也様~」ときいろい悲鳴をあげている。凄い人気だ。性格が残念でなければ、もっと良かったのに。
最後に皆でダンスが行われた。クラス別で男女が交差しながら、ダンスを踊っていく。皆楽しそうだ。蓮は嬉しくてステップを間違えている。芽衣も咲良も笑顔満開だ。僕も楽しくなって皆と踊る。莉子は悠と踊ったまま手を離さない。瑛太はなぜかダンスをしているのに、1人取り残されていた。
瑛太が少し可哀そうだ。僕は瑛太の横に走っていって、一緒に踊ってあげた。
「女顔で可愛いけど、蒼大は男子なんだよ。なぜ、僕には女子が寄ってこないんだ。不幸過ぎる」
瑛太が泣きながら踊っている、涙が頬を伝う。ゴメンよ、瑛太。余計なことをして。
「全校生徒はグランドに整列してください」とアナウンスが流れる。
体育祭の閉会式だ。最優秀クラスが発表された。3年6組だ。藤野健也が台の上にのぼる。そして優勝旗を持って、爽やかな笑顔で手を振っている。「来年も会おうー」と爽やかに叫んだ。
いやいや、藤野健也、お前は高校3年生だからね。来年は卒業してるし、大学に行ってるから。やっぱり性格が残念だ。香織を見ると、顔を真っ赤にして俯いている。さすがのブラコンもフォローのしようがないよな。
閉会式が終わって、皆はそれぞれに学校から帰っていく。瑞希とお姉ちゃんズは僕を迎えにくる。
「3年6組、優勝おめでとう。瑞希、クラス対抗男女混合リレー1位おめでとう」
瑞希は嬉しそうに微笑んだ。美咲姉ちゃん、恵梨香姉ちゃん、楓姉ちゃん、凛姉ちゃんの4人も笑顔が溢れている。
「3年6組の優勝を祝って、蒼ちゃんのホッペにチューだー」と恵梨香姉ちゃんが叫んだ。一斉にお姉ちゃんズが僕の頬にキスをした。
「そんなのダメー!やめてー!蒼は私のものなんだからー!皆の蒼にしないでー!」
夕陽色に染まるグランドの中で瑞希の声がこだました。僕は瑞希を抱き寄せて、頬にキスをする。おめでとう瑞希。