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41話 蒼大の変化

  今日の僕は寝不足だ。昨日の夜、瑞希がベッドに潜り込んできて、耳元で『瑞希と呼んで』と甘くささやくので、瑞希を抱き寄せて、何回も「瑞希」と呼んでいる間に、もう少しで暴走モードに入るところだった。なんとか理性でストップをかける。瑞希はクゥクゥと可愛い寝息をたてて、僕の隣で可愛い寝顔を見せてくれている。



 でも、僕の頭は「瑞希」という名前がこだまする。どうも僕は瑞希と呼ぶと、独占欲がでてきて、とても瑞希のことが愛おしくなって、胸がキュンとなって、離したくなくなるらしい。こんなのは僕らしくないとわかってるんだけど、どうしようもない。これが恋なのかと実感した。恋って凄い。恋は病というけれど本当だと思う。



 今はまだ、朝5時半だ。朝日がカーテン越しに青い光が部屋に差し込み始めている。僕はベッドから出て、カーテンを開けると、東の空から太陽が昇ってきている。



 どうしても眠れない僕は机に座り、勉強を始める。昨日の夜も瑞希に勉強を教えてもらっていたが、瑞希のことばかり考えて、勉強に身が入らなかったからだ。瑞希に教えてもらった要点を復習する。さすが学年トップ成績の瑞希だ。要点を簡潔にまとめてくれていて、とても分かりやすい。



 僕が勉強をしていると、ベッドがモゾモゾと動いた。僕が振り向くと、上半身を起こして、目を擦っている。



「おはよう、蒼」



 昨日から僕が感じていることだが、瑞希に「蒼」と言われると他の人に言われれるのと感じが違う。瑞希の「蒼」には瑞希の甘えたさと僕に対する愛しさが含まれているように感じる。呼ばれていてとても気持ちがいい。



これが恋するということなのだろうか。瑞希だけが特別に感じられる。それが愛しい。



「おはよう、瑞希」



 昨日、話し合った結果、家の中だけは「蒼」「瑞希」と呼び合うことになった。でも僕が興奮して暴走モードに入った時だけは「瑞希姉ちゃん」と呼ぶことを許してもらった。



「お弁当を作ってくるね」と言って、瑞希は1階へ降りていった。時間はまだ6時半だよ。こんな時間からお弁当を作ってくれていたのか。今度からもっと味わって、ありがたく食べよう。



 僕が瑞希を守らなくちゃ。今までは瑞希に守られてきてばっかりだったけど、これからは対等の関係だ。だから瑞希は僕が守る。僕はそう心に誓った。



 机に向かって勉強する。朝の勉強も時にはいいもんだ。学校に行く前から心が引き締まる。そういえば、昨日の夜も、瑞希はベッドから抜け出して受験勉強してたみたいだけど、こんなに眠らなくて体は大丈夫なんだろうか。



 勉強が一区切りついたので、僕は学校に行く準備をして、1階に降りる。1階では瑞希が朝ごはんの用意をしていた。僕はそっと足音を忍ばせて、瑞希の後ろに近づく。すると瑞希がクルリと体を回転させて、僕に抱き着いた。



「後ろから抱き着こうとしてたでしょう。バレてるんだからね。蒼の足音だったら、どんな小さい音でも聞こえるんだから」


「瑞希の勝ちだね」



 僕は瑞希の首に手を回す。瑞希は目を細めて気持ちいい顔をしている。瑞希の大きな胸がムニュウと僕の体に当たって変形する。「瑞希とこうしていたいな」と僕が言うと、「蒼、本当に名前呼びになっただけで、性格変わったね」と言われてしまった。自分では自覚はないが、どこが変わったんだろう。



 瑞希と朝食を食べて、制服に着替えて、2人で家をでる。



 莉子と悠が路地から出てくる。いつも手を繋いで、本当に仲が良い。



「おはよう、瑞希姉ちゃんと蒼大もいつも仲良いな」


「莉子と悠には言われたくないよ。はじめはどうなるかと思ったけど、ベストカップルだね」



 莉子が憮然とした顔で、僕を指差す。



「今日の蒼大、いつもより、顔が男してるじゃん。いつも女みたいな顔をしてるのに。何か変わったことでもあったの?」



「別になにもないよ。ちょっと今日は早起きしたから、サッパリした顔をしてるだけだよ」



 莉子の目が怪しんでいる。僕にもわからないんだから、説明のしようがない。



「蒼、早く行かなと遅刻になっちゃう。悠達も早くいきましょう」


「蒼だって、蒼大のこと、蒼って瑞希先輩が呼び捨てしてるー!」



 莉子が大声で悠に報告する。



「そうだな。今までは蒼ちゃんだったのに、呼び方が変わったな。瑞希姉ちゃん、何かあったのか?」



 悠も怪しんで瑞希に聞いてくる。



「なんでもないわよ。秘密よ」



 瑞希は謎めいた笑みを浮かべて、僕の手を引いて歩いていく。足早に歩くので段々と悠達と距離が離れた。



 すると瑞希がクスクスと笑う。



「やっぱり蒼と2人きりのほうが楽で楽しい。皆の前で内緒にしてるのは疲れる」


「仕方がないよ。バレたら大事なんだから」



 手を繋いで校門へ向かう。すると前に立ちはだかる男性がいた。今日も歯がキラリと光ってウザい。藤野健也だ。隣に香織も口を尖らせて一緒にいる。



「瑞希、今日は朝から君を待っていたんだよ。教室まで一緒にいこうじゃないか」



 笑顔が眩しい。歯がキラリと光る。爽やかオーラ全開だ。それに見惚れている女子も数名いる。確かに顔はイケメンだもんな。性格は残念だけど。



 どこから取り出したのか薔薇の花を一輪指で摘まんで、瑞希に薔薇を差し出してくる。普通に学校へ行く時に薔薇なんて渡されたら、ドン引きすると思うんだけど。周りの女子達は「キャー」と奇声をあげている。



「瑞希には薔薇がよく似合う。この薔薇を受け取ってほしい。これは僕の気持ちさ」



 瑞希は薔薇の花を無言で受け取ると、香織の胸元へ薔薇の花を挿した。



「私よりも可愛い妹の香織さんをもっと大事にしたら」



 瑞希が氷のように冷めた目で藤野健也を見つめる。



「香織は香織で妹として可愛がっている。僕の妹だからな。瑞希は優しいな。妹の心配までしてくれるのか。僕も心配されて嬉しいよ」



 ああ、心配してるよ。頭の中身を。いい加減に瑞希の近くから離れろ。



 僕は瑞希と藤野健也の間に体を割り込ませる。



「藤野先輩、いい加減にしてもらえませんか。瑞希はずっと、藤野先輩から遠ざかっていますよね。意味がわからなんですか?」


「それは瑞希が恥ずかしがっているからだろう。遠ざかっているということは意識している証拠さ」



 どこまでポジティブな人なんだ。いい加減にしてほしい。



「瑞希姉ちゃんは藤野先輩のことが苦手なんです。藤野先輩、いい加減に瑞希姉ちゃんのことを諦めてもらえませんか。本当に瑞希が嫌がってるんで」


「蒼大くんに言われる問題ではないな。これは僕と瑞希の問題だ。それに君は2年生だ。下級生が上級生に向かって、そんな口の利き方をしてもいいと思ってるのかい。自分の立場を考えたまえ。場を弁えなさい」



 僕が下級生だから、僕が瑞希より年下だから、瑞希を守れないのか。悔しい。



「健也、いい加減にして。蒼によくもそんなことを言ったわね。許さない。私は健也のことが昔から大嫌いなのよ。はっきり言わないとわからないの。この鈍感。私は蒼が好きなの。健也みたいなのは大嫌い!」



 とうとう瑞希の怒りが爆発した。



「可愛い弟君をけなされたから怒ってるんだね。瑞希は優しいな。今は僕が引こう。瑞希、教室で会おう」



 藤野健也は最後まで爽やかな笑顔を振りまいて、歯を輝かせて校舎へ去っていった。完全に僕の完敗だ。僕が年下だから瑞希を守れなかった。僕はガックリと肩を落とす。



 瑞希が僕の背中をさすってくれた。



「蒼、今までと違って、私のために戦ってくれたじゃない。でもあの無神経に何を言っても無駄なのよ。中学の時からあれだから、何回も断ってるし、嫌いだって言ってるんだけど、人の言うことは完全に無視するタイプなの。だから気にしちゃダメよ。蒼、ありがとう」



 僕と瑞希は手を繋いで校舎に向かった。靴箱のところで瑞希と別れる。僕はトボトボと2階の自分の教室まで歩いていく。教室に入ると、蓮と瑛太が寄って来た。



「校門のところで、藤野先輩とやり合ってたじゃん。蒼が人に言い返すところを初めて見たよ。よく頑張ったな」



「蒼が校門で言い合いなんてするなんて珍しいよね~。でも藤野先輩に拘わらないほうがいいよ~。面倒臭いから。俺だったら、絶対に逃げてるわ」



 瑛太が両手の拳を握り締めて、僕のことを応援してくれる。



 蓮は両手を首の後ろに回して、感想をいう。



 僕は俯いたまま自分の席に座った。でも僕の心の中のモヤモヤが晴れない。僕は教室を飛び出すと隣の4組の教室の中に入っていく。教室の中央の席に藤野香織が座っていた。



「こんにちは、香織。今日の朝はすまなかったね」


「こちらこそ、お兄様がお邪魔をして申し訳なかったわ」


「昼にでも話がしたい。もう藤野健也に瑞希姉ちゃんの周りをウロチョロされたくない。協力してほしい」


「私も早く、お兄様には目を覚ましてもらいたいわ。わかった。お昼に会いましょう。蒼大、ちょっと雰囲気変わった?」


「自分ではわからないよ。じゃあ、お昼に生徒会室に行くから待っててくれ」



 僕はそれだけ言うと4組の教室を去った。4組のクラスメイト達は何が起きたのかと騒いでいるが、僕は無視をした。



 今は胸のモヤモヤを感じるだけで、どうやって藤野健也を撃退すればいいのか、僕にはわからない。でも、瑞希を守るのは僕だ。なんとかして瑞希を守らなくちゃ。考えろ僕。よく考えろ。無神経の塊の藤野健也でも、どこかに弱点はあるはずだ。それを考えなくちゃ。



 僕が考え事にふけていると、芽衣が僕の席にきた。



「今日の蒼大、ちょっと変って、皆心配してるわよ。どうしたの?私でよかったら相談にのるわよ」



 芽衣は頭脳明晰だ。僕が考えつかないことでも芽衣なら、考えつくかもしれない。芽衣に相談してみよう。



 僕は朝、校門であった一連のことを芽衣に話して、どうにかして藤野健也が瑞希の周りをウロチョロしないようにしたいと相談した。芽衣は可愛らしく小首を傾げて、唇に人差指を当てて考えている。



「相手があの藤野先輩よ。本当は放っておくのが1番だと思うけど・・・・・・それだと蒼大の気持ちがおさまらないのよね。男子のことなら大抵のことは琴葉ちゃんが知ってるはずよ。男子の情報を一番持ってるのは琴葉ちゃんだもん。琴葉ちゃんでもわからなかったら諦めることね」



 僕は芽衣からそれを聞いて、席から立ち上がって教室を出ようとする。その時にHRのチャイムがなった。芽衣が僕に声をかけてくる。



「もうHRが始まっちゃうわよ。ダル先生が来るわ。どうするつもりなの?」


「僕は琴葉ちゃんに会いに行ってくる。ダル先生には腹痛で保健室に行ったって言っておいて。頼んだよ」



 僕は、瑞希のことが心配でたまらない。



 芽衣は大きくため息を吐いたが、僕に手を振って、見送ってくれる。僕は芽衣に手を振り返して、それから1階の保健室まで走った。

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