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40話 瑞希

 喫茶店を出て、3人のお姉ちゃん達と別れて、僕と瑞希姉ちゃんは路地を手を繋いで歩く。路地に小さい公園があった。以前に咲良の家から帰る時に通った公園だ。その公園で2人、休憩をする。



 瑞希姉ちゃんはブランコに乗って足をブラブラとさせている。僕もブランコに乗って瑞希姉ちゃんを見る。喫茶店の中では元気さを取り戻していた瑞希姉ちゃんなのに、路地を帰っている間に元気がなくなった。



 僕が「どうしたの?」と目で合図をしても答えてくれない。答えてくれるまでブランコに座っていよう。



 この公園は小さいから鉄棒と滑り台とブランコしかない。遊び場というより、休憩所みたいな感じだ。



「あのね私、不安なの。とっても不安。蒼ちゃんが皆に取られちゃうんじゃないかと思って不安。蒼ちゃんが琴葉ちゃんに取られちゃうんじゃないかと思って不安。今日の私は不安ばかり。不安で押しつぶされそう」



 僕はブランコを降りて、瑞希姉ちゃんが座っているブランコの前に立って、瑞希姉ちゃんの頭を抱きかかえる。



「私ね、蒼ちゃんと恋人らしい証がほしい」



 恋人らしい証ってなんだろう?僕の頭の中に浮かんだのはキスだった。僕の頭の中で、僕と瑞希姉ちゃんがこの公園でキスをするシーンが浮かび上がる。夕焼けに染まった公園の中で繋がる2人。



 これは恥ずかし過ぎる。それにお互いに告白もしていない2人には早すぎる。それに刺激が強すぎる。



 僕は瑞希姉ちゃんを抱きすくめながら頭の中で盛大に悶えた。



「蒼ちゃん、これから蒼ちゃんのこと、蒼って呼んでいいかな?私のことは瑞希と呼んでほしい。瑞希って呼ばれたほうが、蒼ちゃんのモノのになったような気がするから」



 へ?キスじゃなかったの?ちょっと期待外れ。



「わかったよ瑞希。これからは僕のことを蒼って呼んでね」



 瑞希って名前呼び捨てにしちゃった。胸がドキドキする。もう瑞希姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないんだ。僕の瑞希なんだ。そう考えるだで、体の奥が熱くなる。もっと瑞希を独占したくなる。もっと抱きしめたくなる。



 「瑞希」と言って僕は瑞希の頭を抱きすくめる。ギュッといつもよりも強く抱きしめる。僕の大事な瑞希。心がキュンとする。離したくない。



 瑞希はブランコから立ち上がると僕の腕に自分の腕を絡ませて、僕に寄り添ってくる。



「もう一度名前を読んで」



「瑞希、僕の瑞希」



「嬉しい」



 僕達は夕暮れの公園で2人で寄り添う。



「俺達の家の近くでイチャついてる2人がいるなと思ったら蒼大と瑞希じゃないか。2人共本当のカップルに見えるぞ」



 振り返るとそこにはマーくんとタッくんが立っていた。相変わらず、金髪にピアスのコンビだ。瑞希姉ちゃんは少しためらっていたが、僕から手を離した。



「マーくんにタッくん、久しぶり。これから、また遊びに行くんでしょう。おばさん達に怒られても知らないから」



 瑞希はこう言って、腕を組んで1歩前に出る。



「家のババァが怖くても、俺達は遊びに行くの。もう俺達、高校3年生だぜ。親の言うことをハイハイと聞く歳じゃないだろう。瑞希もいい加減にわかれよ。お硬いな。お前も蒼大と上手くやってるみたいじゃん」



 瑞希姉ちゃんはキリっとした顔で2人を見つめる。



「私はそんなこと言いたいんじゃなくて、高校3年生なんだから、大学の準備とか必要でしょう。2人とも将来のこと考えてるの?それが心配なのよ」



「相変わらず、瑞希は心配性だな。俺達2人のことまで心配してくれるなんて、優しすぎだぞ。瑞希、お前は自分の心配だけしとけ。蒼大、瑞希は強いように見えるけど、案外に脆い。お前が支えになってやれ。蒼大、お前に困ったことが合ったら、いつでも相談してこい。金以外のことなら相談に乗ってやるからな」



 マーくんとタッくんはそう言って、手を振って路地を大通りの方向へ歩いていった。ああ見えて2人は優しいのだ。



 僕達は手を繋いで路地を家に向かって歩く。家の近くの道に出て歩道を歩いて、家に着く。鍵を開けて2人で玄関に入った。靴を脱いで、リビングに座る。瑞希も僕の隣に座って、僕にもたれかかる。今日の瑞希は甘えただ。



 いつもと立場が逆転してしまった。名前呼びってすごい威力がある。僕も何だか瑞希と対等な気持ちになる。それに瑞希を独占したいという気持ちが僕の中で沸き上がてくる。



「瑞希」と名前を読んで、肩に手を回して、瑞希の体を引き寄せる。なんだかすごく興奮する。鼻息が荒くなりそうだ。瑞希も小さな声で「はい、蒼」と呟いている。それを聞くだけで甘酸っぱい気持ちが溢れてくる。胸がキュンとする。これが恋なのかもしれない。僕はおぼろげながらに、瑞希に恋をしている感覚を自覚した。



 いつの間にか周りが暗くなっている。



「瑞希、夕食を作る前にシャワーを浴びなよ。外から帰ってきて汗だくだろ」



「はい、蒼」



 瑞希がすごく嬉しそうな笑顔で僕を見る。可愛い。も一度抱き着いてしまいそうだ。とにかく僕は着替えに行こう。2階の自分の部屋で私服に着替えて、廊下に出ると、バスタオル1枚を体に巻いた瑞希とバッタリ会った。



「着替えをお風呂場に持っていくのを忘れちゃった」



 舌先を口から出して恥ずかしそうに瑞希が照れて笑う。猛烈に可愛い。



 僕は思わず「瑞希」と呼んで、腰に手を回して瑞希を抱き寄せた。するとバスタオルの胸を隠していた部分がハラリと落ちる。瑞希の形の良い胸が僕の体に当たってムニュっとなっている。胸から首元にかけて、ほんのりピンク色に肌が染まっている。そして、瑞希のきれいな鎖骨があらわになっている。



 僕は慌てて3歩後ずさった。そのことが原因でバスタオルの全てが瑞希の体から落ちる。きめ細かい白い肌、括れた腰、形のよいお尻、そしてきれいで長い脚があらわになる。



 「キャー」と声をあげて、バスタオルを拾いあげた瑞希は慌てて、自分の部屋に入っていった。全部、見ちゃった。



 僕の頭の中で、全裸の瑞希が何人も浮かんでくる。体温が上昇する。耳まで真っ赤になっているのがわかる。頭がクラクラする。僕はそのまま廊下で呆けていた。



 しばらくすると、バスタオルを巻いた瑞希が部屋から出てきて、僕とすれ違う。その時に頬に微かにキスをされた。そして「蒼のエッチ」と言って瑞希は1階に降りていく。僕はにやけて、自分の頬をさする。



 そして、ゆっくりと1階のリビングへと降りていく。リビングのソファに座っても何も手につかない。頭の中ではまだ、瑞希の裸体が浮かんでくる。これはダメだ衝撃が大きすぎる。



 風呂場のほうから微かにシャワーの音が聞こえる。それだけでも今の僕の頭の中で色々な妄想が広がっていく。完全に僕の頭は壊れている。瑞希のことしか頭にない。



 瑞希が脱衣所から出てきた。まだバスタオル姿のままだ。髪は束ねて結いあげている。瑞希が走ってきて僕に抱き着いた。瑞希の体から良い石鹸の香りがする。僕は瑞希を抱きしめた。



「蒼、私、エロい?琴葉ちゃんよりも色っぽい?」



 上目遣いで目をウルウルと潤ませて、僕の瞳を覗いてくる。僕は思わず唾を呑み込む。



「瑞希、色っぽい。エロい。メロメロになりそうだ」


 


 僕は耳まで真っ赤になった顔を瑞希の首元に埋める。マズイ。僕の理性が飛びそうだ。リミッターが外れそうだ。これはマズイ。このまま押し倒してしまえという僕の悪魔と紳士として振るまえという天使が僕の中で戦い始めるが、瞬時にして悪魔が勝利した。



 僕はリビングのソファに2人で転がり込む。すると僕の上に瑞希が乗る形になった。



「今日はここまで。エッチな蒼。そんな蒼も大好きだよ」と言って、僕の額に軽くキスをして脱衣所へ逃げていった」



 僕はリビングのソファに寝転んだまま、天井を見つめる。このまま同棲をしていたら、いつか僕は瑞希を襲ってしまうかもしれない。それだけは避けないといけない。雅之おじさんと瑞枝おばさんからの信頼をなくしちゃう。



 でもあの2人なら笑って、「おめでとう。早く孫の顔を見せてね」と言われてしまう可能性も大きい。僕の頭の中に明日香が現れた「蒼お兄ちゃん、不潔」と絶叫する明日香が姿が見える。お兄ちゃんの威厳が地におちる。これは非常にマズイ。



 お付き合いの挨拶をする前に、エッチなことをしちゃうなんて、瑞希に対しても不誠実だ。これからは理性を持って天使に勝ってもらわないと困る。



 瑞希が私服に着替えて、僕の元へやって来ると、体をしゃがませて、僕の鼻先にキスをする。おお、なんという破壊力だ。とても瑞希が可愛く見える。瑞希が台所に向かう後ろ姿を追うように、僕はフラフラと後を追う。



 僕は瑞希を僕のほうに向かせて、両肩をもって真剣な眼差しで瑞希を見つめる。



「考えたんだけど、やっぱり僕は普段は瑞希姉ちゃんって呼ぶことにする。瑞希って呼ぶと独占欲が沸いてくるし、胸がキュンとするし、瑞希を襲いかねない。だから普段は瑞希姉ちゃんって呼ぶことにする。瑞希が名前で呼んでほしい時だけ、言ってくれれば瑞希って名前で呼ぶようにする。名前呼びは僕には刺激が強すぎて、理性が吹っ飛ぶ。理解してほしい」



「私はいつでも、蒼に襲われてもいいんだけどな。蒼がそういうなら普段は瑞希姉ちゃんでいいよ。でも私が名前で呼んでほしい時は、キチンと呼んでね」



 瑞希は僕の額を人差し指で押して、笑う。



「ありがとう瑞希姉ちゃん。やっぱり瑞希姉ちゃんは最高だ」



 瑞希姉ちゃんと呼ぶと、僕の理性が戻ってきた。精神状態も安定する。瑞希のことも瑞希姉ちゃんに見える。僕はホッと安堵の息を吐いた。



 瑞希も、僕から琴葉ちゃんより色っぽいと聞いて上機嫌だ。ルンルン気分で夕食を作っている。僕はその姿を見て、瑞希って意外と嫉妬深いことに気がついた。

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