37話 仲直り
家に戻ってから、僕は自分の部屋に入って、パジャマに着替えて、ベッドの布団の中で体を丸くした。瑞希姉ちゃんは自分の部屋へ入っていった。瑞希姉ちゃんがパジャマに着替えて、僕の布団の中へ入って、丸まって寝ている、僕の背中を抱きすくめる。
「蒼ちゃん、葵さんの家で言ってくれたことを覚えてる?私の近くにいたいって、私の傍にいたいって、私を独り占めしたいって言ってくれたこと、私、嬉しかったな。ありがとう蒼ちゃん、本当に可愛いね。私も蒼ちゃんに独り占めされたいし、蒼ちゃんを独り占めしたい」
「・・・・・・」
確かに葵さんの家でそんなことを言ってしまった気がする。恥ずかしい。なんてことを大声で言ってしまったんだ。それも本人を目の前にして、僕は布団から飛び出そうとするけれど、後ろからガッチリと瑞希姉ちゃんが抱き着いている。動けない。
『今は蒼ちゃんと2人きり、だからいっぱい独り占めしてくれていいんだからね』
瑞希姉ちゃんが僕の耳元で甘くささやく。僕の体の温度が急上昇する。耳まで真っ赤になるのがわかる。心臓がドキドキする。
僕は振り返って瑞希姉ちゃんの瞳を見る。
”本当に一人占めしていいの?”
瑞希姉ちゃんはコクリと頷く。
”いいよ。蒼ちゃんの好きなようにして”
僕は瑞希姉ちゃんの首に手を回して抱き寄せた。頬と頬が触れ合ってスベスベする。気持ちいい。それに良い香りが僕の体を包み込む。瑞希姉ちゃんはクスクスと笑う。
僕は瑞希姉ちゃんの額に軽くキスをした。これは意外だったのか、一瞬、瑞希姉ちゃんの体に緊張が走る。
僕は瑞希姉ちゃんの瞳を見て笑う。鼻と鼻が当たっている。超至近距離だ。
”ビックリしたでしょう”
瑞希姉ちゃんが僕の首に手を回して引き寄せて、僕の額にキスをする。
僕の体に一瞬、緊張が走る。
瑞希姉ちゃんが僕の瞳を覗き込む。
”やっぱり、蒼ちゃんもビックリしたじゃん”
僕は布団に潜り込んで、胸に顔を埋める。そして手を背中に回して、瑞希姉ちゃんの体を引き寄せた。すると瑞希姉ちゃんが僕の背中を優しく撫でる。僕も瑞希姉ちゃんの背中を撫でる。
瑞希姉ちゃんの甘くて優しい香りに包まれて、僕は微睡む。心配させてごめんね。これからはもっと安心させるから。
僕は深く眠りに落ちていく。瑞希姉ちゃんはいつまでも背中をさすってくれていた。
◆
目が覚めるとカーテンから朝日が覗いている。昨日はあのまま眠ってしまったのか。夕飯も食べずに眠ってしまうなんて、どれだけ眠ればいいんだろう。
ベッドには瑞希姉ちゃんの姿はなく、1階から音が聞こえてくる。瑞希姉ちゃんが朝食の準備でもしているんだろう。
僕はパジャマ姿のまま、1階に降りて、洗面所へ行き、歯と顔を洗う。そしてタオルで顔を拭いて、リビングへ向かう。台所ではパジャマ姿にエプロンを付けた瑞希姉ちゃんが朝食を作っていた。お弁当は既に出来上がっていて、2つの袋に入っている。
瑞希姉ちゃんが振り向いてふわりと優しい笑顔で笑う。
”今日は、よく眠ったね。体調はダイジョブ?”
僕はコクリと頷く。
”大丈夫”
瑞希姉ちゃんが持っていたお玉をユラリと動かす。
”もうすぐ朝食の準備が終わるからね”
僕はテーブルの椅子に座った。するとテーブルにはハンバーグと野菜サラダとご飯が並べられていた。そして瑞希姉ちゃんがコンソメスープを置く。
瑞希姉ちゃんが舌先を出して笑う。
”今日の晩御飯なんだけど”
僕はにこりと笑った。
”ハンバーグ大好き。朝からでも大丈夫”
2人で「いただきます」と言って朝食を食べる。ハンバーグに肉汁がいっぱい詰まっていて、すごく美味しい。たまりません。
瑞希姉ちゃんがコンソメスープを飲みながら、僕の瞳を見つめる。
”昨日は大変だったけど、今日は大丈夫?
僕はフワリと微笑んだ
”今日はもう大丈夫だよ。もうあんなことはしない”
瑞希姉ちゃんが安堵の息と吐く。
朝食を完食して、いつもの通りに朝食の片付けをする。そして2人で階段をのぼって、制服に着替えにいく。
制服に着替えた僕は鞄の中に勉強道具とお弁当を入れて、自分の部屋を出る。1階へ降りていくと、先に支度を終えた瑞希姉ちゃんが待っている。髪もポニーテールにまとめられている。
玄関の鍵をかけて、2人で手を繋いで歩き出す。できるだけゆっくりと歩く。そのほうが景色がよく見えるから。路地から莉子と悠が歩いてきた。僕は悠に手を振った。悠も僕に手を振り返す。僕と瑞希姉ちゃんは悠達を待たずに2人で歩いていく。
校門が見えてくる。僕の背中を誰かがポンと叩く。横を見ると、咲良だった。今日はずいぶん早起きだな。
「瑞希先輩、蒼、おはようございます」
瑞希姉ちゃんは微笑んで「おはよう」と咲良に声をかける。僕も「おはよう」と声をかけた。すると咲良が小さい声でささやいた。
『昨日、蒼から聞いてると思うんですけど、私、蒼に告白して振られちゃいました。クラスで1番仲良しの女の子だって言われちゃいました』
僕の心は痛む。なぜこんなところで言うんだよ。
『やっぱり、蒼の大事な人は瑞希先輩みたいです。瑞希先輩なら仕方ないなって、結構アッサリと納得できちゃいました』
「・・・・・・」
瑞希姉ちゃんは何も言えない。
『でもクラスで1番仲良しの女子の友達は私って言ってもらえて嬉しかった。だから、これからもクラスで1番仲良しの女子として頑張ります』
瑞希姉ちゃんは咲良にむかって頷いた。
『だから蒼、今度、また家に勉強を教えに来てね。私、蒼に勉強を教えてもらわないと、また成績が落ちちゃうから。それにお母さんも咲も蒼に会いたがっているから、今度、家に誘うから、また来てね』
僕は笑顔でコクリと頷いた。
咲良はそれだけ言うと、校門へ走っていった。
瑞希姉ちゃんが僕を見て微笑んでいる。
”へんな感じにならなくて良かったわね。咲良ちゃん、本当に良い子ね”
僕は舌先を出して笑う。
”僕には勿体ない女の子だったね”
瑞希姉ちゃんが唇を尖らせる
”蒼ちゃんには私がいるじゃない”
僕達は校門を過ぎて、校舎へ向かう。そして靴箱の所で瑞希姉ちゃんで分かれて、階段をのぼって2階へ向かう。教室に入ると芽衣が僕を見て手招きしている。
芽衣の席に近づくと芽衣が深いため息をついた。
「あなたと咲良のことは穏便にすんで良かったと思うわ。それで、私の悩み事も少し聞いてほしいんだけどいいかしら?」
「芽衣が悩むなんてどうしたんだい?」
「最近、蓮がしつこいのよ~。そろそろ私も限界になってきたわ。もうそろそろ、蓮に私のことを諦めて、他の女子をナンパするように言ってくれないかしら。私、はっきり言うのは苦手なの」
僕から言って、蓮がいうことを聞くかな~?
「僕や瑛太や悠が言っても、たぶん蓮の奴、芽衣のことを諦めないと思うよ。蓮がいうことを聞く人と言えば、瑞希姉ちゃんと他に誰かいるかな?」
「1人いるわよ。保健医の春日琴葉先生。蓮はけっこう保健室でサボっているから、春日琴葉先生には頭が上がらないの。それに琴葉先生はグラマーでスタイルもいいし、大人の色気ムンムンだから、蓮も琴葉先生には弱いのよ。蒼大、一度、保健室へ行って、琴葉先生に相談してきてくれないかしら?」
「僕が保健室に行くことなんてないんだけど・・・・・・」
「私を助けると思って協力してちょうだい。私も困ってるのよ」
はぁ、へんなことに巻き込まれたな。芽衣には世話になってるしな。少しは考えておこう。
僕が自分の席に座ると、咲良が隣から声をかけてきた。
「芽衣の席に行って、何を話していたの?」
「蓮が芽衣にまとわりついて迷惑してるんだってさ。それで蓮がいうことを聞く、琴葉先生に蓮を説教してもらうように頼んでくれって言われた。僕、琴葉先生って、よく知らないんだよね」
僕はため息を吐く。咲良が笑っている。
「何言ってんの。保健医の琴葉先生っていえば、男子の憧れの先生じゃない。わざわざ、怪我をしてまで会いにいく男子も多いくらいよ。大人の色っぽさ全開の先生なんだから。蒼が保健室に行ったなんて知ったら、瑞希先輩の頭から角が出るわよ」
瑞希姉ちゃんの頭から角・・・・・・そんなの見たことがないから想像できないな。
そんなことを話している間にHRのチャイムが鳴り、ダル先生が入ってきて「今日も伝達事項はなし。しっかり勉強するように」と言って教室を出ていった。
1時間目の授業が始まる。
僕は勉強が遅れている分を取り戻すため、先生の解説に耳を傾け、ノートに要点を書いていく。時々、咲良から他愛のない付箋が貼られるが、いつも通りに付箋を咲良の机に貼って、授業を聞いていく。
あっという間に1時間目の授業が終わった。僕はため息を吐いて、保健室へ向かった。保健室の扉を開けると、琴葉先生が足を組んで座っている。
白衣を着て、シャツの胸元を大胆に開けて、深くまでスリットの入ったスカートを履いて、足を組んでいる。胸はまさにロケット級。顔は小顔で切れ長の二重に冷静な瞳が印象的だ。顎の線がシャープで端正な顔立ちだ。髪は金色に近い茶色で、胸元まで髪の毛が伸びていて、オシャレにカールしている。化粧もバッチリで大人の艶やかさが体全体から溢れ出している。非常にエロい。
「空野蒼大です。よろしくお願いします」と挨拶をすると、琴葉先生は妖艶に笑んだ。
「あなたが今、噂になってる蒼大くんね。私もあなたに会いたいと思ってたの。可愛い顔をしているのね」
僕は一瞬、琴葉先生が大蛇に見えた。
「元・生徒会長の瑞希ちゃんと噂になっている男子だから、どんな男子か興味があったのよ」
「・・・・・・」
琴葉先生が立ち上がって、僕に近づいてきて、僕の顎に手を添える。
「チョー私好みじゃない。男子なのに女の子ような顔をしてるのね。可愛いわ。私に何の用かしら?」
僕は保健室に来たことを心の底から後悔した。嫌な予感しかしない。