34話 咲良への答え
瑞希姉ちゃんの良い香りに包まれて、僕は微睡んでいる。とても肌触りが良くて、スベスベして、柔らかくて、温かくて、いつまでも寝ていたい。そんな僕の体を誰かが、引き上げ、布団から顔が出る。
唇に柔らかい何かが触れる。とても柔らかくて暖かい何か、僕は抱き枕のように抱き寄せる。頬と頬が触れ合う。とてもスベスベして気持ちがいい。段々と目が開いてくる。すると目の前の間近な位置に瑞希姉ちゃんの顔がある、ほんのり頬がピンク色に染まっている。
「蒼ちゃん、朝だよ。一緒に朝食を食べよう」
僕は寝ぼけたまま「うん」と答える。
瑞希姉ちゃんがベッドから起き上がって、僕を起こす。そして手を繋いで1階まで階段を降りる。洗面所で歯を磨き、顔を洗い、タオルで拭いて、サッパリとする。
台所ではパジャマにエプロン姿で瑞希姉ちゃんが朝食の用意をしている。
テーブルの上にはスクランブルエッグとウインナーと野菜サラダと食パンとカフェオーレが置かれている。
2人で「いただきます」を言って、朝食を食べる。スクランブルエッグがとても美味しい。瑞希姉ちゃんは僕がスクランブルエッグが好きなことを知っているので、別皿に入れて、追加で置いてくれる。スクランブルエッグ最高!
朝食の後片付けを終えて、2人で2階にのぼって、それぞれの部屋で制服に着替えて、学校に行く準備をする。
そして2階で合流して1階へ降りる。玄関を出て鍵をかけて、いつものように2人で手を繋いで登校する。今日は莉子達とも出会わない。ゆっくりと歩いて2人で登校する。時間がゆったりと流れている。瑞希姉ちゃんは優しく微笑んでいる。僕もにこりと笑っている。ゆっくりした時間の中で2人だけで移動しているような錯覚を覚える。
学校近くになると学生達が増えてきて、喧噪が増していく。その中を手を繋いで2人で進んでいく。周囲の生徒達は周りを囲んで奇異な視線を送ってくるが、僕達には関係ない。僕達2人はゆっくりと歩く。
校門を潜って、校舎の中へ入っていく。、瑞希姉ちゃんが僕にお弁当を渡してくれる。僕はにっこりと笑って、「ありがとう」と言ってお弁当を受け取る。そして靴箱で瑞希姉ちゃんと分れて、僕は1人で階段をのぼって、自分のクラスへ入っていく。まだクラスメイト達はまばらだ。僕が自分の席に座ると、珍しく早く来ていた咲良が声をかけてきた。
「おはよう、蒼、お願いがあるんだけど、今日の放課後に校舎裏まで来てくれるかな」僕は咲良の目を見つめる。咲良も僕の目をジーっと見つめてくる。これはマジだ。
「わかった。放課後に校舎裏に行く。待っててくれよ」と僕が言う。「大丈夫、待ってるから」と咲良が答える。
僕は席に座って、鞄の中から勉強道具を取り出して、授業の用意をする。莉子が僕の席へやってきた。
「ちょっと顔、貸しなさいよ。芽衣の所で待ってるから」という。僕は席を立って芽衣と莉子のいる席まで向かった。
芽衣が悩まし気な顔で僕を見る。僕も困った顔で頭を掻く。
「咲良、今日ではっきりとさせるつもりらしいの。蒼大の答えは決まってるの?」
「決まってる。今までも考えてきたけど、やっぱり、咲良はクラスメイトの中で一番仲の良い女子としか考えられない。だから無理だ」
そう、芽衣がため息をつく。莉子が口を開く。
「もし咲良が、瑞希先輩とのことを聞いてきたらどうするつもりなの?」
「瑞希姉ちゃんは幼馴染のいつもお世話になっているお姉ちゃんだ。瑞希姉ちゃんが僕のことを1番に大事に想ってくれている。そして僕も瑞希姉ちゃんのことを1番大事に想ってる。だから僕は瑞希姉ちゃんを選ぶ。咲良には悪いけど、それしか答えようがない」
芽衣は目を瞑ったまま頷いている。
「蒼大の答えそうなことね。でも今回は、以前と違って自分の意思で言ってるところは成長したのかしら。咲良にはそう話したらいいわ。人を好きになるということは、自分が傷つくこともあるんだからしょうがないわね」
「芽衣と莉子が考えているようにならなくてゴメンね。でも、これでも考えてだした答えだから」
「わかったわ。咲良の後のフォローは私達に任せなさい。蒼大の責任ではないわ。いずれこうなってたわけだし」
「・・・・・・」
僕は芽衣と莉子のいる場所から自分の席に戻った。悠が肩を叩いてくる。僕はなにも言わずにコクリと頷いた。悠は自分の席に戻っていった。
ダル先生のHRが終わり、午前の授業が始まる。昨日、瑞希姉ちゃんに予習をしてもらってるから、授業の説明がわかりやすい。どんどん、勉強が進んでいる。
今日は咲良からの付箋が1度もこなかった。僕も咲良に1度も付箋を貼らなかった。休憩時間になっても咲良は芽衣と莉子のところで、おしゃべりをしていて、僕とは1度も話をしなかった。
午前の授業が終わる。僕は教室から廊下に出て、瑞希姉ちゃんと校舎の内側にある庭園に行って、ベンチで2人でお弁当を食べた。
瑞希姉ちゃんが優しく微笑んんで僕の頭を撫でる。
”どうしたの?元気ないわね。何かあったの?
僕は瑞希姉ちゃんの目をジッと見る。
”とうとう咲良が僕に告白することになった”
瑞希姉ちゃんはため息をつく
”蒼ちゃんはどうするつもりなの?咲良ちゃんを振るの?”
僕はコクリと頷いた。
”仕方がない。僕には瑞希姉ちゃんほうが大事だ”
瑞希姉ちゃんが僕の肩をポンポンと叩く
”わかった。でも、あんまり女の子を泣かさないでね”
僕は何も言えなかった。
中庭のここなら、邪魔者は入ってこない。2人でゆっくりとお弁当を食べていく。
咲良の件があるから、話も盛り上がらない。
僕は瑞希姉ちゃんの手を握った。
”今日の放課後に答えを伝える。だから一緒には帰れない”
瑞希姉ちゃんがコクリと頷いた。
”そんな場所に、私が行くのは失礼ね”
僕達はゆっくりとお弁当を食べ終わった。そして、お弁当を袋に片付ける。そして、2人で手を繋いで中庭を後にした。
午後の授業が始まる、少し前に自分の席に着く。すると蓮が僕の席にやってきた。
「とうとう咲良に自分の答えを言うらしいな。きついな~。男は振られてやるのが優しさだぞ」
それは蓮の恋愛観だろう。僕にそれができたら、もっと上手い方法もあったかもしれないけど、今更、遅いよ。
蓮は僕の肩をポンポンと叩いて、芽衣の元へ去っていった。早速、芽衣を口説いている。訳のわからん奴だ。
午後の授業が始まった。もうすぐ放課後になるかと思うと頭に授業が入ってこない。なんと言えば咲良を傷つけずにわかってもらえるだろうとばかり考えてしまう。良い案が全く浮かばない。ため息ばかりが募る。
午後の授業が終わった、咲良が鞄の中を整理して、教室から出ていく。僕はそれを見てから、机の中から勉強道具を出して、整理して鞄の中へと詰め込んで、教室を出る。
1階へ降りて、靴箱で靴を履き替えて、校舎を出て校舎裏に向かう。
校舎裏はほとんど生徒は通らない。だから生徒達の告白スポットともなっている。まさかこんなところに自分が来ることになるとは思ってもみなかった。
ゆっくりと校舎裏へ歩いていくと咲良が1人で立っていた。その姿は今にも折れそうなほどに見えた。
「まったかな?遅れてごめん。約束どおりに1人できたよ」
「うん、大丈夫。私もさっき来たばかりだし」
「・・・・・・」
僕からも何の言葉のないが、咲良からも言葉がない。言葉を選んでいるのかもしれない。
「あのさ、私、蒼が転校してきてから好みだなって思ってたの。それで話してみると優しくて、そして、私のドジも許してくれて、私のワガママも許してくれて、本当に蒼は優しくて、いつのまにか、こんな彼氏がいたらいいなと思うようになってった」
「・・・・・・」
「家に来てくれた時も、お母さんとも仲良くなってくれて、妹の咲のことも可愛がってくれて、本当に嬉しかった。もっと蒼のことが好きになった」
「・・・・・・」
「蒼が瑞希先輩のことが好きじゃないかって、クラスではいつも噂されてた。でも、蒼に聞くと隣の幼馴染のお姉さんで、いつも自分の世話を焼いてくれるお姉さんだって言ってたよね。だから私はそれを信じてた」
「・・・・・・」
「でも、最近の蒼は違うよね。瑞希先輩のこと、もっと想ってるよね。」
「・・・・・・」
「瑞希先輩もそう。もう蒼のこと幼馴染の弟君って見てないよ。1人の男子として蒼のことを好きだと想ってる。それがわかったの」
「・・・・・・」
「私も蒼のことが好き。大好き。瑞希先輩と同じくらい、もっと大好きかもしれない。このことを蒼に伝えないと後悔すると思った。だから今日は呼んだの」
「・・・・・・」
「もうハッキリさせる時期だと思う。そうでないと皆が傷つくことになるから。だから蒼、自分の気持ちをはっきりと伝えてほしい」
咲良は今にも泣きそうな声で僕に訴えてきた。本当は支えてやりたい。でも今の僕にはそれができない。
「・・・・・・咲良のことは、学校で1番仲良しの女子としか思えない・・・・・・」
「じゃ、瑞希先輩のことはどう想ってるの?」
「・・・・・・咲良にはじめ話していた通り、幼馴染のお姉さんで、僕のことをいつも心配して世話を焼いてくれているお姉さんだと思ってた」
・・・・・・もし、瑞希姉ちゃんが何処かに行っていなくなることを考えるだけで、身がすくむほど怖くなる。瑞希姉ちゃんにもし、僕のことを放っておかれたら、僕は何もできなくなるだろう。瑞希姉ちゃんにもし、他に彼氏ができたら、僕は無気力になってしまうだろう。
「僕には瑞希姉ちゃんが必要なんだ。瑞希姉ちゃん以外に考えられないんだよ。僕は瑞希姉ちゃんにいつまでも傍に一緒にいてほしい。これが僕の答えだ」
「それは瑞希先輩を必要としてるだけで、瑞希先輩を好きとか、愛してると、違うように思うんだけど」
「・・・・・・ゴメン咲良、そのことは咲良にいう言葉じゃない。瑞希姉ちゃんに言わないといけない言葉だから・・・・・・ゴメン・・・・・・これが僕の心だ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
咲良はハンカチで涙を拭って、空を仰いだ。
「蒼はおぼろげだけど、自分の心に気付いてきたわけね。ありがとう、今の気持ちを聞かせてくれて。中途半端が1番傷つくのよ。これだけキッパリと言われたら、スッキリしたわ」
「・・・・・・」
「私はクラスで1番仲良しの女子。それでいいわ。蒼、もう一度、友達からはじめよう。私の家でお母さんも咲も蒼のこと待ってるよ。友達として家に遊びに来てね。絶対よ」
「・・・・・・ありがとう咲良」
咲良は僕に手を伸ばした。僕は咲良の手をとって握手を交わした。