33話 瑞希の1人占め
昼に瑞希姉ちゃんが、食堂で大声を出した件は、瞬く間に学校中に伝わった。僕のクラスでも蓮と瑛太が食堂にいたために、蓮と瑛太がクラスメイト達にしゃべってしまい、クラス中がその話でもちきりになった。
芽衣や莉子は僕のことを興味津々な目で見つめている。なぜ、瑞希姉ちゃん、あんなことを食堂で叫んじゃうんだよ。これから僕、廊下も通れないじゃないか。
咲良は僕に
”どういうことなの?”
という視線を送ってくる。
僕は隣を見ることもできない。絶対零度の視線が怖すぎる。
午後の授業に懸命に集中する。でもまさか、美咲姉ちゃん達がからかったからだと思うけど、瑞希姉ちゃんがあんな激情家だとは思わなかった。
でも、そんな瑞希姉ちゃんも可愛いな。いつもの優しくて包み込んでくれる瑞希姉ちゃんも好きだけど。
でも、今日の瑞希姉ちゃんの行動はおかしい。朝も、校舎の中まで一緒に手を繋いでくるし、お昼も一緒に食べようとするし、まるで皆に僕達のことをアピールしているみたいだ。一体、どうしたんだろう。
家に帰ったら、ゆっくりと聞いてみよう。家でなら、瑞希姉ちゃんもゆっくりと説明してくれるはずだ。
午後の授業が終わり、放課後になった。僕が勉強道具を机に出して鞄に詰め込んでいると、廊下の方から視線を感じる。教室の後ろのドアのほうへ振り返ると、瑞希姉ちゃんが立っている。
瑞希姉ちゃんは優しい笑顔で僕を手招きする。
”今日は一緒に帰ろう”
僕は小首を傾げる。
”いつもは別々に帰ってるでしょう”
瑞希姉ちゃんが口を尖らせた。
”今日は一緒に帰ってもいいでしょう”
僕はため息をついて、鞄を持って教室の後ろのドアへ向かう。
咲良が僕と瑞希姉ちゃんの両方をキョロキョロと見て、戸惑っている。
「瑞希姉ちゃんが、今日は一緒に帰ろうって、迎えに来てくれたんだ。家が隣だからね」
僕は咲良に笑顔を作る。
「うん、わかった。また明日」
咲良は手を振るが、顔が引きつっている。
僕は瑞希姉ちゃんのいる教室の後ろのドアまで行くと、瑞希姉ちゃんが僕の手を握る。
僕達2人が手を繋いで、階段を降りようとしている時に、視線を感じて、首だけ振り向くと、蓮と瑛太が教室から首を出して、僕達を見ていた。今頃は蓮と瑛太が大騒ぎをしているはずだ。明日のことを思うと頭が痛い。
校舎を出て、校門を潜って道路をでる。校門の近くは多くの学校帰りの生徒達が屯している。その中を僕と瑞希姉ちゃんが手を繋いで、ゆっくりと歩いていく。
すると僕達の前に歯とキラッと光らせたイケメンが立ちはだかった。藤野健也だ。隣に藤野香織も一緒にいる。
「やあ、瑞希。帰る時間が同じになるなんて奇遇だね。ここは仲良く一緒に帰ろうじゃないか」
「あら、健也、今、帰りだったのね。香織さんも一緒なのね。兄妹一緒なのに、間に入るのは悪いわよ。私は遠慮して、蒼ちゃんと2人で帰るわ。また明日ね。健也」
瑞希姉ちゃんは藤野健也に挨拶して、すぐに帰ろうとする。しかし、藤野健也が瑞希姉ちゃんの腕を掴む。
「そう言わないで、一緒に帰ろう。僕は瑞希と話がしたいんだ。蒼大くんと香織が一緒に話をすればいいじゃないか。同学年なんだし」
香織が僕の目を睨んでいる。
”どうしてこんな所で会ったのよ。せっかくお兄様と一緒に帰るところだったのに”
と目が語っている。
僕は首を横に振った。僕と瑞希姉ちゃんが通りがかったのは偶然だ。藤野健也さえ、瑞希姉ちゃんを呼び止めなければ、僕達は知らずに素通りしていたよ。
瑞希姉ちゃんがにっこりと穏やかに笑う。しかし目の奥が笑っていない。
「私は蒼ちゃんと2人で帰りたいの。健也は邪魔しないでくれるかな。健也はちゃんと香織さんのエスコートしたらどうなの。私の言ってること、きちんと聞こえたわよね。今の私は誰にも邪魔されたくないの」
さすがの藤野健也も瑞希姉ちゃんの雰囲気に、顔を引きつらせて、掴んでいた腕を離した。
「じゃあね健也。香織さんと仲良くね」
瑞希姉ちゃんは藤野兄妹に手を振って、僕を連れて帰っていく。後ろでは香織が呆気にとられた顔をして突っ立っていた。その横には顔を引きつらせたままの藤野健也もいる。
僕と瑞希姉ちゃんは手を繋いでゆっくりと歩道を歩く。たまに一緒に帰るのもいいもんだな。
「今日は一体、どうしたの?今日の瑞希姉ちゃん、少し変だよ」
「うん、私もそれはわかってるんだけど、止められなかったの。ゴメンね」
何を止められなかったんだろう。ちょっと気になる。
「何を止められなかったの?」
瑞希姉ちゃんは耳まで真っ赤にしてモジモジしている。そして僕の耳元に顔を寄せた。
『あのね、今日は久しぶりに一緒に寝たでしょう。その時の蒼ちゃんの寝顔が忘れられなくて、授業中も、そのことばかりを思い出して、それで会いたくなって、昼休憩に一緒にお弁当を食べに迎えに行ったの」
授業中まで僕のことを考えてくれていたのか。嬉しいな。瑞希姉ちゃん、可愛い。
「午後の休憩時間に、美咲達がね、本気で蒼ちゃんとデートするプランを立て始めて、私に見せに来るの。からかわれてるってわかってるんだけど、我慢できなくなって、蒼ちゃんと一緒に帰りたくなって、教室まで迎えに行っちゃった」
なるほど、美咲姉ちゃんのいたずらが原因か。まったく美咲姉ちゃんはいたずら好きで困る。それにしても、瑞希姉ちゃんって、そんなに焼きもち妬きだったけ?
そのおかげで瑞希姉ちゃんと一緒に家まで帰ることができたんだから、僕は得したのかな。
「私ね、決めたの。もう蒼ちゃんを好きな気持ちを隠さないって。学校でも隠さないって決めたの。だって、全てを隠して、蒼ちゃんとコソコソしてるなんてイヤだもん。せめて好きな気持ちぐらいは堂々としていたいよ」
「瑞希姉ちゃんが辛いなら、学校で我慢することないよ。もう学校中に噂が広まっちゃったから、隠している意味がないもの」
「私のせいで、そんなことになっちゃったんだ。ゴメンね」
瑞希姉ちゃん、学校で有名人なこと自覚なさすぎるよ。元、生徒会長なんだから目立つに決まってるでしょう。
そんなことを言っている間に家に着いた。僕は家の鍵を開けて、家の中に入る。瑞希姉ちゃんも玄関で靴を脱いで入ってくる。2人共、2階の自分達の部屋に入る。そして制服を脱いで、クローゼットに入れて、私服に着替える。僕が着替え終わった頃に部屋のドアが開いた。瑞希姉ちゃんだ。私服姿で部屋に入ってきた。
「瑞希姉ちゃん、学校で勉強が遅れてるって言われたんだ。最近、休みがちだったから、だから勉強を教えてくれないかな」
「それぐらいいいわよ。夕飯を作るまで、勉強を教えてあげるね」
僕は鞄から勉強道具一式を机の上に出して、椅子に座る。瑞希姉ちゃんは小さな円形のパイプ椅子を机の隣に置いて座る。
夜6時頃まで、僕は瑞希姉ちゃんに勉強を教えてもらい、ノートに要点を書き、問題集を解いていく。少しでもつまづいたり、時間がかかったところは、瑞希姉ちゃんが丁寧に解説をしてくれるので、解りやすい。すいすいと解けていく。さすが瑞希姉ちゃんだ。ありがとう。
「瑞希姉ちゃん、最近、受験勉強はどうしてたの?」
「蒼ちゃんと別れて眠っていた時は、きちんと夜中の3時まで勉強してたわよ。私って睡眠時間が少なくても平気なタイプなの」
羨ましい体質だ。僕なんて夜は8時間は寝ないと、次の日はフラフラしてるっていうのに。
「僕と寝ている時は、受験勉強はどうしてるの?」
「蒼ちゃんが眠った1時頃から始めて、3時までは勉強してるかな。それから蒼ちゃんのベッドに戻って、また寝るって感じよ」
瑞希姉ちゃんってどんだけタフなんだよ。そんなバラバラな睡眠時間で体は大丈夫なのだろうか。
「これからは受験勉強する時は言ってね。邪魔しないから。僕は先に寝ていてもいいからね」
瑞希姉ちゃんはゆったりと優しく微笑んだ。
「ありがとう。必要な時はそうさせてもらうね」
「私、夕飯の用意をするから、蒼ちゃん、洗濯物を畳んでタンスに入れてくれないかな。お手伝いよろしくね」
そういえば、今まで瑞希姉ちゃんの家で洗濯してもらっていた物も、全部、自分達でしないといけないんだ。忘れてた。
僕は、2階のベランダに干してある洗濯物を取り込んでいく。ピンチハンガーを覆うようにバスタオルが干されていた。僕はピンチハンガーのバスタオルを外していくと、ピンチハンガーの中から、僕のパンツと靴下と、瑞希姉ちゃんのパンティとブラジャーとストッキングが吊るしてあった。
まずは、靴下を外してきれいに畳む。そして自分のパンツを畳んで。
問題は次だ。女性のブラジャーなど触ったこともない。とりあえずピンチハンガーからピンク色のブラジャーを外してみる。意外と膨らみが大きいんだな。どうやって畳むんだろうか。ブラジャーの畳方がわからない。このまま放置しておくのもダメだから、僕はベッドの上にブラジャーを置いた。
次も難問だ。僕はピンチハンガーからピンク色のパンティを外す。男性のブリーフよりも小さい。こんな小さなものにお尻がはいるんだろうか。僕は思わず、想像してしまい、顔を真っ赤にする。やっぱりパンティの畳方がわからない。パンティもベッドの上に置いておく。
次は超難問だ。ストッキングなんて畳んだことがない。これは完全にアウトだ。全く畳方がわからない。僕はベッドの上にストッキングを置いた。
先に畳み終わった。自分の靴下とパンツをタンスに仕舞う。
「蒼ちゃん、もう洗濯物は片付けられたかな?」
「今、やってるところなんだけど・・・・・・瑞希姉ちゃんの下着とストッキングの畳み方がわからないよ。今、ベッドの上に置いて畳み方を考えているところ」
ダダダと階段を駆け上がってくる音が聞こえる。そして瑞希姉ちゃんが顔を真っ赤にして部屋に入ってきた。
「蒼ちゃん、そんなに真面目な顔をして畳み方で悩まないで。私の下着をマジマジと見ないで。恥ずかしい」
「だって、瑞希姉ちゃんが洗濯物を片付けてって、言ったから、洗濯物を取り込んだんだけど、女性の下着やストッキングは畳んだことがないから、恥ずかしくて困ったよ」
「もう、私の下着は取り込まなくてもいいからね。自分の下着だけ取り込んで、畳んでくれたらいいからね」
瑞希姉ちゃんは顔を真っ赤にしたまま、下着とストッキングを持って、自分の部屋へ走って行ってしまった。
瑞希姉ちゃんは部屋のドアを開けると「夕食できたから1階へ来てね」と言ってきた。僕は階段を降りて1階に向かう。テーブルには天ぷらとみそ汁と漬物とご飯が並べられている。
2人で「いただきます」を言って、天ぷらを食べる。衣がサクサクで美味しい。エビの天ぷらは絶品だ。いくらでもご飯が進む。僕の茶碗がなくなると、瑞希姉ちゃんはにっこりと笑った茶碗にご飯を入れてくれる。僕はお腹がいっぱいになるまで天ぷらを食べた。もう食べられない。
2人で「ご馳走様」と言って、夕飯の片づけをする。いつものように瑞希姉ちゃんが洗って、僕が拭いて、食器棚へ片付けていく。夕飯が終わったところでゆっくりと麦茶を飲む。
「瑞希姉ちゃん、お風呂はどうなってるの?」
「いつでも入れるように湯舟にはお湯を張ってあるよ」
「それじゃあ、瑞希姉ちゃんから入ってよ。僕はその間、2階で勉強しておくから」
「ありがとう。では、私からお風呂に入るね」
瑞希姉ちゃんは2階にあがって、着替えを持って脱衣所へ向かっていった。
僕は2階の自分の部屋で勉強をする。どれくらい勉強をしただろう。けっこう時間が経ったような気がする。僕はトイレに行きたくなって1階へ降りていくと、束ねた髪と体をバスタオルで巻いた瑞希姉ちゃんとバッタリと出会った。瑞希姉ちゃんがその姿のまま、冷蔵庫から麦茶を出して、コップで飲んでいた。
僕は瑞希姉ちゃんの姿を見て顔を真っ赤にする。瑞希姉ちゃんは不思議そうな顔で僕を見ている。
「蒼ちゃん、私、お風呂、上がったから、次は蒼ちゃんだよ。」
僕は急いで2階に上がって着替えを持って脱衣所で着替えて、お風呂場へ行く。そして髪の毛と体を洗ってシャワーを浴びる。湯舟に入ろうと思った時に、ふと考えてしまった。このお湯には先に瑞希姉ちゃんが入っている。このお湯に入るのはセクハラになるんだろうか。でも、お湯に入らないとリラックスできない。
僕が悩んでいると、風呂場のドア越しに、瑞希姉ちゃんから声がかかる。
「お湯加減はどう? 少し温めなおしているから、丁度いいと思うんだけど」
こう言われるということは、お湯に入ってもOKだよね。僕は意を決して、お湯に浸かる。お湯の温かさが体に伝わってきて、体がリラックスする。やっぱり、お湯は気持ちいいな。
思わず、お風呂のお湯で顔を洗ってしまった。このお湯は瑞希姉ちゃんが入ったお湯だ。そのお湯で僕は顔を洗ってしまったなんて、恥ずかしいー。このことは瑞希姉ちゃんには言えない。内緒にしておこう。
僕は湯舟を出て、シャワーを浴び、風呂場から出て、バスタオルで体を拭き、パンツをはいてパジャマに着替える。
脱衣所から出ると、台所のテーブルに冷えた麦茶がコップに注がれて、置かれている。対面の席には瑞希姉ちゃんがパジャマに着替えて座っていた。
僕はバスタオルを首にかけて、テーブルの椅子に座る。そして麦茶を一気に飲む。ヒエヒエの麦茶が体の中を通って美味しい。
「お風呂、気持ちよかったね。蒼ちゃんもきちんとお湯に入った?」
「うん、お湯に入った。気持ちよかったよ」
「間接、お湯だね」
思わず、麦茶を噴出しそうになった。「間接お湯なんて聞いたことがない」
「だって、私が入ったお湯に、蒼ちゃんも入ったんだから、間接でしょう」
やっぱり、瑞希姉ちゃんも同じことを考えていたのか。
「お風呂だから、あんまり真剣に考える必要はないと思うよ」
僕は顔を引きつらせながら、いいわけをした。瑞希姉ちゃんも納得してくれたようだ。良かった。
「さて、蒼ちゃんの勉強も終わったし、お風呂にも入ったし、寝ちゃおうか」
瑞希姉ちゃんが明るい声でいう。まだ早い時間だけど、今日はなんだか疲れているし、早く寝ようか。僕達は1階の電気を全て消して2階の僕の部屋へのぼっていった。
瑞希姉ちゃんはスルスルと僕のベッドの中に入って、布団から顔を半分だけだしている。僕も部屋の電気を暗くして、間接照明だけにする。そして、ベッドの中へ入って、瑞希姉ちゃんと見つめ合う。
瑞希姉ちゃんが僕に抱き着いてきた。そして耳もとでささやく。
『同棲のことはみんなに内緒。だけど、蒼ちゃんのことが好きで、蒼ちゃんと一緒に学校で生活を堂々とするとお姉ちゃんは決めたから。蒼ちゃんもそのつもりでね』
僕は瑞希姉ちゃんへ微笑んだ。
”瑞希姉ちゃんの好きなようにしてかまわないよ”
瑞希姉ちゃんもフワリと微笑む。
”私、蒼ちゃんのこと、大好き”
僕は瑞希姉ちゃんの頭を撫でる。
”僕も瑞希姉ちゃんのこと大好きだよ”
瑞希姉ちゃんは僕の首に手を回して抱き着いてきて、そのまま目を瞑って眠ってしまった。僕も布団の中に潜り込んで、瑞希姉ちゃんの腰をもって抱き寄せて、胸に顔を埋めて、微睡みに落ちた。