歪んだ精神安定剤
俺の部屋のドアがノックされる。こんなふうにノックするのはアイツしかいない。
少し髪を整えてから、ドアを開く。
「……よう」
バツの悪そうな顔をした彼が、俺から目をそらして挨拶した。
「よう」
そう返事する俺の声は細い。引きこもりで誰とも話していないからだろうか。
「これ、プリント類な。別に無理して学校に来いって言うつもりは無いけど……その、体は大丈夫か?」
大きな封筒を渡しながら、世間話のようなことを聞いてくる。本当はそんなことどうでもいいくせに。
何年も続いていた親友という関係は、数ヶ月前に歪んでしまった。
俺の体が女になってしまったから。
それでもこの歪んだ関係は必要だ――少なくとも俺にとっては。
くだらない質問には答えず、彼の手を引っ張ってベッドに座らせる。
俺の部屋に“見舞い”に来る――それが意味する、二人の暗黙の了解。
彼も期待しているから、“見舞い”に来たのだ。
ベッドに座っている彼の後ろに座り、肩越しに覗き込む。
俺が数ヶ月前まで着ていた学ラン。もはや着ることは叶わないその制服を懐かしく感じてしまう。
この姿勢でいると彼の匂いを感じて、頭が心地よくぼーっとしてくる。思考がまとまらず、理性が抑圧されていく遷移状態。その流れに身を任せ、ただ全てを享受する。
惰性で続く爛れた関係は、私にとって精神安定剤になっている。
親友であった彼に抱かれている間は、自分を取り巻く複雑な環境や悩みのことを考えなくていい。心が蕩ける感覚だけに酔っていればいい。
自分が男か女か、そんなことはどうでもいい。
彼が私を愛して、抱いてくれる。ただそれだけが重要なことで、全てだ。
それがたとえ愛ではなく肉欲だけだったとしても構わない。
抱かれているときの私は幸せなのだから。