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エミールとケニオン男爵

あの戦争はほんとうに酷いものだった。他に語る言葉を持たない。地獄を見過ぎた僕の右目は戦場へ置いていった。


僕の残りの命はこの暗い部屋のベッドの上だけになってしまっても、構わない。でもこうなってしまった僕を心配する姉さんが痛々しくて、これが僕の最後の気がかりだ。

姉さんが僕と結婚してくれる子を探していることを知っている。そんなこと必要なくて、むしろ僕は姉さんこそ幸せになってほしいと思っている。でも姉さんは自分のことに御構い無しだ。


「つまりライオネルがプロポーズすれば問題解決なんだから早くしてよ」

「それができたら苦労しない……」

「もう僕という外堀は埋まってるでしょ、そのために僕の話し相手になったんだろ?」

「……」


夜会で知り合ったというライオネル・ケニオン男爵は姉のことが好きだ。姉さんに声をかけられて優しくされて……ということらしい。


「いや、誘ってはいるんだが通じないというか、対象として見られていないというか」

「だからもうプロポーズしたら?」

「今のままだと確実に『プロポーズの練習』って思うでしょうね」

「そうだね」

「なぜヴィアトリーチェ子爵はあそこまで鈍いんだ……」


僕にとって姉さんは一緒に遊んだ子供の頃と戦争から戻って来てからの女子爵としての姐さんしか知らない。だからなのか、どうも姉さんには「恋愛」が欠如しているようにしか見えない。子どもからいきなり母親になったような。


「領地で恋人がいたって話も聞かないしなあ」

「そんな話、今更出て来ても……」


とまあ病床で退屈しているだろうからということで話し相手となってくれたライオネルだが、今じゃ僕に相談をしに来ているといったところだ。


「……ヴィアトリーチェ子爵は、公爵のことが好きになったんじゃないかと思うんだが」

「そういう感じはしないけど」

「いや、あのダンスは、あの雰囲気は、いつものヴィアトリーチェ子爵ではなかった……感じなんだよなあ」


姉さんもライオネルのことを嫌っているという感じはしないんだけどなあ。この家での様子を見る限りでは。でも好きだという感じもしないんだよな。お口には出さない。


「やはり男爵なんかよりも階級が上の者のほうが魅力的ということか……!」

「姉さんはそういうの気にしないタイプだよ」

「いや階級を言い訳にできないと、自分に男性としての魅力がないということになってしまうから、あまりそこはフォローしなくていい」

「じゃあ聞いてみたら? 男性として自分のことどう思ってますかって」

「それはもうプロポーズと同義だろう」


今日はずっとこのループだ。


「まあ頑張ってよ。僕も影ながら応援するからさ」

「エミール殿、本当にお願いいたします」


僕からライオネルとの結婚をお願いしてたら姉さんは頷くかもしれない。でもそれは姉さんが幸せになるためではなく、僕が望んだことを叶えてあげたいという気持ちからくるものになってしまう。

だから僕はそれをしない。姉さんだけには幸せになってほしい。姉さんが幸せだと思うだろう範囲内で後押しをさせてもらうよ、ライオネル。

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