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因習の連鎖

戦中に倉庫へとしまわれたシャンデリアは大抵パーツがいくつか紛失してしまい、職人も少なくなってしまった故に元の形に再現できないまま、戦後の夜会を照らしている。むしろシャンデリアを保管できていたことが富めるものの証ですらある。

スライゴ侯爵のホールも例外ではなく、アシンメトリーなシャンデリア群は煌々と大広間を照らすだけでなくスライゴ侯爵の力を見せつけている。

スライゴ侯爵がお持ちのシャンデリアの完璧な形を私は知らないけど、きっと今のこのほうが美しいだろうなと思っている。少し欠けているほうが魅力が増すというものだ。


「ヴィアトリーチェ嬢、本日も盛況ですな」

「ゴート子爵。お声かけてくださり光栄です」

「なに、未婚女性が天井を見つめておれば声でもかけねば場がしらけるものだ」

「お気遣いありがとうございます」


国が認めた子爵位を持つ私のことを嬢と呼ぶ。ゴート子爵は私の子爵位に納得していないことを隠そうともしない。そして、30になってまだ未婚でいる私に対しての皮肉だ。


「以前お会いしたときと同じお姿をしておりましたからすぐにわかりましたぞ」


そして私がいつも同じドレスを着ていることが気にくわないでいる。そんな卑しい真似をするのは戦前の夜会にはいなかった。そう言いたいのだろう。私は微笑んでかわし、たわいない貴族の会話をする。天気だとか天気だとか。

私の貴族としての語彙力が少ないんじゃない。ゴート子爵にはどんな話を振っても結局いつもあの話になってしまうのだ。


「最近の陛下は平民にお目見えされる機会が増えているというが、全くもってナンセンス。その前に我々とのお近づきの機会を増やすことがこの国にとって良いことではないと思わんか」


もともと社交シーズンはデビュタントで幕を開ける。成人した男女が臣下として国王陛下に忠誠を誓う儀式は国内にいる全貴族の前で行われた。つまり一年に一回は我々貴族は国王陛下への元へ馳せ参じていた、というわけだ。貴族が一堂に集まるわけだから交流だ情報交換だ見合いだ商売だっていうことで夏あたりまで社交シーズンとして王都は盛り上がった。それは全て戦前の話。

デビュタントは本来の意味で再開せず、末端貴族が陛下にお会いするという機会はなくなった。が、戦中から「国威掲揚」ということで平民に対してのお出ましは戦後も続いている。


「まだ戦争が終わって間もないのです。すぐに元どおりというわけにはいきませんわ」

「我が国が勝ったんだ、負けたんじゃない勝ったんだ。何故これまで通りにならんのだ。貴族と呼べない貴族を増やし、高貴な血を汚すつもりか。まずは我々のような真の貴族への補償を手厚くするべきだ。何故なら……」


そしてゴート子爵が古くは建国時からある由緒正しい家柄自慢へと向かう。

彼がこうまでして嫌な思いを撒き散らして夜会に参加している理由は唯一の血縁者である孫の相手を探している。とはいえ孫は7歳。しかもその孫は、男爵家に嫁ぎ夫を戦争で亡くしたゴート子爵の次女が生んだ子供。それって嫁ぎ先の男爵家の跡取りじゃないの? そう、だがゴート子爵の「男爵家風情が偉そうに言うな」ってことで吹聴している。


彼の優雅なタキシードは古風なしつらえで、このような仕事をするテーラーはずっと減った。彼もまた戦前のタキシードを大事に保管し今着ているの。きっといいものだったんだろう。修繕できるものがおらず、少しくたびれているくらいに。


私が戦前の夜会を好きでないようにゴート子爵は戦後の夜会を好きではない。何が良くて何が悪いかなんてその人次第だ。嫌いなものは嫌いでしょうがない。でも私は、そしてゴート子爵はともに領地を拝領し治める義務を陛下からいただいている。この好き嫌いの態度のままでいいんだろうか。戦中生まれの、戦争を知らない若者たちのパワーをなんとも思わないのだろうか。


はあ、ゴート子爵と話した後はなんだかすごく嫌な気持ちになる。周囲の様子を伺えば「ああ捕まっちゃって」と目配せする殿方たち。助け舟をだそうにも自分より身分の低いものの挨拶には決して答えないゴート子爵にわざわざ声をかける人もいない。

解放された私に「お疲れ様」と労いの声をかけた男爵に力なく微笑みを返してシャンパンを受け取った。一仕事終えたあとの一杯は格別……なんてサラリーマンみたいなことを思って辺りを見回し、そして彼女を見つけた。


シェリー・モンド伯爵令嬢。29歳。私と同じ年にデビューしている。未婚女性だ。

あのころは少なくない令嬢が未亡人になりまたすぐ再婚してと辛い思いをしていた。彼女のお父上はそうさせたくない一心だったのだろう。モンド家は数多来る結婚話を全て断り、そうして戦争が終わってみれば未婚の彼女は適齢期を大いに過ぎていた。


「シェリー様、ごきげんよう」

「ヴィアトリーチェ様、ごきげんよう」


昔は厳格な階級差があり、下の者は声をかけていけないルールがあった。今じゃぶっちゃけこのあたりはなあなあになっている。なあなあだと感じる私でも伯爵に声をかける男爵令嬢を見るとビックリするものがあるが、それくらい「なあなあ」だ。声をかけることをためらうような人にはそもそもお会いする機会がない。


「シェリー様、今日のネックレス、瞳の色と同じでよくお似合いです」

「あ、ありがとうございます。これは気に入っていて何度も……」


そう言いかけてシェリー嬢は言い淀んだ。昔の夜会で「同じものを使う」というのは恥ずべきことなのだ。シェリー嬢は昔の夜会を知っている。だから恥ずかしいと思ってしまったんだ。

しかし今ではむしろ戦前のものを持っていることがステータスだったりするし、以前身につけたことがあるものでもアレンジすることによって目新しく感じさせることができることは「素敵」なことであり「社交の花」となることだ。


「大切にされているのですね、素晴らしいことですわ」

「……ありがとうございます」

「今日は盛況ですね、さすがスライゴ侯爵。今日もなにか新しい食べ物が出てくるのかしら、ご覧になりました?」

「いえ、まだ」


知ってる。シェリー嬢は私がケニオン男爵とファーストダンスを踊っているときから、ずっと壁際に立っていて動いてないってこと。ずっと大広間のすみにいて立っている。確かに昔はそうしていなければいけなかった。声をかけることはもちろん、パートナーもいない女性がフラフラと歩くだなんてはしたないことだった。

今、アリシア、ベス、チェルシーの小雲雀ちゃんが目の前を通り過ぎ、男爵たちの会話の輪に入っていった。


「あ、ブルック子爵、こんばんわ」

「ヴィアトリーチェ嬢、シェリー嬢。お久しぶりですね。」

「ブルック子爵、先ほど踊ってらしたのはどなた?」

「あなたは私の母親ですか、まったく。……頼まれたんです。デビューしたばかりだからエスコートしてくれと」

「あらそうなの」

「と、いうのは建前。本当は僕の友達が気になっているらしく紹介してほしいってことで今日の僕は道化です」

「あら残念。でもそうやってきちんと仲介するところがブルック子爵よねー」

「それ褒めてます?」

「もちろん褒め言葉よ。優しい殿方はモテるもの。そんな優しい道化のブルック子爵には麗しのシェリー嬢がダンスのお相手になってくださるって」

「それは大変光栄です。……よろしいですか? シェリー嬢」

「わ、私でよければ」


ブルック子爵は顔がよく周囲には人が集まるタイプの人間だ。周りに人が集まりすぎちゃってなかなかアプローチかけられない系独身だ。ちょっと強引だったけどシェリー嬢もまんざらではないようだ。

……でもまんざらじゃない感じゃなくて、そっちからいかないと気づかれないで終わっちゃうのに。昔みたいに女性は声かけられるの待っているだけじゃないんだから。苦しむために昔の価値観を大切に抱えるシェリー嬢。


昔の私だ。

だから私はシェリー嬢には必ず声をかけてしまう。

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