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私のポジション

戦後の夜会は単純に贅を楽しむものになった。戦中のフラストレーションを晴らすかのように「戦勝祝い」を名目とした夜会は豪華に開催され、人々は紳士淑女らしくではあるが大いに宴を楽しんでいた。そこに戦前の夜会にあった情報戦や権力争いはない。

少なくない爵位が廃位され、戦争による様々な叙勲で増えた新しい貴族、そして新しい価値観に社交界は静かに混乱し、まだ派閥らしい派閥が生まれていない状態だった。


そんな新しい夜会は私にとっては居心地が良く、参加する事は全く苦ではなかった。何より私には夜会に参加しなければいけない理由があった。


「ヴィアトリーチェ子爵、いらしていたんですね」

「もちろんよ。ケニオン男爵」

「今日はスライゴ侯爵の夜会ですからね。参加者も多いでしょう」

「私たちにはちょうど良いわね。今日はきっといいお嫁さん候補が見つかるわ!」


弟は戦場で右目を失明し家へと帰ってきた。左目も傷ついており、激しい運動や明るい場所では左目も失明の可能性もあると言われた。右目が失明している分、左目への負荷もかかっているということで安静にしているのほうがよいそうだ。


兄も父も亡くなって、一人になってしまった私は弟がとにかく生きて、体が無事で帰ってきてくれたことが嬉しくて大いに喜んだ。

が、何もすることができず1日暗い自室のベッドに横になる弟を見るのは辛かった。せめて領地で療養できればと思ったが長旅は難しいとのことと何より領地に医者はいない。私もできるだけそばにいてあげたいが領地でやることもあって、寂しい思いをさせてしまっている。

そう、だから弟と結婚してくれる令嬢を夜会でゲットしたいのである! 急募お嫁さん!


「ヴィアトリーチェ子爵、ダンスのお相手をお願いできますか?」

「ケニオン男爵、いっつも私にファーストダンス申し込んでるけど、ファーストダンスの意味、わかってる?」


ケニオン男爵は戦功叙勲で男爵となった元平民だ。といっても裕福な商家の出なので貴族社会が全くわからないわけじゃない。以前の窮屈な社交界より開かれたものに変わったといえ、慣れない場所でまごついているのを見て声をかけてしまったのが最初の出会いだ。

彼もまたそろそろ身を固めないとね、ということでこうして夜会に参加し結婚相手を探している。


「わかってますよ。まあいい子がいたらそのうちに。当分はヴィアトリーチェ子爵でファーストダンスの申し込みの『練習』をさせてくださいよ」


そう言って私の前に手を差し出した。ワルツが流れてきた。

最初に踊る相手は、伴侶、婚約者、もしくはそれに準ずるもの。


「そろそろ本番を見せて欲しい気持ちもあるけどね、世話焼きおばさんとしては」

「こんな美しいご令嬢をおばさんなんて言えませんよ、いつも言ってるけど」


世話焼きおばさん。そんなつもりは全くないのだが、すっかりそんな言葉が似合う振る舞いをしてしまっている。

令嬢にアプローチをかける側として、殿方との情報共有は欠かせなかった。シーズン中に王都で開催される夜会は数を増すばかり。どれにも参加できるわけではない。こうして情報共有し、また牽制し合う。そんな中、女性である私の、同性側からの付き合いの情報というのは重宝される。

まあこちらとしても同じように女の子たちは集まって紳士たちを見比べて、まあマッチングできそうなカップルも見つけちゃって。で、それとなーく話を振ってみたりして。で気がつくと世話焼きおばさんとして頼まれちゃったりすることもあったりする。


今後ろで踊っているカップルもある意味成果の1つ。大規模な夜会でお互いが一目惚れ。領土の場所柄、共通の夜会に参加されることも少なくもじもじしている二人を繋げたのだ。ここぞとオシャレしキラキラ輝く彼女の真っ白なうなじに私はドキッとしてしまう。


夜会での流行も大きく変わった。

髪を結い上げうなじを出すことは労働者の証として好ましくなかったのも、今ではオシャレとして特に若い令嬢はアップスタイルで夜会に参加している。うなじからのラインに今の殿方はメロメロだ。

ドレスも様々な色形のものを着るようになった。トレンドはあるけれども、以前のような右へ倣えの一辺倒なものではなくなった。


「おばちゃんにおべっか使う前に若い子にナンパしなさいよね。で、うまくいったらその友達を私に紹介してちょうだい」

「はいはい、わかってますよ。ヴィアトリーチェ子爵もご自身のこと考えてくださいよ」


未婚の30歳でも結婚市場に参加できたのは戦中の話。1代限りの女子爵で田舎領地持ちなど厄介でしかない。子供を産んだ実績のある未亡人でもない。そんな私と結婚しようと思う家などない。


曲は緩やかにコーダを迎えファーストダンスを踊ったものたちへ拍手がおくられる。


「あ、元気な小雲雀ちゃんたち」

「……あの子達はちょっと苦手なんですよね。押しが強くて」

「確かにね、でも私、あの子達は嫌いじゃないのよね」

「では私は新しい方とお近づきになってきますよ」

「ではまた、御機嫌よう」


お互いに一礼し、私は小雲雀のようにかしましい3人組に向かって歩いていった。


「ヴィアトリーチェ様。今晩は大変な人ですこと」


気づいた一人が早々に声をかける。えーっとこの子は確かアリシアちゃん。


「皆様もお元気そうで」

「あらケニオン男爵はいらっしゃらないの? お話ししたかったのに」


大人びて見えるけど一番の年下のベス。


「彼は存外シャイなところがあるから」

「ヴィアトリーチェ様、知ってらして?今日は特別な方がいらっしゃるようですの」


色々前のめりなチェルシー。

この子たちは家の場所も近いからかとても仲良しでいつも3人揃って夜会にいる。まさに適齢期の令嬢たち。そして戦中生まれで戦前の夜会を知らない新しい女の子たち。


「そうなの?」

「さきほどスライゴ侯爵に挨拶に行ったんですけど、しきりにお時間を気にされていて。それから周囲の召使いにしきりに指示していらして何かを待っているご様子でしたの」


確かに、あのスライゴ侯爵がそのような慌てた態度をみせること自体がおかしい。


「もしかしたら国王陛下かしら? きゃー、どうしましょう!」

「そうしたらまずご臨席の御触れが出るからわかるでしょう」

「そうでしたわ。私、一目でいいから陛下にお会いになりたいわ」

「あ、そうかあなたたちデビュタントは国王陛下への謁見がなかったのね」


一時期は開催されていなかったデビュタントは数年前から復活した。

が、これまでのように臣下として国王陛下への最初の挨拶という儀式から家々が集まってのお祝いというものに様変わりした。


「そうです国王陛下へのご挨拶はないんです、今は」

「以前のデビュタントでは王族皆様いらっしゃるんでしょう。あぁ、デビュタントで見初められて、芽生える恋、なんて可能性も……!」

「チェルシーったら」


うん、元気元気。この子たちのショートコントはほんと気持ちが和やかになるなあ。

といつもならチェルシーちゃんにおっとりとツッコミを入れるアリシアちゃんは心ここに在らず、視線は遥か彼方へとある。


「アリシア様、どうされたの?」

「いえ……!なんでもありません」

「今日はロス男爵いらしてるわよ。お一人で」


顔が赤くなるアリシアちゃんにベスとチェルシーが大きな声を上げる。


「ええー、アリシア、そうなの!?」


前回の夜会でロス男爵がアリシア嬢といい感じになった気がするとしきりに話していたので様子を見ればアリシア嬢もまんざらではないようでロン男爵を気にしているようだ。

まだそれを恋だとは気づいていないご様子だけど、そこはロス男爵のこれからの行動次第ってところかな。


キャァキャァとかしましい3人に私は一礼してこの場を離れた。

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