世界のプロローグ
今思えば私の転換期はあの婚約破棄だった。社交界で素敵な殿方と出会い、舞踏会で踊り、婚約する。その当たり前の夢物語が私に訪れなかったあの時。
しかし世の転換期はそのすぐ後に起きた世界大戦だろう。
きな臭いと思った次の瞬間に戦争は始まった。とは言え、小国との戦争なんて誰もがすぐに終わると王国の貴族も平民も誰もが笑っていた。が、これまでの戦争と違い、次々に参戦国は増え、単純な王国対小国という構図ではなくなり世界すべてを巻き込んだものとなった。同盟裏切り陰謀支配……あらゆることが起こり、戦争は長く続いた。
始めは騎士が戦争をしていた。だが騎士が少なくなっていき「徴兵」が始まった。徴兵とは愛国心の表れだという。それまで聞いたことのない言葉だが、貴族は王国の忠誠を示すために華々しく戦争へ向かっていった。それは跡を継がない次男三男が主だった。
戦場へ向かう前にせめて結婚でもさせておこうと思った親たちは婚約もすっ飛ばして令嬢と結婚させた。デビュタントというイベントは形骸化し、それを建前に社交は規模が縮小されていった。
私は領地に戻って翌シーズン、父からの手紙でそのまま領地に残るようにと厳命された。父はこの世界大戦を予感していたわけではなく、元婚約者の新婚約お披露目を見せたくないだけだった。
そのまま領地に留まっていた私は結果として戦争が終わるまではずっと領地内で父の代わりに領主を務めることになった。直接の戦火はないものの、領地で作ったものはなんでも国へ取られてしまう厳しい生活だった。一時期はあまりに王国が要求してくるものだから反乱を起こしてやろうとも思った。実際そうして他国による支援で独立し戦争を仕掛けたところがあった。もはや昔のような「やぁやぁ、我こそは」なんて名乗り合う戦争ではなかった。生きるために殺し、殺すために生きる生存戦略だ。
我がスード家も優しかった兄が戦死し、父はすっかり落ち込んで後を追うように領地に帰ることなく亡くなった。子供のいなかった義姉は実家へと戻ってそしてすぐにまた別の侯爵家次男と再婚した。私は気づけば家族を手紙1つで失い、悲しさに浸ることさえ許されなかった。唯一の吉報は弟も戦場で目を負傷し、帰国したということ。しかし絶対安静でこの戦時下に領地までの旅行は不可能で、代理の代理の代筆で弟の容態を伺うことしかできなかった。
このように後継に困る家が多くなり女性にも1代限りで爵位を継承することができるようになった。女が爵位を継ぐ。父が聞いたら卒倒するだろうそれは、仕方なしに生まれた法律だった。しかし貴族というものは生まれながらに特別な青い血を持つものでなく、領民と変わらない人間なのだと世界は気付き始めていた。それは私も。
ヴィアトリーチェ・スード女子爵となった私は、それでも多少来ていたお見合いという名の結婚依頼を無視し、反乱したい気持ちを抑えて領地経営を続け、そして16年続いたひどい戦争がようやく終わった。どこに、かはわからないが戦争に勝った王国は今、止まっていた16年という年月を倍の速度で猛進している。
「こうして何かにつけて『戦勝祝い』しているうちはまだ戦争が終わってないのと変わらないわ」
「そうですね」
「愚痴ってもしょうがないし、さて、夜会の準備でもしますかね」
「はい、お嬢様」
「お嬢様はやめてよね。私、もう30よ」
私は30歳になった。