普通の婚約破棄
「先方から婚約破棄の話がきた」
お父様に告げられて、ああ昨日の使者はこの知らせを持ってきたのかと腑に落ちた。
「相手の一方的な理由だから固辞することもできる、が私としては受けようと思う」
「理由は私の容姿についてですか?」
最初の出会いから婚約者は私に興味がないようだった。明るく社交的な性格だと聞いていたが婚約して以降はどうしても断れない夜会を除いては欠席し、出席しても挨拶が済めばすぐ帰ってしまっていた。その最低限の夜会のエスコート以外で彼がこの家を訪れたことはなかった。
絵に描いたような冷遇だった。
黙ってしまったお父様の様子は「正解」ということなんだろう。
「ヴィアトリーチェはなにも悪くない。気にすることなんてないんだよ。事情は変わるものだ。ただしばらく社交は控えたほうがいい。あまり楽しいことにはならないだろうから。しばらく領地で休むといい。社交時期が領地の美しい時期なのにいられないなんてつまらないだろう? そうだ、アーニャを連れて行くといきなさい。彼女は気がきくからね」
「ありがとうございます、お父様」
お父様は不安になると饒舌になる。私が王都に残ることでなにか不都合があるんだろう。
でもここに残りたいなんて思わないから大丈夫よ、お父様。だって私はこの社交界が大嫌いだから。
私は美しくない。
平坦で冴えない顔。ふんわりとカールした飴のような髪も持っていない。くすんだ肌の色はドレスが映えることはなく、身体は痩せっぽっちで魅力がない。
キラキラ輝くデビューしたての令嬢と何か違うという違和感を思い知らされるだけの夜会は私にとって苦痛でしかなかった。そして婚約者のあの視線も。
お父様は目まぐるしく準備を進め、五日後には領地へ向かうこととなった。
「元」婚約者は一度も訪ねには来なかった。私も悲しくて泣いたりしなかった。少し嫌悪感のある視線で見てくる婚約者に好ましい気持ちは持てないでいたから。
「汚いようなものに触れられたくない」というような態度で接せられ、どうしたらいいのかわからなかった。誰にも相談できず、自分が醜いことを受け止めて我慢するだけの日々。
お母様が生きていればまた違ったのかもしれないと思うこともあったが、その想いをお父様に言って悲しませる気はなかった。
社交界に出る前が一番楽しかったな。
自分の考える最高に美しいドレスを絵で描いたり、面白い冒険譚の感想を言い合ったり、面白い刺繍を刺したり。友達と楽しいことを楽しんでいたはずなのに、社交界に出た途端に人のゴシップの話しかしなくなった。
美しすぎても嫉妬されて避けられるが、私は一緒にいて人から好感を持たれるような可愛さがないから仲良くしてもらえなくなりデビュー前にいた友人とは、私が友人と思っていた子達とは疎遠になった。
今年の私の社交シーズンはこれで終わったけれど、来年になれば出なければいけない。お父様はまた婚約者を探してくるだろう。
この婚約破棄がどのように噂になるのかわからない。もしかしたら相手はいないかもしれない。でも、結婚できなくても大丈夫って思ってる。
なぜ自分がこう思うのかわからない。でも私は夜会が、社交界が嫌いだ。