1ー7 謎
2020.04.14 加筆修正
2020.04.15 加筆修正
2020.04.19 加筆修正
「腕環の回収は任せます」
「断りたいとこだが、そいつが妥当だろうな」
配役に不満ありのヴェルメリオだったが、仕方ないと受け入れた。
さすがに相手が騎士となると、『神器』に主人と認められているシャーロットの方が、ぐんと勝率は上がる。
ヴェルメリオは振り返ることなく、逃げたレベッカ達を追いかけた。
「しばしお付き合い願います」
先に抜いておいたフォルトゥナを手に、レベッカ達の後を追おうとする騎士一行の前に立ちはだかる。
ネロは札束の詰まった旅行鞄を抱え、ヴェルメリオの後を追ったので、この場にはシャーロットだけが残った。
「君は昼間、列車で会ったリブラ──だね」
青年騎士が口にした『リブラ』とは、『機関』の呼び名である。
シャーロット達はそう呼ばない。呼ぶのは彼らのような、『機関』の行動をある程度理解している者達。
無価値と呼ばれないだけ、幾分かマシに思える。
「無駄だとわかっているけど、言うよ。そこを退いてくれ。僕達の目的は、あの腕環を回収すること。君達と戦うことじゃない」
それと全く同じことを、自分達も思っている。
それなのに不思議だ。
こうして武器を取り、向かい合っているのだから。
「あの腕環を回収するのは、我々です。ですから退くわけにはいきません」
フォルトゥナを構える。
だが彼らの目に、シャーロットは脅威としては映らないだろう。
何せ手にしているのは、ナイフ一本。鎧も盾もないのだ。
「そんなちっぽけなナイフで、わたし達と戦うつもりなの?」
杖を持ったピンク色の髪の少女は、決してシャーロットを馬鹿にしているわけではない。
ただ純粋に、自分と歳の変わらぬ女の子を心配しているだけ。
「やめといた方がいいですよぉ。この方は上級騎士ですからねぇ。強いんですよ〜、こう見えて」
気の抜ける間延びした口調は、青年騎士の背後から聞こえる。
ひょこっと顔を出した声の持ち主は、少年だった。鎧ではなく、ピンク色の髪の少女と同じローブを羽織っている。
あともうひとり──厳しい顔でシャーロットを睨む男。
彼だけは、戦う気があるようだ。
「君、どうか退いてくれ」
青年騎士はやっぱり、腰の剣を抜こうとしない。
騎士たるもの、常に弱者を守るべし──これは騎士道、だっただろうか?
時代は進めども、こういったものは根強く残っており、しかも目の前の青年騎士はそれを守り貫こうとしている。
その心構えは悪くない。
どうかその高潔さを、最後の瞬間まで保ち続けてくれ。
そうすれば無駄な戦いをひとつ、減らすことができるから。
とは言え、厳しい顔の騎士が先に動いた。
彼だけは、剣を抜くことに躊躇いがないようだ。
「クロード!!」
青年騎士が制止のため声を張るが、厳しい顔の騎士──クロードは剣を抜く手を止めない。
剣を抜く動作のまま走り、抜いた剣をシャーロットに向かって振り下ろした。
一切の迷いなく。
「《剣士》」
シャーロットは自分に向かって振り下ろされる剣を、ナイフで受け止めようと構え、呪文のように言葉を紡いだ。
「──『神器』か!?」
ただのナイフだったフォルトゥナは、シャーロットの呟きと共にその姿を変えた。
ぶつかり合う金属音。
剣を受け止めたのは、剣だった。
「あれ、『神器』だったのね」
少女が杖を構える。
ただのナイフを持つ自分と歳の変わらない女の子と、『神器』を持つ自分と歳の変わらぬ女の子では、警戒レベルが一気に跳ね上がる。
クロードが地を蹴り、シャーロットと距離を取った。
単純な腕力ならば、クロードの方が上。
しかし相手が『神器』持ちとなれば、力押しで勝てるかどうかは分からない。距離を取ったのは当然と言える。
「フェリクス、剣を抜け。相手は『神器』持ちだ」
「し、しかし──」
多勢に無勢。
これもまた、騎士道に反する。
青年騎士フェリクスは、剣を抜くことを未だ躊躇っていた。
それは優しさで、甘さだ。
シャーロットは剣を持ち直し、ひとまずクロードに目標を定める。
杖の少女と騎士には見えない少年は、恐らく後衛。前衛さえのしてしまえば、片付けるのは楽。
そう判断した。
「飛べ──《剣心》」
シャーロットが剣を振る。
すれば剣が飛ぶ。文字通り、“剣”が飛ぶのだ。
その数、合わせて五本。
「避けろっ!」
フェリクスは杖の少女を庇い、クロードは易々と避け、少年は慌てふためきかろうじて避けた。
剣が飛ぶ軌道は真っ直ぐ。冷静になれば、避けるのに特別な技量は必要ない。
「あの『神器』……なんなの? 剣を飛ばして来た。信じらんない」
少女が驚きを隠せずに見つめる地面に突き刺さった五本の剣は、霧散する。
あれは紛れもなく、本物の剣だった。
けれども役目を終えれば消える。
シャーロットは剣を構え、騎士の一行を見据えた。
シャーロットが使い手に選ばれた『宣告する運命の刃』は、刃であれば種類を問わない。剣にもなるし、槍にもなるし、斧にもなる。
その大きさも重さも、自由自在。
今のように剣そのものを飛ばすこともできる。
シャーロットが望めばどこからでも、シャーロットが望む数だけいくつでも。
まさき神が地上に残した奇跡だ。
「さしあたって私の役所は貴方達の足止め。──相手役は譲るとしましょう」
シャーロットは剣を掲げる。勝利の宣言、に見えなくもない。
「降り注げ──《剣心》」
それはまるで、天から降り注ぐ恵みの雨のようだった。
願いを聞き届ける流れ星のようにも見える。
けれど降り注ぐそれらは、雨でもなければ星でもない。
いくつもの、鋭く光る剣。
逃げるか防ぐか──どちらにしろフェリクスは、剣を抜いた。
◇◇◇
ホルスターから抜いた銃を構え、撃つ。
師匠──と呼んでいいのかわからないが、戦いの基本という基本を叩き込んでくれた正義元帥に、いつだったか言われた。
──お前には殺す才能がある。
それを言われた時、自分はやはり父とは違う、と思った。
英雄と呼ばれた父もまた、才能があった。戦う才能、守る才能。
それなのに、ああ、それなのに。
息子の自分にあるのは、殺す才能だなんて。
だがヴェルメリオは、嘆いたりしなかった。
むしろ納得した。
調停官となったあの日、はじめて実戦を経験したあの日──自分は驚くほどに落ち着いて、その引き金を引いたのだ。
一切の感情を排除し、ただ目の前の目標に狙いを定め、躊躇うことなく、引き金を引いた。
だから今回も、引き金を引くことに躊躇いはなかった。
「ジャック!」
「いいから走れ!!」
ヴェルメリオの最初の一発は、別の男の足を撃ち抜いた。
二発目はジャックの足を、撃ち抜いた。
正確無比なその射撃能力は、走っていても衰えない。
だからこそ黄金を弓引く者を発動させるべきなのだ。
あれは残りの弾数を気にする必要がない。
「弾除けが減れば、当てやすく──何しやがる」
走るレベッカを追いかけようとすれば、足首をジャックに掴まれた。撃ち抜かれたジャックの足からは、だらだと鮮血が流れ出している。
その光景を目にする度、ヴェルメリオは銃の良さを実感する。
ナイフや剣と違って、銃や弓は“感触”が手に残らないから。
「コナー! レベッカを頼んだぞっ」
追わせない。
ヴェルメリオの足をすがるように掴むジャックには、決死の覚悟が見て取れる。
「あいつは使い捨ての駒だろ? そんな必死になるなよ、おっさん」
無感情に見下ろすヴェルメリオは、ジャックの目にどう映ったのだろうか?
黒衣を身にまとう、黒髪赤目の青年──きっと死神のように見えたことだろう。
その証拠に、ヴェルメリオを見上げるジャックの瞳には、恐怖の色が宿っていた。
それでもジャックは、ヴェルメリオの足を掴んで離さない。
「……レベッカはバカなんだ。薔薇を売った金を、全部自分以外の誰かのために使っちまって……。オレ達とは違うんだよ」
ジャックの目が、遠ざかるレベッカの背を見つめる。
はじめはヴェルメリオの言う通り、使い捨ての駒だった。
貧しい家の、苦労しか知らないような小娘に、大事な大事な腕環を預けるのは不安でしかなかったが、自分の体が黄金と化すのも嫌だった。
その両方を天秤にかけた時、ジャックは自身の安全を選んだ。
ただの小娘──おかしな考えを抱き始めれば、そのとき対処すれば良い。
どうせ、何もできやしない。
そう思ったが、レベッカは想像以上の馬鹿だった。自分の家族を救ってくれたジャックを、英雄のように慕ってくれたのだ。
なんて馬鹿な小娘。腕環を使い続ければ、どうせ黄金になって、前の持ち主のように売られてしまうのに。
なんて馬鹿で、優しいのだろう……。
「あいつが持ってればきっと、正しいことに使ってくれる。なあ、そうだろ?」
私利私欲のために薔薇を売って来た自分達とは違う。
きっと誰よりも上手に、誰よりも正しく、あの腕環を使える。
だからいつか、話そうと思っていた。謝ろうと思っていた。
それを使い続けたら、体が黄金になっちまうんだ、って。騙していてすまない、って。
真実を告げた後、レベッカが自分達を罵ったとしても、構わない。許されたいなんて、思っちゃいない。
だからいつか、その日が来たら──……。
「なあ、おっさん。コレが見えるか?」
ヴェルメリオはジャックを見下ろし、黒い制服に刺繍された秤のない天秤を見せた。
「なんで秤がないか、わかるか? これはな、どちらにも傾かないためだ」
秤がなければ何も乗らない。
何も乗らなければ、傾かない。
単純な話だ。
「我々は裁く立場にあらず。ただ粛々と、果たすのみ。──遠き日の約束を」
ヴェルメリオは言って、ジャックの手を足で払う。
今もジャックの足からは、血が流れている。処置しなければ、状態は悪化していく一方。
だがジャックは自分の怪我よりも、レベッカの身を案じている。
それはまだ、ジャックが落ちるところまで落ちていない証とも言えたが、ヴェルメリオには関係ない。
ジャックをその場に残し、駆け出した。
それと同時に、悲鳴が上がった。
「レベッカ?!」
悲鳴の主はレベッカ。
ジャックは立ち上がろうとしたが、撃ち抜かれた足では難しい。地面に倒れ込み、盛大に頭を打った。
「嫌な予感がするな」
こういう場合の予感は、どうしてだか当たるものだ。
木々の合間を縫って走り、ひらけた場所に出た。
そこには月明かりの下、腰を抜かし震えるレベッカがいた。
そして、黒い影がひとつ。
影はジャックの仲間──コナー、と呼ばれていたと思う。
そのコナーを食べている最中。
「……最悪だ」
状況の悪さを把握したヴェルメリオの口もとに浮かんだのは、引きつったような笑みだった。
一歩、前へ出る。
黒い影はヴェルメリオに気づいているのかいないのか、“食事”を続けている。
黒い影は自分達が『謎』と呼ぶ存在だ。
どこから来たのか、よくわかっていない。
神々が地上に住んでいた頃、神々を忌み嫌う深い深い地の底──魔の国の王が解き放った存在、とも言われているが、実際のところ、ヴェルメリオにはどうでもよかった。
とにもかくにも、アレを殺らねば落ち着いて腕環も回収できやしない。
どうしてだか謎は、常に腹を空かせているらしい。
その空っぽの腹を満たすため、奴らはホルダーを見境なく食い漁るのだ。放置すれば、次は当然とばかりにレベッカを狙うだろう。
だが最悪なのは、奴の腹が満たされた後。
奴らは腹を満たした後、その身に食らったホルダーの“異能”を宿し、ヴェルメリオ──ホロウに狙いを定めるのだ。満腹になってしまえば、目の前にホルダーがいてもホロウしか狙わなくなる。
それだけは、避けなくていけない。被害を最小限に留め、任務を迅速に完遂させるためには。
ヴェルメリオは横目で、レベッカの位置を確認する。
そんなに離れていないし、エニグマが“食事”に夢中になっている今ならまだ、間に合う。
「騎士の方がマシだったか? いや、オレ向きだよな、お前は」
師匠は言った。
──お前には殺す才能がある。だからその才能を無駄にしないためにも、調停官になれ。
調停官になる気などなかった。自ら死地へ赴くなど、正気の沙汰とは思えない。
それでもヴェルメリオには、その道しかなかった。
父が歩み進んだ、調停官の道。
父が進み残した、英雄の道。
だが自分は、英雄になるつもりはない。
父のような英雄になど、なりたくない。
平凡でもいい。退屈でも構わない。
ただ当たり前に訪れる“明日”が欲しいだけ。
──死にたくない。
だから目の前の敵を、撃ち抜く。
自分自身の“明日”を、手に入れるために。