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1ー2 暁と黒炎の旅立ち

2020・03.03 加筆修正


 太陽が沈み、黒く染まった夜の空に白い月が顔を出す頃、シャーロットは『紡織クロト元帥』の執務室に呼ばれていた。呼び出された理由は、ある程度、予想がつく。

 だがダヴィドの葬儀に参列したまま脱ぐことのなかった調停官の制服で赴けば、そこにはヴェルメリオの姿もあった。


「お座りなさい」


 紡織クロト元帥ことロザリア・ヴェガ・シュトラールに促され、シャーロットは執務机の目の前に置かれた背もたれ付きの椅子に座る。

 隣に座るヴェルメリオを横目で見れば、分かりやすいくらいには不機嫌そうだった。


「心苦しいのだけれど、お仕事の話をさせていただきます」


 ロザリアが自身の従者ヒューバートに書類を渡し、それをシャーロットとヴェルメリオが受け取る。

 その書類には、ふたりが回収する『聖遺物』の名が記されていた。


「──『涙する黄金の薔薇ドラウプニル』……見つかったのですか?」


 昔から、持て余した時間を潰す方法は読書だった。

 それにより得た知識の大半は、活用されることがないまま記憶の奥底に沈んでしまっているが、役に立つ知識も確かにある。

 そのひとつが、『聖遺物』に関する知識。

 『涙する黄金の薔薇ドラウプニル』についても、本から得た知識ではあるが、知っていた。


「どんな奇跡を起こすんだ、この腕輪が」


 ヴェルメリオは知らないらしく、書類の説明書きを読んでいる。


「黄金を生み出すことができるのです。本物だと断定は出来ませんが、本物である可能性が極めて高いと、こちら側で判断しました」


「何故です?」


 『ドラウプニル』はその性質上、多くの者が手にしたいと願った『聖遺物』。

 ロザリアの言う通り、黄金を生み出すのだ。黄金の薔薇を。

 しかし都市と都市の戦争が最も苛烈だった時代、いずこかへと消えてしまったとされている。至る所で目撃情報が出ているが、それが真実であったことはない。

 その『ドラウプニル』の本物が、見つかったかもしれない。


「──騎士が動いているのです。それに、調査官の方で何度も確認しています。黄金の薔薇が産み落とされる瞬間を」


「……本物」


 『神器』には分類されずとも、それは間違いなく『聖遺物』だろう。

 もしも調査官が目にした光景が、奇術やまやかしでない限り。


「戻って来たばかりのあなた方にお願いするのはとても申し訳ないのだけれど、回収をお願いします。既に至る所で、問題が起き始めているので」


「具体的には?」


 先程から、質問はシャーロットばかり。

 ヴェルメリオは書類を読むふりをして、すべてをシャーロットに押し付けている──ような気がする。


「産み落とされた黄金の薔薇は、数時間後にはその形を維持できなくなり、やがて消えてしまう。不完全なのです」


 その手に確かに掴んだ黄金の薔薇は、持ち主の手から崩れ落ち、黄金の一欠片も残さず消え行くと言う。黄金の薔薇を売りつけた者は得をし、売りつけられた方は損をする。分かりやすい構図が出来上がれば、その先に訪れるのは混乱だ。


「『ドラウプニル』を手に入れた『異能力保有者ホルダー』は貧民街出身のようで、生み出した黄金の薔薇を富裕層に売却し、貧民街に食料や薬を買い与えているそうです。その行動を否定するつもりはありません。ですが──」


 ロザリアは憂いを帯びたため息を漏らす。


「そう遠くなく、『ドラウプニル』は彼らを見限るでしょう。『異能力保有者ホルダー』は、『聖遺物』を正しく扱うことができませんから。そうなってから回収する方が手っ取り早いと言う者もいるでしょうが、見捨てることなどできません。何より、騎士も動いています。彼らには以前『純白の歌う毒姫カンタレラ』を奪われていますから」


「──戦いは避けられない」


 ようやくヴェルメリオが発した声は、自身に言い聞かせるための声だった。

 ロザリアは頷き、それを肯定する。


「説明は以上です。質問はありますか?」


 微笑むロザリアに、ヴェルメリオがこの場において、最初で最後の問いを投げかける。


二人組デュオで動くの──ですか?」


 シャーロットもヴェルメリオも、新人研修を終えてから、常にひとりで行動して来た。

 それが当たり前だったし、慣れている。

 だがふたりで任務に当たれということは、それだけ過酷な任務ということだろうか?

 シャーロットの紫電の瞳が揺れる。


「……こちらとしては、常に二人一組で動いてもらいたいと思っています。ですが、人手不足は否めません」


 苦虫を噛み潰す思いで、調停官をたったひとりで見送っている、ロザリアはそう言う。二人一組であった方が、死亡率は下がるだろうから。


「とは言え今回、エルミス調停官は『神器』の主人になったばかり」


 自分のことが話題にあがり、ヴェルメリオが眉間に皺を刻む。不本意ながら、と言いたそうに。


「シャーリー、教えてあげなさい」


「──『フォルトゥナ』と『ファナイオス』は、同系統の『神器』でありませんが……」


「基本は同じですよ。『神器』は主人に従い、不甲斐ない主人には忠誠の片鱗さえ見せません。それをしっかりと、教えてあげて」


「……微力ではありますが」


 シャーロットはチラリと、ヴェルメリオを見た。

 こちらを見ようともしないヴェルメリオの左手の人差し指には、金色の指環が輝いている。

 ──『黄金を弓引く者ファナイオス』。

 それがどういう『神器』であるか、シャーロットはわずかばかりではあるが、知識がある。


 ヴェルメリオと相性が良い、と思う。


「──では、いってらっしゃい。あなた方の運命に、正義の女神が微笑むことを祈って」


 シャーロットは椅子から立ち上がり、一礼する。

 ヴェルメリオは何も言わず何もせず、部屋を出て行く。


 ふたりを見送るロザリアは、しばらくその場から動かなかった。




 ◇◇◇




 夜明けよりも前に、シャーロットは目を覚ました。

 いつも通り、なんら変わりのない身支度を手早く終え、昨夜のうちに準備しておいた旅行鞄トランクを手に持ち、部屋を出る。

 その足が向かうのは、食堂。朝飯を食べる時間は、十分にある。


「いつものかい?」


 食堂へ赴けば、料理長がシャーロットの顔を見るなり、そう聞いた。

 シャーロットは頷き、すぐにいつも通り、大盛りのサラダがトレイに乗って出て来た。

 それから、昼食が入った紙袋も。


「いってらっしゃい」


 料理長はぶっきらぼうに、けれども優しさの滲む声で、そう言ってくれた。

 シャーロットはありがとうございます、と面白味のない返事をして、朝食を食べる。


 食堂はどの時間でも開いている。

 だがやはり、太陽も上らぬ時間では利用者も少ない。

 シャーロットはサラダを黙々と食べ続け、空の皿が乗ったトレイを厨房へ返す。


 そして誰に会いに行くこともせず、駅へ向かった。


「……雪」


 外と中を繋ぐ大扉を抜ければ、世界は一変する。『永遠の春』は消え去り、頭上には灰色の重たい雲。

 そこから降り落ちるのは、白い雪だった。吐く息が白い。

 シャーロットはコートのポケットから、黒い手袋を取り出す。


 駅には既に、ヴェルメリオがいた。口に煙草をくわえている。黒いコート、黒い手袋、足元には黒い旅行鞄トランク

 ふたりの服装は似通っていた。全身が黒づくめ。金糸の刺繍が、唯一の色と言えなくもない。

 ヴェルメリオは髪まで真っ黒だから、シャーロットよりも黒の印象が深い。


「よろしくお願いします」


「……足手まといにならないよう、気をつけるさ。『神器』の扱いで言えば、そっちのが『先輩』だからな」


 ヴェルメリオは煙草の煙を肺へ送り込み、それを吐き出す。


「純粋な身体能力で言えば、ヴェルメリオ調停官の方が上ですが」


 シャーロットは知っている。

 ヴェルメリオの身体能力は高い。才能があるのだ。戦う才能が。

 その才能を実戦で目にしたことはないが、『神器』持ちでない彼が五年も生き残っていることが、何よりの証明に思える。


「『神器』は勝手が違うだろ。意識しなきゃ、いつも通り、こっちを使っちまうだろうな」


 そう言ったヴェルメリオの腰には、ホルスターが装着されている。二丁の黒い銃は、ヴェルメリオが愛用している銃。

 『神器』持ちでない調停官の多くが、己の身を守るため、そして戦うために銃や刃物を所持する。『機関』もそれらの所持を推奨している。

 シャーロットも銃を所持しているが、護身用として使うことはあっても、戦闘の場で使用したことはない。『神器』に慣れてしまえば、銃は少々、手間取ってしまうのだ。


「──来ましたね」


 朝日と共に、列車が姿を現す。

 シャーロットとヴェルメリオは荷物を手に持ち、近づく列車を見つめる。


「……帰って来てすぐに、また出かける羽目になるとはな」


「人手不足ですから」


 淡々と事実を述べれば、ヴェルメリオはつまらなそうに肩を竦めてみせる。口にくわえていた煙草を駅の地面に落とし、靴の底を使って火を消す。

 シャーロットが拾ってくださいね、と無言で訴えれば、ヴェルメリオは不承不承といった様子で吸殻を拾い上げ、駅に設置された灰皿に捨てに行く。

 ちょうどヴェルメリオが吸殻を灰皿に捨てるのと同時に、騒々しい音を立てる列車が、駅に停車した。分かっていたことだが、降車する者はいない。乗車するのも、シャーロットとヴェルメリオのみ。

 乗り込めば、車内はひんやりとした空気で満たされていた。利用客がいないから、暖房を入れていないのだ。


 シャーロットは適当な座席に腰を下ろし、旅行鞄トランクを足元に置く。

 ヴェルメリオはその向かい側の席に座る。


「ケラウノスまでは、乗り換えなしか?」


「はい。ケラウノスで降りて、その後はメルクリウス行きの列車に乗り換えます」


「……六時間もすることなし、か」


 コートに付いているフードをかぶり、ヴェルメリオが短く告げる。


「寝る」


 シャーロットはそうですか、と興味のない相槌を返し、旅行鞄トランクから読みかけの分厚い本を取り出す。二度と開くことはないと思っていたが、意外と早く、二度目が来た。

 ケラウノスに着く頃には、読み終えているだろう。栞を挟んだページを開き、無駄に小難しい表現が使われている文章に意識を向ける。

 やはり、面白くない本だ。

 それを再確認するように、無言で読み進める。


 列車は停車して十分後、すぐに出発した。向かう先は、鋼鉄都市ケラウノス。

 と言っても、到着するのは六時間後。

 それまでは、列車の揺れに身を任せるしかない。




聖遺物調停管理機関

 聖遺物管理局──『紡織クロト元帥』

 調 査 局──『維持ラケシス元帥』

 技術開発局──『秩序エウノミア元帥』

 医 療 局──『破壊アトロポス元帥』

 文 部 局──『正義ディケ元帥』

 総合管理局──『平和エイレネ元帥』


からなり、それぞれの局長を六元帥が務める。

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