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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第四章  月見酒と乙女

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第十一話  野分(二)


 毎日毎日、ぎらぎらとよく晴れる。もう立秋からずいぶん経っている。少しは涼しくなってよさそうなのに、雨も降らず熱帯夜続きで厳しい暑さが続いている。

 今は幼児の小梅であるが、再生後の白梅憑依体は急に成長しはじめたりするらしく、十六、十七歳の見た目にいったん成長の落ち着く頃まであまり外出しないほうが望ましいらしい。白梅荘内で毎日こうして接している私たちは問題を感じないが、やはり外の人々からすると、驚くこともあるだろうから、と嵐太郎がいう。

 そりゃそうか。

 一般的に子どもが成長が早いといってもいきなり幼児から中学生になったりしない。そこまで極端に成長するとは限らないけれど可能性がある以上はあまり混乱を招かないよう動いたほうがいい、というのが嵐太郎の意見だ。チャラいわりにたまにこうしてまともなことをいう。

 小梅は再生後、姿を変えない。白梅も表に出てこない。しかし盆踊り以降、白梅荘の外に興味津々の小梅を閉じこめておくのもかわいそうだ。


「いきなり中学生ぐらいまで成長するんだったら、いっそのこと別人ということにできませんかね」

「ああ、なるほどねえ」


 成長するとやはりみちるさんそっくりになるらしい。そりゃそうか。人格は違うけれど、ボディは同じだから。


「じゃあ、いきなり中学生みたいになっちゃったらみちるさんの親戚を預かっていることにすればいいですね」

「そうだね」

「じゃあ、現時点の姿でゆっくり一般的な成長をする場合は――うーん、じゃあ、私の子どもってことにしましょうか」


 こんな設定はどうだ。

 旧家出身の男と若気の至りで結婚したワタクシ。しかし旧家プレッシャーと夫の浮気のダブルパンチで、やっとさずかった娘を置いて離婚することに。しかし再婚した夫が後妻との間に跡継ぎとなる男子をもうけた。涙を呑み、身を裂かれる思いで託したのにないがしろにするんだったら返せ。


「――というわけで再びともに暮らすことになった娘が小梅でございます、というのはどうでしょう」

「詩織ちゃん、よう考えつくのう。そんな昼メロ設定」

「切ない。なんて切ないのかしら! わたくし、もらい泣きしちゃう……」


 旧家の嫡男でなおかつ、若気の至りで結婚までしちゃうような迂闊(うかつ)な男がそこらへんにホイホイ転がっているわけがない。そういう根本のところからしてかなり現実離れしているんだが、意外なことに真知子さんの心の琴線に触れたらしい。


「その浮気男をやっつけなければなりませんわね」

「だから、設定ですよ設定。私、結婚したことないですしもちろん出産もしたことないです」

「あら、そうだったかしら?」


 真知子さんが小首をかしげるともうかわいくてたまらんのだが、私がそんな事実を隠蔽(いんぺい)しているかのような雰囲気作りはやめてほしい。隣で大きい人がわなわなふるふるしてるし。ケイさんもケイさんだ。想像だけで傷つくとかそんな顔されても困るんだよね。


「――とにかく、こちらから吹聴(ふいちょう)してまわりはしませんが、訊かれたら小梅は私の娘だと答えるということで」


 問題は小梅だ。


「おやーたしゃまはおやーたしゃまですよ。ままじゃないでしゅ」

「小梅、フリですよフリ」

「いやでしゅ」


 意外に頑なだったんだが、「親子ごっこ、お外限定」という条件でなんとか呑んでくれた。小梅にしてみれば親子ごっこに抵抗があるがお外には行きたい、ということらしい。こんなに喜ぶんだったらもっと早く連れ出してやればよかった。少し心が痛む。



 そんなわけで今朝は、散歩に出かけている。

 かなり早い時刻だが、厨房に「小梅を連れて浜へ散歩に行ってきます」と書き置きを残したので問題ないだろう。

 早朝ならばあまり人と会わずにすむだろうと思っていたのだがさにあらず。意外や意外、浜がけっこう混雑している。混雑といっても、港をはさんで東側の海水浴エリアの芋洗いとは様相が異なる。港の西側の浜は遊泳禁止だ。なんでも、駆けあがりとかいう起伏に富んだ地形が浜のすぐそばにあり、その駆けあがりの先が急速に深くなっているのだそうだ。そういう地形であれば当然、一度に動く水の量が大きく、波のうねりも大きくなって危険だということらしい。

 で、その浜がどう混雑しているかというと、点々と釣り人が等間隔に散らばっているんである。混雑してない? いやいや、してるの。この投げ釣りってのが、竿も仕掛けもけっこうな勢いで振り回すので釣り人一人あたりの必要とする領域が広いわけだ。現在の多々良が浜、釣り人立錐(りっすい)の余地なしレベルに混雑していることになる。夏最後の書き入れ時、と準備に余念のない海の家のある海水浴場より、こちらの遊泳禁止エリアのほうがよいかと思ったのだが、ある意味鉄火場だ。仕掛けがぶいぶい宙を飛び交い、釣り糸が張り巡らされている。釣りの邪魔になりそうで波打ち際には近づけない。このままではただ浜をぶらぶらするだけになりそうだ。


「小梅、海に近づくと釣りをする方々の邪魔になりますから、こうして歩きながら眺めるだけになりますが」

「おや……おかしゃん、海きらきらでしゅよ」

「そうですね、きれいですね」


 まあ、いいか。ぐずるようだったら明日からコースを変えよう。多々良が浜の見どころは海だけじゃないし。


「小梅、そろそろ少し休憩して水分補給を――」

「ふおおおお、おそらだけでなく、はまにもきらきらのたいようが!」


 小梅、おかしゃんの話を聞きたまえ。あー、太陽ね、砂浜にきらきらって――何?


「みて、みて! あそこ、きらきら、ぴかぴか!――はげあたま!」


 小梅、ノオオオォォォオオオ! NGワード絶叫しないでえええ! 止めるも時既に遅し。バイパスの橋脚やすぐ近くに建つマンションの壁に反射し小梅のシャウトがこだました。



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