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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第三章  茄子と胡瓜と乙女

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第十四話  疾雷(六)


 好きこそものの上手なれ。やはりケイさんは料理上手だ。

 乱切りにして浅漬けにするくらいしか思いつかなかったちまちました一番果の茄子と胡瓜が、メインの炒めものとサラダにきっちり活かされている。あの短時間でこれだけのメニュー、私には無理。

 茄子(なす)は豚肉と一緒に甘めの味噌と炒めてあった。素揚げして加えた茄子の紫色が鮮やかで美しい。サラダは茹で蛸とトマト、そして一番果の胡瓜(きゅうり)で、ほのかににんにくの効いた醤油と新玉葱のドレッシングでマリネしてある。他に豆腐と(にら)のスープ、蒸し鶏とさやいんげんの()えものなどが食卓に並んでいる。


「なんかさー、今日のお夕飯は珍しく彩り豊かでいいんだけどさー、僕、茄子きらーい。詩織ちゃんさー、そろそろ僕の好み覚えてよ」


 甘チャラ嵐太郎はテーブルに(ひじ)を突くというたいそう行儀の悪い姿でぐい呑みを傾けている。やめんか、子どもの前で。だらしない。確かに嵐太郎に「茄子見るのも嫌いだから絶対に出さないでね」といわれている。


「師匠、箸が進みませんね」

「だって、茄子嫌いっていってあったのに」

「師匠、この味噌炒めだったら茄子大丈夫じゃありませんでしたっけ」

「え? これ、詩織ちゃんが作ったんじゃないの?」


 ごん、とぐい呑みをテーブルに置いて自分の取り皿に豚と茄子の味噌炒めをてんこ盛りにすると、甘チャラ男は猛然と食べはじめた。


「五木くんが作ったんだったら話は違う。早くいってよね」

「はあ。――その、すまないな、詩織」


 いいんです。よく覚えておきますから。この甘チャラ非実在爺め。いずれ茄子責めにしてくれる。


「ケイちゃん、このマリネおいしいわね」

「ほんとにこのお醤油と玉葱のドレッシング、蛸と合いますわね。ほんのり甘いのは蜂蜜かしら?」

「お口に合ってよかった。真知子さんのおっしゃる通り蜂蜜を入れました。バジルのソースを切らしていたので醤油ベースですが、こちらも悪くないでしょう?」


 などと話をしながらケイさんは手もとの取り皿で細かめのダイスにカットしたおかずを小鉢によそい、私に差し出す。浅い皿だと(すく)いにくかろう、スプーン一本で食事できるようにという配慮だ。


「片手しか使えないから食べにくいかと思って。これならどうかな」

「助かります」


 真知子さんから「あらあら、仲の良いこと」などと(はや)されて苦笑してしまう。仲は悪くないけどもさ。ケイさんは甘やかすのが好きだからなあ。ほんとうは取り分けて「どうぞ」じゃなく、「はい、あーん」てな感じで一切合財(いっさいがっさい)面倒を見たくてうずうずしているんだと思う。


 食事しながら、昼間の周平との遭遇について理沙嬢と私から説明した。全員が全員、もぐもぐと口を動かしながら眉間に皺を寄せている。うーん、せっかくケイさんに腕をふるってもらったのに、食後にしたほうがよかったか。

 ケイさんがご飯のおかわりをよそってみちるさんに渡してから、理沙嬢に向かっていった。


「理沙ちゃん、周平と会うのは今日が初めて?」

「うん」

「そうか。見かけたこともないんだよね?」

「ないよ?」


 少し考えこんだ後、ケイさんは口を開いた。


「周平は多分この多々良が浜、あるいは近辺に宿か何か足がかりにしているポイントをもっているんだと思います。俺たちの旅行にもついてきたし、今日に限らず守りが薄いタイミングで必ず現れる」


 これまでの出来事を思い出しているのだろう。乙女たちはうなずいている。


「そして、詩織から聞く限りでは、周平は理沙ちゃんと友人の中のひとり、ハイブリッドコードキャリアをグループの中から選び出してターゲットにしようとしていたようです。つまりあいつはハイブリッドコードキャリアの存在を感じ取ることができる」


 私たちハイブリッドコードキャリアは自分の持っていない異能を感じ取ることができない。私が石部少年からうっすらと異能の気配を感じ取ることができたのは、彼の中で眠る能力が自分と同じ精神干渉だからだ。お久さんとみちるさんの外見に現れない異能に気付かなかったのと同様に、私の目には理沙嬢の友人に異能があるように見えなかった。周平がしつこく目で追わなければ気付かないままだったはずだ。


――なるほど。


 ケイさんのいうとおり、周平は何らかの方法でハイブリッドコードキャリアを見分けている。


「あ、それ、私もできる」


 みちるさんが豆腐と韮のスープを口に運ぶ途中で(さじ)を戻した。


「脳に何か埋めこまれているみたいなの」

「機械のようなものなんですか?」


 白梅の憑依や契約錠だけでなくハイブリッドコードの探知機まで脳に埋まっているとは。


「うーん、よく知らない。小さな種みたいな形なんだと思う。頭の中でどうなっているのかは分からないわ」


 小さく手を挙げて嵐太郎が続きを引き受けた。


「探知機はあまり大きく育たない。そして機能が限定されているみたいだよ。なぜ知っているかは食事中だから話したくないので()かないでね」


 にこにこしている甘チャラ男を除く全員が嫌な顔をした。「訊かないでね」って半分いったようなもんじゃないか。私は茄子レシピ収集、そして畑の茄子ちゃんたちに追肥して今までに増して大事に育てることを固く決意した。茄子責めにしてくれる。


「契約済みのハイブリッドコードキャリア全員にこの探知機が埋められているわけではないんだよ。おそらく他の拠点だけでなく白梅荘でも同じだと思うけど、探知機の精度はそんなに高くない。ハイブリッドコードの有無が分かるだけで、契約に見合う程度の能力を持つかどうかの見極めは探知機を託されたものに委ねられる」


 嵐太郎は真剣な表情を緩めた。


「周平くんは体内に実験記録装置まるごと呑みこんじゃってるからねえ。かなり精度高くキャリアを探せると思うよ」

「でも見つからない。そうですね?」


 嵐太郎の甘ったるい垂れ目に剣呑(けんのん)な色が宿る。


――来る……!


 こちらからも精神干渉波をぶつける。パワー勝負だ。行ける。ぐぐぐ、と圧して嵐太郎の心の外壁近くにたどりつきそうになったそのとき、すう、と冷気が走った気がした。すんでのところで回避、後退する。やはりトラップが張ってあるようだ。多めに意識を載せた探索子を捕えられてはひとたまりもない。


「そうだね。見つからない」


 やはり老獪(ろうかい)な相手だ。守りに徹しているようで勝機があればぴしゃりと反撃するくらいはやりそうだ。状況に即応する柔軟さを持っている。食堂に集う他のメンバーが気づく前にお互いに矛を収めた。嵐太郎は終始人を食ったようなにこにこ顔をしている。


「周平くんはハイブリッドコードキャリアじゃなくて、もしかしたら僕を探しに来ているかも」


 全員で「え?」と嵐太郎に注目する。


「僕、川向こうさんちから脱走してきたんだよね」

「そうなんですか。――てっきり川向こうの盟主から送りこまれてきたのかとばかり」


 甘チャラ男を師匠と慕うケイさんですらそう考えていたらしい。


「ちょっとちょっと五木くーん。きみ、カノジョにほだされて師匠をないがしろにし過ぎなんじゃない?」


 ケイさんが赤くなる。素直に反応するな。あなたにはもう少し実年齢、せめて見た目年齢相応の老獪さを持っていただきたい。

 嵐太郎は「?」と怪訝(けげん)な顔で首をかしげる理沙嬢に微笑みかけた。


「理沙ちゃんは後でおばあちゃんやお父さん、ここの当主に川向こうさんのことを聞くといいよ。立場が違う人から話を聞くと多面的に情報が得られるだろうし。今の段階では何となく白梅荘と利害が一致しないグループのリーダーだと思っているといい。きみにちょっかいを出そうとした議員先生もそのグループに属している。こういえばなんとなく分かる?」


 理沙嬢は表情を引き締め、うなずいた。


「あのめちゃくちゃに自己中心的な議員さんが窓口だとわけ分かんない感じだけど、あの川向こうさんってハイブリッドコードキャリアを保護したい人なんだよね」


 議員先生のあの様子、盗聴器を何が何でも置いていこうとする秘書、そんな胡乱(うろん)(やから)のリーダーである川向こうの盟主とかいう男、とてもじゃないが「保護したい」という殊勝な心がけを()むことはできなかったが。嵐太郎を除く全員がそう思っているらしいのは表情を見れば明らかだ。


「保護する代わりに金になりそうな情報やら何やらをいいだけちゅうちゅう吸いとるつもりみたいだから、警戒しなきゃいけない相手であることに変わりないけどね」


 やっぱり。


「そんなこんなで川向こうさんはここ白梅荘の乙女が高齢化して出産可能な子がいない現状をたいそう嘆いておられるわけ」

「余計なお世話ですよ」

「ほんとにそうだよね。僕は川向こうさんとは立場が違う。僕、この白梅荘がなくなればいいと思っているんだ」



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