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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第三章  茄子と胡瓜と乙女

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第十一話  疾雷(三)



 天国のお父さんお母さん、私、知りませんでした。セレブ屋敷のオーナーって重労働です。ご飯作って掃除して洗濯して、屋敷の住人のスケジュールを把握し、


「お夕飯いる? いらない? 遅くなる? 軽く用意する?」


 みたいに口うるさく訊くことになっちゃって、一日中こまこまこまこま動いて、あたしゃあんたらの母ちゃんか。このまま突き進んだら将来、どっかの会社の社員寮の寮母さんとかに転職できるかな。そのための修行だと思って耐えますよ、お父さんお母さん。

 今日は幾分気楽だ。

 ケイさんはみちるさんと一緒に税理士事務所など外回り、真知子さんは会社へ、お久さんは道場へ、そして嵐太郎はお買いもの、とみんなお出かけである。寂しくないといえば嘘になるが、ここのところやたら家事に追われていたので、他人のスケジュールを気にせずに動けて助かる。あ、甘チャラ男はどんどん外出してくれていい。むしろ帰ってこなくていい。


 ひと雨ごとに蒸し暑さが増している。夏が近づいている。どんよりとのしかかるような雲が空を覆っている。ちょろっと菜園の様子をチェックした後、竹箒を持ち出してガレージから門にかけて路地を掃くことにした。


「蒸しますね」

「ほんとに。それでも今日は天気がもってようございました」

「ごきげんよう」


 などと路地を通る近所の人々と挨拶を交わす。

 あともう少しでおしまい、とガレージ近くに差しかかったとき、敷地の端、路地でも少し人目につかない場所から(けが)れて()えた気配がする。

 周平、またお前かよ。追い払うか、と足を向けかけたがいったん止まる。


「かっこいい」

「そう?」

「きゃあ」


 ああ、見なきゃよかった。女子高生グループに囲まれてるよ。少女たちよ、なんでそんな爬虫類じみたねっとりしたチャラ男がいいわけ。この人の「爬虫類じみた」ってのは比喩じゃないのよ。マジで巨大ヤモリになってわさわさ壁登るし。見た目と違ってちょっと年上じゃすまないのよ。百歳越えてるから。ちやほやしてやるな。つけあがるから。

 おや? お嬢さん方の中に小さい人が。理沙嬢だ。


「かわいいね、みんな。これから***にでも行く? 車出すよ?」


 周平のいう「***」とは、隣町に新しくできた大きなショッピングセンターだ。首都圏のはずれにある多々良が浜は東京より田舎といえるわけだが、その分土地を大きく確保できたりニーズが異なっていたりする。都心のデパートより品ぞろえは庶民的でも、ちょっとした東京の郊外店より規模が大きく集客力のある分、華やかだったりする。こんなことも住んでみなければ分からないものだ。

 それはともかく、知らない人について行っちゃ駄目だ。

 しかも柔らかく目を細めているようでいて、周平の人と異なる瞳にはちらちらと剣呑(けんのん)な興奮の色がきざしている。「オレのものになれ」とかなんとか私にさんざんいっておいてロリコンかよ、女子高生はかわいいよな、確かに、などと思って見ていたが何か違う。周平の視線の色合いが


――まるで捕食者のようだ。


 周平の視野の中心を占めているのは理沙嬢だ。まさか。


――ハイブリッドコードキャリアを探しに来ているのか。

――白梅との乙女契約はもうできなくても、もしかして――。


 咳払いして割って入った。周平の目の前に立つ。その視線の先にいる少女たち、特に理沙嬢を隠す位置だ。実際には身長差があるから完全に(さえぎ)ることなどできないが、「見るなゴルァ」の示威くらいにはなるはずだ。その立ち位置のまま振り返る。


「みなさん、***には親御さんにお許しを頂いてから行ってくださいね。ちなみに今日は定休日じゃないかしら」


 東京くんだり、特に私の育った街あたりはパワフルでちゃきちゃきした女の子が多いので、こんな口出しをすると「すっこんでな」的カウンターアタックを食らいかねないのだが、多々良が浜はずいぶんおっとりしている。声をかけた私を見つめる少女たちの表情が輝いた。


「白梅様」

「こんにちは、白梅様」


 なんてこと。周平が女子高生に声をかけたくなるのがよく分かった。こんなきらっきらしたかわいい集団から「白梅様だあ」などと囲まれては、会社員時代はお局として恐れられ、今は竹箒携えたアラフォー女子という古兵(ふるつわもの)の私でさえ骨抜きになる。きみたち、かわいいね。


「あ、そういえば――白梅様のいうとおり、***定休日じゃん」

「ほんとだ、やだあ」


 きゃいきゃいと波が引くように


「ごきげんよう、白梅様」

「理沙ちゃん、また明日ね」


 と理沙嬢を残して去って行った。


 理沙嬢を背中でかばいながら身を引き、周平の視線の軌跡を探り、記憶する。去っていく女子高生集団の中に一名、もしかしたら。


「うーん、あの娘は薄い」

「何をしに来たのです。ここには来るなといったはず」


 周平に声をかける。声が尖るがそれを隠す気もない。


「白梅の、ここはアンタの屋敷の外だろう」

「多々良が浜でナンパしないでください」

「オレがどこでどこの女と仲良くしようとアンタには関係ないだろう。それとも妬いてるのか?」


 周平はにやりと笑った。こういうのが俺様男とかなんとかでよさげに見えたりするらしいのは知っているが、どうもねえ。気配がばっちいのもあるけど、守宮(やもり)、山猫、(とび)の超絶早変わりを見ちゃっているからか、この男の見下しながら迫る様子をかっこいいと思えない。


「アンタがオレのものになってくれればナンパなんてしないぜ」

「調子に乗るな」


 下から睨みつけ、精神干渉波を浴びせる。瞬時に周平本人の心の外壁の更に外に防護壁が展開された。朽ち縄の仕業だろう。気づかないふりをして、防護壁も含めた全体に圧迫と振動を与え、反応を見る。周平の心と、それを覆う防護壁を揺さぶる。縦長スリット状の瞳にちらりと揺らぎが走った。


――あと少し。


 防護壁が振動に耐えられなくなりそうなところで、すす、と周平が引く気配を見せた。


「ナンパじゃないってのはばれてたみたいだな」

「この娘はもう乙女ではありません」

「知ってる」


 周平は再び私に覆いかぶさるように迫ってきた。生臭い。


「だからいいんじゃないか、白梅の。一度乙女になったということはそれに見合ったハイブリッドコードを持つキャリアだということだ。そして乙女をやめたんだから、もう白梅とは契約できないだろう? 極上のキャリアがフリーになったということだ」

――他の拠点との契約が可能なのか。


 すぐに腑に落ちた。自分の至らなさに歯噛みする。ケイさんが二重契約しているくらいだから可能だとすぐに気づくべきだった。外からの脅威に晒されて危険な状態にあるのは今もまだ理沙嬢だ。


「この娘は渡しません」

「それは本人の意思による、そうだろう? お嬢さん」


 理沙嬢と向かい合おうとする周平の視界を再度遮る。


「周平さん。あなたはこの娘がどんなに恐ろしい思いをしてあの儀式を受け入れたのか、理解していない」

「白梅の、抜き針の儀がどんなものかは知っている。だからどうした。オレは気が狂いそうなことを生まれてこのかた百年間、幾度となく経験してきたんだ。アンタやそこの小娘が一度抜き針の儀を知ったくらいで」


 背後でかすかに息を呑む気配がする。お前、それを本人の前でいうか。


「口を慎みなさい。この娘は抜き針の儀を『知った』のではありません。その儀式を通過し、生き抜いたのです。契約錠を抜いたこともないあなたに何が分かるというのです」


 竹箒を捨てた。からん、と音を立てて路地に転がる。右腕でかばうと、背後の理沙嬢がしがみついてきた。久しぶりに触れる小さく熱い体の感触が愛しい。

 そして左の掌を周平に向かってかざす。こちらが精神干渉を始める前に周平の心の外壁を防御壁が覆った。探索子でなく、精神干渉波で一気に防御壁ごと包みこむ。先ほどと同じ方法で徐々にパワーを上げ、波を調整する。


「白梅の、さっきの干渉と同じではオレの守りは破れんぞ」


 方法が同じだとすぐに悟った周平の表情に余裕が生まれた。わざとやってるんだよ、わざと。しかし表情を変えず精神干渉と、背後の理沙嬢に気を取られているふりをする。

 振動を変える。強過ぎず、弱過ぎず、防御壁を壊してしまわないぎりぎりのラインをそろりそろりと探る。破壊可能な波動のポイントを探るためにじりじりと波の形、大きさ、数を――。


――見つけた!


 そのポイントで防御壁が大きく震える。

 だが、捕まえ損ねたふりをしていったん通り過ぎた。精神干渉で伝わってきたイメージをまるごと、入念に記憶する。その音の高さ、固有振動、共振の影響を。そしてぐいっとその固有振動から外れ「何かリアクションがあったみたいだから、もう一度探る」ふりをして振動の周波数をあたふたと、闇雲に変えるふりをした。大丈夫。さっきのイメージはちゃんと記憶し、格納済みだ。今はそのときでない。しかしきっといつか役に立つ。


――これが朽ち縄の契約錠の音……。


 防御壁に傷はつけていないけれど、ぐらぐらと大きく共振したのは本人も、朽ち縄も気づいているはずだ。


「白梅の、アンタ、精神干渉波を物理攻撃に使えるようになったのか。異能の使い方といい、この前の針といい、非力なわりにずいぶん攻撃的な女だな」


 すぐ目の前に迫った周平が私の左手をつかむ。反射的に右腕を伸ばし、理沙嬢を遠ざける。ぎりぎりと手首を潰すように握られるが、視線を周平の縦長の瞳孔に据えたままそらさず、精神干渉波で防御壁ごと周平の心を揺らし続けた。


「い、やああああああああ、痴漢、ちかんですううううう!」


 背後で甲高い叫び声がした。

 何かまずいことでも、と振り返ると、理沙嬢が口に手をあて「やっほー」とでもいいそうなのんきな表情でしかし悲鳴をあげている。


「誰かあああああああ! 白梅様が、あぶないいいいい!」


 甲高く、やたら通る声で理沙嬢が叫ぶ。そして住宅街の方向から周平へと向き直り、睨みつけた。


「ちょっと、そこの人、しお……白梅様の手を離しなよ。なんだか顔見知りっぽいから大人しく話を聞いていればわけわかんないこといいたい放題じゃん」

「これはこれは。白梅の乙女はずいぶん鼻っ柱が強いな」

「元乙女だけど。さっきボクのこと、『小娘が一度抜き針の儀を知ったくらいで』っていったね」


 理沙嬢はずい、と一歩踏み出し周平を睨みつけた。


「その通りだよ。ボクはあの儀式をしてもらっただけ。単に契約錠を抜いてもらって気絶してただけ。大したことはしてない。でもしおちゃんは違う。ボクを殺してしまうかもしれない恐怖、そのことで大きな罪を負うかもしれない恐怖でそれこそ気が狂いそうだったはずだ。百年っていったね。確かにおじさんは気が狂いそうな目に何度も遭ったのかもしれないよ。だからって関係ないね。ボクはともかく、しおちゃんを馬鹿にするのはゆるさないよ。ボクはおじさんのものにならない。しおちゃんの手を離せ。触るな」


 悲鳴を聞きつけた近所の人々が走ってくるのが見える。理沙嬢は下から睨みつけ、低い声でしかしきっぱりといい切った。


「ボクはおじさんと契約しない。乙女ではなくなったけれど、ボクは知恵者の末裔としてこの多々良が浜に根づく」


 いいたいだけいうと理沙嬢は、すす、と私の背後に戻り、小さく縮こまった。さっき挨拶を交わした近所の人々が駆けもどってきた。


「大丈夫かい、白梅様! ちょ、ちょっと、そこのあんた女子どもに何するんだい。その手をお離しよ!」

「ああ、誰か、おまわりさん呼んで」


 ひときわ強く私の腕をぎりぎり潰すように握りしめてから、周平は手を放した。


「また来る」

「もう来ないでください。何度もそういったはずです」


 ふ、と目を細めると周平は人々をかき分け、悠々と去った。



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