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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第三章  茄子と胡瓜と乙女

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第四話  梅雨寒(四)


 こうなるのは分かっていたんだけど。それにしてもひどいな。

 小応接室ではいい年をした男性二人、議員先生と秘書が掴み合っていた。その手合いの運動を堪能するには手狭なスペースである。立ち上がって仲裁の機会をうかがうケイさんがうろたえている。

 ひとんちで何やってるんだよ。どうしてくれるわけ、あんたら。確実に駄目になっていそうな茶器とか。紫陽花を活けた骨董ものの水盤とか。あんたらの破壊行為がオーナーである私の心に大きなダメージを与えていると気づけ。

 廊下から様子をうかがう私が携える替えの茶器はさして高価ではないが壊れると分かっていて持っていくのはやはり気が引ける。客がこちらに飛び出してきたら熱い茶入りの湯呑みを盆ごと叩きつけるけどね。


「どうしたんですか?」


 いきさつは承知しているが知らぬふりをして部屋の入口で声をかけた。少々(とが)める声色なったところで誰が私を責められよう。客二人とケイさんがぴたり、と動きを止めた。廊下からちょろっと覗いたときにはこの惨状は見えなかった。ソファで視界が(さえぎ)られていたらしい。

 私の愛する水盤は引っくり返って欠けていた。茶器や菓子は割れて飛び散っている。ソファに菓子の破片がへばりついている。これはひどい。座り心地は確かによくないが、愛着のあるソファなのに。

 さすがにこれは怒っていい場面だと思う。

 アポなしで突撃訪問して悪態をつき、侮辱しながらヘッドハンティングという謎のツンデレを披露し、小応接室で過激な運動に(いそ)しみ調度をぶっ壊すだけでは足りないらしい。議員先生は用足しと風呂を要求しはじめた。もはや客じゃない。


「これ以上暴れたら警察を呼びます」

「白梅様、わしとあなたの仲ではないか。それは大袈裟だろう」

「どんな仲なのか私にはさっぱり分かりません。何でしたら今すぐに警察を呼びます」

「被害届を出したところで、わしがここで暴れた証拠などない」

「それが意味をなさないとしても警察沙汰になったという醜聞は残ります」

「そ、それがなんだというのだ」


 ケイさんが私の前に出る。日向のにおいがする。


「既に一度、党から後継者について何らかの示唆があったはずです」

「な……わしはまだ」

「川向こうの盟主というのがどなたなのか存じませんが、議員先生のようなある意味無垢な方に荒唐無稽なことを吹きこまないでいただきたいですね。こんなところで横紙破りをしたところで、今更挽回できませんよ」


 荒れ果てた小応接室に、汽笛のような低い声がゆったりと響く。


「お引き取りください」


 その後もしばらく主に秘書が「トイレ、せめてトイレだけでも」とごねたが拒否した。


「白梅荘にはトイレなどございませんの」

「えっ……? じゃあどうやって」

「さあ?」


 お化粧室ならございましてよ、なんてね。例の化粧箱剥き出しの夜のお菓子も布に包み紙袋に入れて手渡した。


「何のお構いもできませんでしたのでこちら――お返ししますね」

「おかまいなく――って、えええ? この菓子はそちらでお納めください。白梅様の好物だとさっき」

「ええ、好物ですよ。でもそれは賞味期限の切れていない場合に限ります」


 焼き菓子だからそう簡単に傷まない。それなのに賞味期限が切れてた。どうもこの夜のお菓子はおすそわけの旅に数回出た古兵(ふるつわもの)であるらしい。


「じゃ、じゃあ、白梅様、これはそちらで処分していただきた――」

「お持ち帰りください。この菓子箱をどうしても当屋敷内に置いておかねばならない事情でも?」


 じっと目を見る。相手がたじろいでもじっと見続けた。不躾で不気味な女だと思われても構わない。おそらくもう会うこともないだろうし、会っても親しみを覚えたりしないだろうから。そうして見つめ続けていると秘書は目を泳がせ、おどおどと口を開いた。


「あの、じゃあ、帰ります」

「そうしてください――ただし」


 言葉の途中でじっと待つ。しばし後、うろうろとさまよう秘書の視線をがっちりと捕まえた。


「菓子箱も、あなたがたが壊した調度に紛れこませたものも、ちゃんと持ち帰ってくださいね」

「――あ、しらうめさま、う、あ――」

「持ち帰ってくださいね?」


 ふふ、と口もとだけで微笑んでみせると秘書は「ひいいい」と後ずさり、小応接室へ再び飛びこみ破壊された調度の破片から何か引っ張り出すと、賞味期限切れの菓子の入った袋を掴んで廊下へと駆け去った。わざとゆっくり跡を追い、屋外へ、門の外へと転がり出る秘書の後ろ姿を表玄関に立って眺める。

 門の外で傘をさし待っていた議員先生と合流した秘書が何やらいい合いをしている。


「なんで置いてこなかった――」

「――じゃあ先生は盗聴器を仕掛けたんですか」

「川向こうの盟主様が――」

「――しかし白梅様に――」


 雨の合間を縫って切れ切れにいい合いが聞こえてくる。議員先生に「もう一回置きに行け!」と叱られた秘書が門の中に入ろうとして見えない何かに弾かれ転倒した。


「何をして――」

「じゃあ先生行ってくださいよ――」


 転倒した秘書を助け起こさず、菓子箱の入った紙袋だけひったくるように奪い取った議員が門から中へ飛びこもうとしてやはり何かに弾かれ、よろめいた。

 初めて目にした。これがお久さんの能力、要塞化による完全な遮蔽(しゃへい)か。

 日向のにおいが近づいてきた。背後にケイさんが立つ。門の外で騒いでいた客二人と目が合ったので、お辞儀をした。失礼な二人だったが客として迎え入れた以上、最後までそのように扱うというわけだ。しかし見送っているという態で様子をうかがっているのが嫌がられたらしい。何か喚きながら二人は急ぎ足で去って行った。


「やはり別の目的があったようだな」

「来客を装って盗聴器を仕掛けるつもりだったんですね」


 いったん屋敷内へ迎え入れてしまえば、不自然に長く席を立つなどの行為がない限りそうそう客の行動を制限できない。客が実際にトイレを使ったかどうかなどを細かにチェックすることもしない。今までもこうして客として入りこみ、盗聴器をしかけていたのだろう。屋敷の奥深くまで侵入することは難しくても、接客に使う小応接室とパブリックスペースのトイレまでのルートを中心に、屋敷の作りを知っていればさして時間をかけずに仕掛けられそうなポイントがいくつかありそうだ。


「こうなると到来物を置いている食糧庫や裏口、居住エリアもチェックしたほうがよさそうだな」

「そうですね。居住エリアまで住人以外の者が入りこむことはなさそうですが」

「住人がそれと知らず持ちこむケースもあるかもしれない」


 そこまで考慮するとなると対象となるエリアが広いだけにかなり厄介だ。


「場所を限定して定期的に除去するのがいいかもしれませんね」

「それがよさそうだ。やってみよう」

――乙女たちへの疑いは晴れたと考えてよさそう。


 心を探らずともケイさんが同じことを考えているのが分かる。今までずっと重くのしかかっていたつかえがとれてほっとした。



 着替えに戻る前に厨房に顔を出すと、スツールに腰掛けていたお久さんが立ち上がった。


「客人は帰ったようじゃな」

「好き放題暴れてくれたので後始末が大変です。要塞化、ありがとうございました。完全遮蔽の威力、すごいですね。いったん出た客が戻ろうとして弾かれてました」

「まずかったかの」

「いいえ、むしろ望ましい」

「それはよかった。実は来客中に要塞の結界を突破しようとする者があっての。詩織ちゃんのいうとおり完全遮蔽にしておいてよかったようじゃ」

「お手数をおかけしました」


 遮蔽を通常の状態に戻して敷地内をチェックすると傘を持ち外へ出るお久さんを見送り、着替えてから小応接室を掃除した。色々壊れていて泣けた。


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