第九話 アンサス君と暗殺君
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「アンサス様、そんな乱暴に入ってきてはいけませんよ」
シスターさんがなだめるように言う。
「それどころじゃない! もうウルしか頼れないのだ!」
どうやらシスターさんはウルさんと言うらしい。
「落ち着いて、何があったかゆっくり話してみて?」
なるほど、確かにウルさんは慈愛に満ち溢れている。すべての言動から優しさが滲み出ている。
そんな人がこの俺にジトっとした目を向けるはずが無い。やはりさっきのは俺の見間違いだろう。
アンサス少年はウルさんに促され、事情を話しだした。
「私が生まれた頃から一緒に暮らしてきた爺やが突然いなくなったのだ。今まで一度だってこんなことなかったのに……」
「それは本当にさらわれたのですか?」
「そうとしか考えられない」
「爺やさんは何か言っていなかったのですか?」
「え? 爺やがしゃべるはず無いぞ」
ウルさんも困り顔である。
そりゃ、人探しなんて修道女の仕事じゃなさすぎるからな。
「憲兵さんには話しましたか?」
「もう話したさ。……でも相手にされなかった」
少年は悔しそうにうつむく。
「もうウルしか頼れないのだ!」
少年の必死さがひしひしと伝わってくる。
相当爺やが大切なんだろう。
「わかりました。私に出来る事であれば協力しますよ」
柔らかい笑顔で微笑みかけるウルさん。
端から見ていても癒し効果の高い笑顔だと思う。
ここまで口を閉ざしていた俺だったが、一つ気になる事があったので聞いてみる事にした。
「すみません。この少年は?」
「この方はここリーベルの領主であられるブレッター伯爵様の御子息ですよ」
ほう、領主の。
「アンサス様、この俺も協力させていただきましょう」
「なぜだ? というか誰だ?」
見知らぬ男の介入にアンサス君が怪訝な顔をする。
まあ、当然だろう。
ならば俺が真の善人である事を見せつけてやるまでよ。
「理由などいりません。主たるツヴァイテ=パラストもおっしゃっているではありませんか。隣人には手を差し伸べよ、と」
ウルさんがまたジト目でこちらを見ている。
俺に気があるのかな?
「なんと心優しき人か! 今は一人でも人手がほしいのだ」
「常日頃、呼吸をするように人助けをしている俺ですから。このくらい当然です」
「おお、心強い!」
俺は胸に手を当て、丁寧におじぎをする。
相手は領主の息子だ。
子供だといってもぞんざいに扱ってはいけない。
ここで、カタンと教会の扉が開く音がした。
「アンサス様、ここにおられましたか」
甲冑を着たごつい男がガチャガチャと音を立てながら歩み寄ってくる。
「勝手にいなくなられては困りますぞ。もっとも、リーベルは安全な街ではありますがな」
少年の護衛騎士のようだ。
「シグスか! 喜べ、協力者が見つかったぞ!」
「協力者? おお、ウル殿ですか」
「それとこの男だ」
二人がこちらを向く。
第一印象は大事だ。
丁寧にいかないとな。
「ソウジ=ニノミヤと申します」
「ニノミヤ……? はて、他国の家名ですかな? ……まあ良いでしょう」
ずいぶんあっさりだな。
まあ、俺としちゃその方が良いんだが。
というわけで俺たちは捜索に出ることになった。
教会を出て、手当り次第に調べてみる。
俺も主に空き家を覗いてみたり、ジジイを見なかったか通行人に聞いてみた。と、思ったらジジイなんてそこら中にいる。白髭の爺さんらしいが……。
もちろん見つかるはずもなく。
「ふむ、ここは二手に分かれて調べた方が良いのではないですかな?」
急に護衛騎士のシグスがそんなことを言い出した。
「私はこちらを探しますゆえ、ウル殿、ニノミヤ殿、アンサス様はそちらを探してくだされ。ウル殿、アンサス様を頼みましたぞ」
「えっ!? あの、私は護衛なんてできませんし、なにかあったら……」
「ハッハッハ、心配召されるな。リーベルの治安が良いのはあなたもよくご存知であろう?」
「ですが……」
騎士はウルさんの言葉など聞こえてないかのように歩いていってしまった。
ずいぶん平和ぼけした騎士殿だ。
「……私たちも探しましょうか」
しばらく呆然としていたウルさんだったが、こう言うと再び歩き出した。
「爺やはもう素早く走れなくなっていたんだ……。誰かに捕まっているとしたらきっと逃げられない……」
「アンサス様……」
素早く走るジジイがいたら驚愕だ。さっきからなんか話に違和感があるな……。
アンサス君の歩くスピードが自然に早まる。
焦っているのだろう。
空き家などを見て回ったが人の気配はない。
誘拐された人をこんなアナログに探しても無理じゃないだろうか。
しばらくして、アンサス君が路地裏に行こうと言い出した。
ウルさんはやめた方が良いと言ったがアンサス君は折れなかった。
「きっとこっちにいる! ウルがこないなら私一人でいく!」
「待ってください!」
結局、アンサス君は走り出し、ウルさんがそれを追う。
俺も急いで二人を追うと、曲がり角を曲がったところで二人は立ち止まっていた。
何か手がかりでも見つけたのだろうか。
「どうしたんです?」
だが俺の質問への返答はなく、二人は同じ一点を見つめていた。
低い建物の屋根の上、黒装束の背の低い男——たぶん子供だろう——が立っていた。
どうしたんだろう。
二人とも固まっちゃって。
見ると、ウルさんの額には汗が滲んでいる。
ふむ。
この様子を見るにこの二人とあの子はただならぬ関係だろう。気まずい知人と会ってしまったようだ。
「おあつらえ向きなシチュエーションだな」
屋根の上にいた子が降りてきて、そうつぶやいた。
(なるほど、わかったぞ)
この子はこういう闇的な、それっぽいものが好きなのだろう。
「俺は暗殺者ではない。暗殺者ではないが、今からお前達を暗殺する」
決まりだな。
この子はなんでもオーバーな言い方をしてしまう、かっこいい台詞を言おうとしてしまうのだろう。
要するに厨二病だ、この子は。
おおかた、アンサス君と喧嘩でもしたのだろう。それを厨二風に言うとああいう言い方になる、と。
本物の暗殺者ならわざわざターゲットの前に姿を現さないし、まして”今から殺す”なんて言うはずが無い。
突然、黒装束の子が音も無くダガーを構える。おいおい、刃物なんて。レプリカだとしても危ないだろう。コイツの保護者はどうなっているんだ。
(子供の喧嘩には口を出すまいと思っていたが……)
「おいおい暗殺者君、何があったかは知らんが危ない事はしちゃだめだぞ」
大人である俺が率先して注意してやった。
「どうせ殺すとか言っても出来ないんだろ? そういうのやめてさ。とりあえずお兄さんの話を聞きなさい。な?」
俺のありがたい説教の時間だ。
暗殺少年よ、心して聞くがいい。
「ほう? 挑発を受けたのは初めてだ。ならばお前から逝け」
気付くと暗殺少年の姿が視界から消えていた。
次話でようやく主人公のチートが使える……