第八話 ギルドは既に敵の手中
大きな門を見上げる。
ようやく人らしい生活ができるぜ。
門兵はいたが入場料やらなんやらは必要なかったので、すんなり中に入れた。
「ではレイ、今後の予定を話す」
「うん」
「まず冒険者登録をする」
「ダメよ」
「そして次に……何っ!?」
出ばなを超挫かれたんだが。
冒険者になりたくないとは、レイにはロマンが足りないな。きっと宇宙とか深海とかにも興味ないんだろうなぁ。
「なぜ冒険者は嫌なんだ?」
「だって危ないでしょ? 悪い事は言わないから街で真面目に働こう? ね?」
「むぅ……」
ここで言い返すと俺がすごいダメ男になってしまうような……。USAでビックになってやる、とかいいつつ働かないヒモ。
けど、剣とかかっこいいし……。
「とりあえず一ヶ月、一ヶ月冒険者してみるよ! ほら、お試し的に!」
「……どうしてもやるの?」
「ああ! 責任もってやるさ!」
「そう……。なら私も一緒に冒険者をやるわ」
一瞬レイの目が子供のわがままを聞く母親のようになった気がしたが、なんとか説得出来た。
冒険者ギルドを探して歩く。
街並みは日本人の俺には相当に新鮮だった。
至る所にファンタジー感が溢れている。
例えば魔法。この世界における一般技能である。
そんな一例を偶然にも見つけた。
「これは……テニスか?」
人だかりが出来ていた。
観客の間から覗くと、ラケットを持った二人の人がボールを打ち合っている。
コートはまるきりテニスと同じだ。
ただ、ボールの動きがちょっとおかしい。
「これはたぶんレクエットという球技よ」
「レクエット?」
「そう、一部の魔法の使用が認められていて、一つの玉を互いに打ち合うの」
「へぇ」
レイの解説を片耳に、試合を見る。
点数の入り方とか細かいところは違うみたいだがテニスだな、これは。
スコン! という小気味いい音でボールを打ち合う両者。
時折不規則にボールが曲がったり、振動したりしている。
おそらくあれが魔法だろう。
でもあれじゃあ日本のテニスには通用しないぜ。
日本じゃボールが消えるサーブを打ってようやくビギナー。
相手の五感を奪ってなんとか一人前だ。
ちょっとボールを曲げた程度じゃ、業界で生き残っていくのは厳しいですねぇ〜。
などと思っていたら、
「でた! コルネリウスのバックハンド!」「黄金の右腕だ!!」
試合が決まったようである。
とまあこんな感じに、魔法は日常になじんでいるようだ。
面白かったけど、今はギルドに行かないとな。
冒険者ギルドまでの道はその辺の人に聞いた。
そして今。ギルド内にいる。暇そうな糸目のギルド職員に話しかけた。
「冒険者登録をしたいんだが」
「登録ですね。ではこちらの水晶に手を置いてください」
言われた通りにすると、カードが出てきた。
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《ソウジ=ニノミヤ》Lv.4
種族:$#?*#&~
性別:男
年齢:17
体力E 筋力E-
魔力G- 敏捷D+
物防F 魔防F-
技量F-
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な、なんだこれは!?
パワプ◯の二軍選手でももうちょっとましなステータスだぞ。
あと種族。
いや、ここではきっとAが一番低いとかだろう。
そうだ。きっとそうに違いない。
「確認させてもらってもよろしいですか?」
「ん? ああ、はい」
渡したとたん、職員は目を見開いた。糸目を見開いた。
「ば、ばかな。Lv.4!? そ、そんな……」
お、やっぱり俺のステは驚異的なようだ。
熊もオークも倒した、ウサギさえ屠った男だからな。
「ん? どうかしました? 俺のステータスが……何か?」
俺はカウンターに肘を突き、低音ボイスで言ってやった。
ああ、いけない。
職員が怯えてしまうではないか。
「いえ……すみません。ではカードをお返しします」
「かまわないよ。ありがとう」
「今度は私の番ね」
俺に続いてレイも水晶に手をかざす。
すぐにカードが出てきたので見せてもらった。
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《レイ》Lv.55
種族:エルフ
性別:女
年齢:14
体力E 筋力F
魔力A 敏捷D-
物防F 魔防C
技量B+
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「おお! これはすごい! 体力と物理面が低いのが残念ですが、魔法関連の能力は既に超一流ですよ!」
糸目がレイのカードを覗き込みながら叫ぶ。
レイさんはきょとんとしてるけど。
「あの、GとAではどっちのほうがすごいですかね」
正直に聞いてみる事にしました。
「? もちろんAですが……。Gもある意味すごいですがね、弱すぎて」
オイコラ、もうちょっとオブラートに包んで言え。
ありえん……。
いや、薄々感づいてはいたが……ありえん。
「おい君、これは何かの間違いじゃないかね?」
「そんなはずは……いえ、たしかに種族がおかしいですね」
それから糸目は何やら思案顔でうんうんと唸っていた。
「念のため精密な検査を行いますのでついてきてください」
やはり間違いだったか。
まったく困るんだよね、こういうの。
別室に移動した俺はいくつかの怪しげな機械で調べられた。その度についてきてたレイが弓に手をかけていたが、特に意味のある行為では無いだろう。
検査を終え、糸目が口を開く。
「はい、あなたは間違いなくヒトです」
え? それだけ?
「あの、ステータスとLv.の方は……」
「……これから大変かとは思いますが頑張ってください」
そんな……はずは……。
「……罠だ」
「え?」
「これは罠だ! 何者かが俺を陥れようとしているんだ!」
「はい?」
「そうだ! これは陰謀に違いない! 無効だ! こんなものは無効だ!」
「そう言われましても……」
「……いや、すまない。取り乱した」
最強の魔術師たるこの俺が敵の罠に嵌るなんて、なんてザマだ。
随分と鈍っちまったもんだぜ。
……はぁ。
俺とレイはトボトボとギルドのホールに戻った。
「レイ、日が暮れるまで別行動にしないか」
「どうして? 私もソウジについていくわ」
「すまん。少し、一人になりたいんだ。日が暮れたらまたここに集合な」
「でも……」
「すまん……クッ!!」
俺はギルドを出て走り出した。
俺は弱くない、俺は弱くないんだっ!!
レイが追いかけてきているのが分かる。
レイを上回る敏捷だけがやけに虚しかった。
ギルドから随分離れたところに来てしまった。
ここはどこだ。
周囲を見渡してみると、ステンドグラスで十字架が描かれている建物を見つけた。
おそらく教会だろう。
何の気なしに俺は入る事にした。
「おや、こんな時間に珍しいですね」
中にはピンクのロン毛の、真っ白な修道服っぽい服に身を包んだ女の子がいた。
見た目は俺と同じくらいの歳に見える。
「シスターさんですか?」
「ええ、この教会は現在神父様が不在なので私が管理しています」
「俺は無宗教なんですが、ここはどこの教会なんですか?」
「この国の国教を知らないという事は旅のお方なのですね。ここはツヴァイテ教の教会です。主たるツヴァイテ=パラストの教えを広め、実践することこそ救いへの近道なのですよ」
優しい笑顔を向けながら、語りかけるシスターさん。
「その教えとは?」
「慈愛の心をもつことです。隣人に手を差し伸べ、罪を犯した人がいても悔い改めれば許す。優しさこそがもっとも尊い心なのです」
「なるほど」
俺は深く目を閉じ、両手を組んだ。
「どうされたのですか?」
「いえ……祈りを」
静かに、ただ静かに俺は祈り続けた。
(神よ、俺の願いを叶えたまえ。俺を不老不死にしてください)
ぽん、と優しく肩を叩かれた。
目を開けると、シスターさんがすぐそばに来ていた。
「何か、あったのですね。私でよければ話を聞きますよ?」
「シスターさん……」
俺は優しいシスターさんに相談に乗ってもらうことにした。
「俺はね、力が欲しいんですよ」
「力、ですか……」
「ええ。あと金と名声。それから、その、あの、フへへへ……いえ別に」
「……」
「どうしたんです?そんな目をして」
さっきまでとは一転して、ジトっとした目を向けている。
一度深呼吸してからシスターさんは口を開いた。
「いいですか。己の欲を捨て、万人のために——」
「——ウルッ! 大変なんだ! もうウルしか頼れないんだ!」
突然勢いよく教会の扉がひらき、十歳くらいの男の子が飛び込んできた。
「うちの爺やがさらわれたんだ!」
事情はよくわからんけど、囚われの爺やとか誰得。






