第七話 元奴隷の少女の心
web小説以外だとミステリーしか読まないのですが、勉強のために”このすば”を買いました。
私は生まれながらに奴隷だった、かはわかりません。けれど、周りを初めて認識出来るようになった頃、私は檻の中にいました。女性の獣人の奴隷の方に育ててもらった記憶があります。虚ろな目で、義務的にてきぱきと私の世話をしていました。おそらく、奴隷商に命令されてやっていたのでしょう。
私が一人で身の回りの事が出来るようになると本格的に躾けが始まりました。言葉遣いを覚え、礼儀作法を身につけます。出来なければ鞭で打たれ、そこで泣けばさらに鞭で打たれます。
ある日、貴族がやってきました。
「息子の6歳の誕生日に、ペットでも買ってやろうと思ってね」
きらびやかな装いに身を包んだ男が奴隷商に話しかけます。
その男が連れてきた子供が私の檻の前に走り寄り、じっと私を見つめています。
「それはそれは! 今回は伯爵様のため、選りすぐりを集めさせていただきましたぞ!」
奴隷商はニヤニヤと笑う。
「お父様、コレがいいです! コレにしましょう!」
私を指差し、嬉しそうにはしゃぐ子供。
買われるんだ、私。
ほとんど歳が変わらなそうな子に買われるんだ。
すぐさま肩に奴隷紋を押され、魔法契約を結ばされます。
その日のうちに邸へと連れられました。
私の仕事は男の子に言われた事を何でもすること。
遊び相手ならよいのですが、覚えた魔法の実験台やストレスの発散にも使われました。
木剣による痣と火傷の痕が増える毎日でした。
そんなある日、一人の奴隷の女性が邸にやってきます。
「私は元は貴族だったんだけど、家が取り潰しになってね」
奴隷用の部屋で彼女と何度も話したことがあります。
綺麗な人でした。そしてとても明るい人でした。
初めて人との会話が楽しいと感じました。世間のいろいろな話を聞かせてくれました。
奴隷としての日々は辛くないわけではなかったけれど、彼女も一緒だから頑張れる。
ふと、私は彼女にこんな質問をしました。
何気ない質問です。
「どうして爪をのばしているのですか?」
「これ? これはね、誇りのためよ。私と、私を愛してくれた人の」
彼女は朗らかと答えてくれました。
たぶん、貴族の女性は爪をのばすのでしょう。
実際、細く繊細な指から伸びる爪はとても美しかったです。
私は彼女の在り方が美しいと思いました。奴隷になっても、貴族の誇りだけは失わない。
彼女なりの小さな抵抗だと思いました。
それからの日々、彼女と励まし合いながらとにかく生きました。
他愛無い話をして、邸の人にばれないように二人で笑い合いました。
「いつか、あなたにも外の様子を見せてあげたいわ」
「わたしもです。私は湖というものをみてみたいです」
叶わないと知りながら、そんな会話をしていました。
彼女が死んだのはその次の日でした。
爪で喉の血管を引き裂いて、彼女は自害しました。
そこで私は初めて勘違いに気付きます。
否、本能的に悟りました。
彼女の誇り、それは爪そのものではなく、己の純潔だったのです。
彼女は領主様に迫られていました。
爪という切れ味の悪いもので死のうとするのは、どれほど苦しいのでしょう。
それでも彼女は自害した。
私はどうすればいいのか分からなくなりました。
その日から、私は自分の心をどう持てばいいのかを考えるようになりました。
「最近のお前は反応がなくてつまらん」
私を買った少年が言いました。
「なんか、飽きたな」
私は売られました。
思えば、結局あの少年には名前をもらいませんでした。
しかし、すぐに新しい買い手が見つかりました。
と思ったらまた売られました。
鞭で叩いても反応がなく、表情一つ変わらない私は何度も買われ何度も売られました。
そうして数年が経ちました。
私は不良物件として格安である奴隷商に仕入れられました。
その環境は劣悪で、多くの奴隷が一つの檻に入れられていました。
食事は日に二回、檻に投げ入れられる腐りかけのパン。
そのパンを奴隷たちで奪い合います。
私は日に日にやせていきました。
そしてその日がきます。
「ったく、こっちは金払って仕入れたってのによぉ」
馬車での移動中、いきなり外に放り投げられました。
何が起こったのかは、朦朧とした意識でもすぐに理解出来ました。
私はそっと目を閉じました。
(私は、ゴミとして捨てられた)
でも、もういい。
出来ればまた誰かに優しくしてほしかった。
あの人のように、誰かの愛を信じたかった。
誰かを愛したかった。
そうすれば、私の人生にも意味はあったと思えるから。
近くに誰かがいる気がしました。
でもこんな森に人なんているはずない。
そう思いながら目をゆっくりと開けました。
「気がついたか。ほら、聖なる水だ」
神がいた。
そうとしか形容出来ない。
日の光が後光のように差していました。
おいしい。
彼は私に水を飲ませてくれました。
きっと私は最期に幻想を見ているのでしょう。理想をこうして夢見ているのでしょう。
「よし、ここで待っていろ」
彼は立ち去ろうとします。
待って。行かないで。
もう少しだけ、あなたの優しさを感じさせて。
もう立ち上がる体力もありませんでした。
こんなにも弱っていたんだ。
それでも必死に彼の後を追おうとしました。
「素晴らしいガッツだ。だが無理はするな。俺が背負ってやる!」
理想の彼はいつの間にか私の目の前にいました。
すると突然、身体を抱き上げられました。
(え? え?)
もしかして現実?
ここで初めて私はその事を認識しました。
背負われて感じる暖かい背中。
とても……安心する。
私は情けなくも寝てしまいました。
ガタガタと揺れています。
何が起きたのでしょうか。
急いで周りを確認すると熊に追われていました。
このままでは追いつかれてしまいます。
……私を熊の餌にすれば、きっとこの人は助かる。
私の一生はこの瞬間、彼を助けるためだけのものだったのかもしれない。
そう考えるとちょっと嬉しかった。
私に手を差し伸べてくれた彼に、せめて……。
「ぁ………ぅ……」
声が出ません。
なんとか伝えないと。
私は力を振り絞って、まず自分を指差し、次に熊の方を指した。
すると彼は何やら納得した顔をしたので通じたとおもいました。
しかし彼は私を降ろすと木の棒で熊と戦い始めました。
なんで!?
彼は必死に熊と戦っている。
けれど私は身体を動かす事さえできない。
とてももどかしい気持ちでいっぱいでした。
彼はなんとか熊に勝ちました。
しかし負傷してしまったようです。ひどい怪我です。
彼は青ざめた顔で私を再び背負うと洞窟へと移動しました。
彼はずっと震えています。
なにかしてあげられないか。
そう思い、私は精一杯彼を抱きしめました。
そして祈りました。
(彼の怪我が治りますように……)
一瞬彼の傷口が光った気がしました。
それから彼、すなわちソウジとの生活が始まりました。
知れば知るほど、ソウジは不思議な人でした。
変わった服装でしたが、とても高価であることは私にもわかりました。
教育を受けていたようですからきっと貴族だったのでしょう。
そして何より、私に優しくしてくれました。
初めて私という存在を肯定してくれました。
命だけでなく、心も救われました。
死の淵にようやく出会えた理想の人。
一緒に暮らしていると彼のことがだんだん分かってきました。
まず、ソウジは作り話をよくします。
それと、ちょっとエッチです。
時々私の脚をじっと見つめています。
私の貧相な身体でも良いなら、こんなもので満足してもらえるなら一向にかまいません。
また、元々凛々しい顔をしているソウジですが、エッチな事を考えているときの顔が一番かっこいいです。
そこは少し残念です。
おしっこしている時の猫がすごくかっこいい顔をするような、そんな残念さがあります。
他にも、ソウジは少し抜けているところがあるので私が支えてあげようと思います。
彼と出会って何ヶ月かたったある日、街に行かないかと言われました。
以前も聞かれたのですが、奴隷商に捕まる可能性があったのでその時は行かない方がいいといいました。
でも今は違います。
私はソウジを守れるように弓の腕を磨きました。
きっと今なら返り討ちに出来るでしょう。
ええ、してやりますとも。
私はソウジの言葉に頷きました。
翌日、嫌な相手に出会ってしまいました。
オークです。
逃げ場は無く、戦闘は避けられません。
すぐに戦闘態勢に入ります。
するとソウジから指示が出ました。
「レイ、俺が気を引くから一旦離脱してくれ。それから遠距離支援をたのむ」
離脱?
私だけ安全な場所へ?
冗談じゃない……!
それでは守れない!
だから私は拒否をしました。
「い、いや!それだけはいや!」
驚いているソウジに敵の攻撃が繰り出されます。
戦闘開始です。
互いに決め手に欠く攻防が続きます。
しかし膠着状態もいつかは崩れます。
ソウジに迫る棍棒。
避けられそうにありません。
スローモーションのように映る光景。
——間に合え、間に合えぇ!!
私はなんとかソウジとオークの間に割り込む事が出来ました。
(——良かった。これでソウジは助かる)
直後、ものすごい衝撃を受けました。
「あうっ!」
ソウジと一緒に、後方に吹っ飛ばされました。
ソウジは私に何か言って再び戦いに行きました。
(私も……行かないと)
ところが、立とうとしても脚が動きません。
気付かなかったけれども、口からも血が出ています。
よく見ると脚もおかしな方に曲がっています。
私は動かない脚がとても憎らしかった。
(動け、動け、動け!!)
わずかに脚が光ったような気がしました。
(治ってよっっ!!)
そう願い続けました。
どういう訳か、脚が少しずつ元通りになっていきます。
私は心の中で叫び続けました。
しかし、ようやく立てるようになったころには戦闘は終わっていました。
(私は……役に立たなかった)
このとき、もっと強くなる事を誓いました。
ソウジが近寄ってきます。
この期に及んで私なんかを労ってくれようとしているのが嫌でも分かりました。
そんな彼に、私は……
私は、思いの丈を叫んでしまいました。
やはり彼は終始優しかった。
それが今から10日前のこと。
目の前を歩いている理想の人。
私は彼を愛している。
愛だけではない、すべてを捧げたいと思っています。
そして叶うならば私は、
「……あなたの愛が欲しい」
得られたならば、私の生はきっと誰のものよりも輝く。
傲慢な願い。
それでも求めずにはいられない。
「ん? 何か言ったか?」
「なんにも。行こう、ソウジ」
良い点、悪い点などありましたら指摘してもらえると助かります!