第六話 我ニ双ブ者無シ
朝日とともに起床した。
レイと一緒に朝食(木の実とか草)を食べ、出発である。
「レイ、矢のストックは何本ある?」
「20本だよ」
20か……。
ちょっと心もとないな。俺も木の棒に石の破片をつけた槍はもってるんだけどな。ちなみに銘はネアンデルタール3号だ。
とはいえ、荷物はもう増やせないしなぁ。
……。
よし、レイは視力もいいし、俺も周りの気配くらいはそれなりに分かる。きっと大丈夫だろう。
★☆★☆
「ブヒャヒャヒャヒャ! ようやく見つけたぜぇ!」
「帰れ!」
大丈夫じゃなかった。
街を目指して一時間。縄張りをさらに開拓している豚が見えたので、見つからないように身を潜めていたんだが運悪く見つかった。本当に運が悪かったとしか言い様がない。
周りの木々をなぎ倒しながらこっちへくる。相変わらず凄まじい腕力だ。本来なら逃げる一択なんだが、それが出来ない理由がある。
後ろはよじ登れそうにない崖なのだ。地理が分からないところにくると、こういうことがあるからいやなんだよ。
まずはレイに小声で指示を出す。
「レイ、俺が気を引くから一旦離脱してくれ。それから遠距離支援をたのむ」
「い、いや! それだけはいや!」
!?!?
こ、こんなに拒絶されるとは思ってなかった……。
こんなに取り乱したレイは初めてだ。
なんだろう。地雷踏んだのかな。
しかし奴と俺たちの距離は目測で20mほど。接近されたら弓はキツいし、遠距離射撃の出来るレイならなおのこと距離を取ってほしい。
なにか……策は……。
——あぶねっ!!
ブォオン!!
豚野郎の棍棒が目の前で空を切る……!
「レイ! 左右に分かれるぞ!」
豚の両サイドに分かれる。
「ブォォオオオ!」
「はっ!」
振り回される棍棒の合間を縫って槍を突く。
ザシュッ!!
刺さった。
刺さったが浅い!
厚い皮下脂肪に覆われていて、致命傷には至らない。豚っていうより、海洋性ほ乳類を連想させる身体だな。
レイの矢も刺さっているようだが結果は同じ。少しだけ豚から血がでているがこんなのかすり傷だろう。闇雲に攻撃しても無駄だ。
目で合図し、レイとポジションを入れ替える。
そしてすれ違いざまに声をかける。
「レイは目を狙ってくれ。俺は足の関節を狙ってみる」
「わかった!」
二人で相手の嫌がるような攻撃を続ける。
「ブフッ……!! ちょこまかと目障りな!」
これはなんとかなるか?
わずかにこっちが優勢だ。
だがやはり決定打に欠けるな……。
面倒なことに、この豚は意外と素早い。
敏捷性ではレイ<豚<俺となる。
レイが遅いのではなく、豚が俊敏なのだ。おかげで矢もなかなか当たらないようだ。俺も隙を見て頭を狙っているのだがことごとく躱される。
じれったい……!
俺は気が急いてしまった。
それがいけなかったのだろう。
俺はアウェイすべきところを深追いしてしまった。
(しまっ——!)
「ブッヒャア! もらったぜぇ!」
眼前に迫る棍棒。
なんとか槍で受けるが、
バキィ!!
豪快に折れた。
……まずい!!
無防備な俺になおも迫る猛攻。
躱しきれない……!
骨折だけですむことを祈って、防御の姿勢を取った時だった。
目の前に人影が現れた。
レイだ。
「バカッ! なにを……!?」
俺を庇おうというのか。
レイを突き飛ばそうとしたが、俺は既にバックステップをしていたので叶わなかった。
せめて衝撃を和らげようと、目の前のレイをこっちに引き寄せる。
——ガッッ!!
「あうっ!」「ぐあっ!」
レイもろとも吹っ飛ばされ後方の崖に激突する。
「ぐ……! レイ、大丈夫か!?」
「あ……ぅう……。ゴフッ……!」
吐血している……!
まずい。非常にまずい。
…………。
しかし、これはちょっとカチンときたな。
ダメだ。落ち着け、落ち着け。
(あの豚どうしてくれよう)
いや、待て。冷静にならないと。
(家畜ごときが……)
冷静に、冷静に。
俺は静かに怒りを宿した。
さて、俺がすべきことは何か。
レイをその場に寝かせたまま、豚へと駆ける。
「ブヘッ。手間取らせやがって」
「うちの相棒に怪我させた罪は重いぞ?豚風情が。身の程を知れ」
「何だと? 弱ぇくせに粋がるなよ」
豚は手に力を込め、再び棍棒を振り回し始めた。ローリングで攻撃を躱し、折れた槍の刃を拾う。
レイが怪我を負ったのは俺の責任でもある。
あいつは俺を庇おうとしたんだ。
俺のミスで俺が怪我を負うのは仕方が無い。
だが、俺のミスでレイが怪我をするのは納得いかない。
たった三ヶ月の付き合いだが、日本での三ヶ月とは訳が違う。
不自由しながらも共に生きてきた相棒だ。
俺は怒っている。
だから豚、お前は俺の八つ当たりで死ね。
豚が棍棒を振るう。
俺はそれをバックステップしながら避け続ける。
紙一重で、豚にあと少しで当たると思わせながら。
「うおっ!?」
「ブヒッ! バカめ!」
少し躓いた振りをして、隙を作る。豚はこの隙を逃さない。ギリギリ当たらなかった今までの攻撃が豚をいらだたせていた。
豚が思いっきり振るった棍棒は、
ガキン!!
躓き屈んでいた俺には当たらず、背後の崖に激突した。棍棒はここではリーチが長過ぎた。
「ブヒャッ!?」
逆に豚に隙が出来たわけだ。
たった一瞬だ。
だがこの一瞬は致命的だ。
「死ねぇ!!」
一気に豚の腕を駆け上がりその勢いのまま豚ののどに槍の刃をねじ込む。さらに眼球に二本貫手を放つ。
肉を抉る気色悪い感触。
「ブャアアアアアァ……ァ……! ……ガハッ」
豚はすぐに徐々に声が出なくなり、その場に倒れ伏した。
「”手間取らせやがって”だあ? 俺の台詞だ」
豚の絶命を確認し、レイの元へ急いで戻る。
「大丈夫か!?」
「ぅう……うっ……!」
ふらふらと立ち上がり、目には涙を浮かべていた。
俺は身体を支えてやるために近寄った。
「うおっ!?」
ばっ、と倒れ込むようにレイが抱きついてきた。
「もう、もうあんな無茶はしないでくださいっ!!」
え、敬語?
「私は貴方に死んでほしくないっ! 貴方が死ぬなら、代わりに私が死にます!!」
「ど、どうしたんだレイ……」
「貴方は私を救ってくれた。鞭で叩かないし、優しくしてくれる。気遣ってくれる。大切にしてくれる。貴方と出会ってから、私は初めて”生きる”ことが出来ました……」
「そんな……大げさな……」
「だからもう、あんな事はしないで……」
「……心配かけたな」
ぽんぽんとレイの頭を撫でる。
と、そんなことより怪我をみないとな。
幸い目立った外傷はない。
いや、足だけは挫いているようだ。
こりゃ歩くのは辛そうだな。
「ほら、背負ってやろう」
「い、いい。自分で歩く」
「そう言うなって。ほら、お兄さんに任せなさい」
俺は嫌がるレイを無理矢理おんぶして、旅を再開した。
そこからの旅路は危険もなく、順調そのものだった。
レイの怪我も治った。
出発してかた10日ほどたった頃だろうか。
ついに見えた。城壁が。
「おお、街だ! 街が見えるぞ!!」
いや〜、ようやくですわ。
金がないのが問題、というか本当に致命的だけどそれ以外は今のところ不安は無い。
とりあえず今朝狩ったよくわからん鳥でも売ってみるか。