第二話 まだ本当の力を出してないだけ
投げ捨てられた人に近づく。
よかった。まだ息をしている。
だが、生きているのが不思議なくらいに痩せ細っている。
正直、男か女かもわからない。
ボサボサの深い緑の髪に、白い肌。
俺より少し小さいので子供だとは思う。
「捨てられたものならもらってもいいはずだ。だから名も性別も知らない君は今から俺の物だ」
もちろん聞いているなんて思っていない。
俺は静かにその子を担いで川を探した。水を飲ませるべきだと思ったのだ。足に絡み付くような雑草の中、俺は歩く。
程なくして渓流が見つかった。水の流れる音が心地よい。クリオネが住んでいそうなくらい綺麗だ。あれ?それ海水じゃね?
まず俺は上着を脱いで湿らせて、この子の身体を拭くことにした。衛生的ではなかったのだ。この子の身体が。
むむ……。胸が平らだ。男なのか。ちょっと残念だが、今は助けることに集中せねば。
身体を拭いていると男の子がゆっくりと目を開けた。
「気がついたか。ほら、聖なる水だ」
大きめの葉に水をすくい、男の子の口元に持っていく。虚ろな目で抵抗することなく飲んだ。
「よし、ここで待っていろ」
男の子を一旦寝かせる。
衣食住の食と住を確保したい。手頃な洞窟とかないだろうか。当てはないが俺はとにかく行動することにした。と、後ろで音がする。
振り返ると、あの子が這いながら追ってきていた。立つ体力もないというのに……なんと言う忠誠心だ。さすが俺の部下だ。
「素晴らしいガッツだ……! だが無理はするな。俺が背負ってやろう」
俺は部下の熱い思いに涙しながら彼を背負い、寝床にいい場所を探し始めた。
歩くこと20分。
洞窟を見つけた。
なんと都合のいい。
早速入ってみることにした。
……ちょっと暗いな。
コウモリはいないみたいだけど。
洞窟にしてはジメジメしていない。
すぅ、すぅ。
寝息が聞こえてきた。寝てしまったようだ。
しかたのないやつめ。
ぐぅ、ぐぅ。
あれ?
なんか音が大きくなったし、聞こえてくる方向違くない?
うっすらと見えるシルエット。
熊、あるいは熊だろう。もしかすると熊ということもありえるかもしれない。
俺は静かに外に——
——ジャリッ。
…………。
なんか小石踏んだっぽい。
熊、起こしてないよね。
おそるおそる洞窟の奥をみると、シルエットがのっそりと立ち上がるところだった。熊は立ち上がると、グルルと喉を鳴らした。これは……最強魔術師の俺でもキツいか。
「いえね、確かに勝手に入った俺らも悪いっすけど、表札出さなかったおたくにも非があるっていうか……。いや俺もあんまこういうこと言いたくないんスけどね」
「ここでは表札などない。この地では俺がルールだ」
えっ。
しゃべるの?
よかった。敬語使っててよかった。
いや良くないわ。相変わらず状況は最悪だわ。
「すんませんでした。じゃ、俺らはこの辺で」
「生きて返すと思うか? ここで我が糧となれ」
こ、コレはまずい。
俺は一目散に走り出した。
くそっ! 木と草がうっとおしい!
本来なら戦ってもいいのだが、今はコンディションが悪い。走っている途中で男の子がちょいちょいと俺の服を引っ張った。
なんだ! こんな時に!
なにやら自分を指差している。その次に……熊を指差した。なんだ? 何を言ってるんだ?もしかして……自分を指してるんじゃなくて、自分の鼻を指しているのか?
鼻……熊……。
そういえば、熊は鼻が弱点だと聞いたことがある。鼻を思い切り叩けばひるむとか。よし、どうせ追いつかれるしな。急ブレーキしながらいそいで木の棒を拾う。と、同時に男の子を地面に横たえ、迎撃の姿勢をとる。
飛びかかってくる熊をギリギリで躱しながら——棒を振り下ろす。
「どりゃあああああ!!」
「グオオッ!!」
鼻を外れ、熊の目に当たった。
俺はというと、突進の直撃は避けられたが、熊の前足が脇腹を掠った。あれ、服の脇腹部分が破れてる……。
これは……。
もしかしてと思ったら、脇腹から時間差でドクドクと血が溢れ出す。
「ヒィイイ!! 怖い、怖いぃぃぃいい!!」
ねんざ以上の怪我したことないのに! 死ぬのか!? 俺は死ぬのか!? …………死ぬのか。
…………。
俺は熊に勇猛に立ち向かった英雄として散ってしまうんだな。
ならばこの子のためにも、あの熊をなんとかしたい。せめてもう少し弱らせよう。それでどうにかなるとは思わないが。
「うおおおおッ!!」
まだ目を抑えている熊に向かって、決死の捨て身タックルを敢行した。
「グゥッ!?」
「オフッ」
バフンと跳ね返る。
見ると、熊は必死に崖にしがみついていた。何と『都合良く』崖が合ったのだ。気づかなかった……。
一瞬状況が頭に入ってこなかったが、これは……俺の勝ちだよな。
「じゃあな、俺に挑んだのが貴様の運のつきよ」
「ギャオオオオォォォーーーー…………」
しがみついていた前足を蹴り飛ばしてやると、崖の下へと落下していった。断末魔がこだまするように響く。
「ふぅ……」
自分の脇腹を見る。
そっと手を当てると、べったりと生暖かい赤いものが手に着いた。手が……震えている。あ、あれ。なんだか寒い。
寒い。
傷口を見ていたくないので、上着で縛った。それから、男の子を背負って洞窟の奥へとおぼつかない足取りで移動した。
「……俺は……最強の魔術師だ。死ぬわけない、死ぬわけない……。俺が……死ぬわけ……」
なんだか寒い。
震えが止まらない。たまらず俺は膝を抱えて座り込んだ。おかしいな、血が止まらない。
「お、俺は……大丈夫だ……」
自己暗示。
自分に語りかける。突然、背中に暖かいものを感じた。男の子だ。俺の様子を見て、抱きしめてくれたようだ。
普段なら女の子がよかったと文句を言うところだが、この時はこの子の暖かさがすごく心地よかった。
「そうだよな。部下をおいて死ねないよな」
優しく男の子の頭を撫でた。
……食料を探しにいこう。せっかくマイホームも手に入れたんだし、お父さん頑張らないと。俺が出て行こうとすると、またも服を引っ張られたので、再び背負って出かけることにした。
結果、ドングリっぽいものを拾った。たぶん食べられる。石ですりつぶして、二人で仲良く食べた。クソまずかったです。
その後はすぐに寝てしまった。
さすがに疲れたのだ。
洞窟の中は比較的快適、とはいいがたいが贅沢はいえん。
こうして、謎の地での生活一日目は終わった。