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第七話 僕は男です

 時刻は正午。お昼時である。

 教会の鐘が鳴り響き、人々が食堂へ集まってくる時間。

 あちらこちらから喧騒が聞こえ、様々な匂いが混じりあって何が何やらわからない。

 そんな一気に人気の増えた中央通りの道端に僕たちはたたずんでいた。


「これからどうしよっか」

「どうしましょうか。お腹は空いていますか?」

「さっき食べた串揚げで一杯だよ。さすがにこれ以上は入らないかな」


 うなだれながら苦笑するイリスさん。


「僕も同じです。本当に、どうしましょうか」


 実際のところギルドには依頼の報告と言う用事があったものの、それ以外には予定が無い。

 というか何があるのかわからないので何をしていいのかわからない。

 さすがに帰還早々依頼を受けるのもどうかと思うし、散財なんてもってのほかだ。


「イリスさん、こういう時いつもはどうしてたんですか?」

「いつもなら寝るか武器の手入れでもしているか、かな。そもそもこんな時間に戻って来れたのは久しぶりだしね」


 ダンジョンコアの手入れでもしろと言うのだろうか。

 拭いても磨いても変わりそうにないあの球を。

 賽の河原の石積みに等しい苦行だと思うんだけど、それ。

 それともひとりキャッチボールでもしてようか。

 ただの遠投になる気もするけど。


「とりあえず、案内でもしようか。中央通りを行けば何かあると思うし」

「そうですね、冷やかしでもしますか」


 またの名をウィンドウショッピング。

 お金が無いもののためにあるような趣味だ。

 明彦は一度一緒に行ったらトラウマになりかけたようなので、それ以降は雪と行くことが多かった。

 つきそいで女性服専門店に入ってもぶしつけな目で見られないのはこの容姿の得なところだ。

 店によってはしつこく試着を進める店員がいて辟易させられたけど。


 人の波に逆らわずにゆっくりと進む。

 動線は食堂に向かっているが、そこだけ回避して後はまっすぐ。

 道の両端を確認しながら歩いていると、少し先に剣が描かれた看板が見えてきた。

 描かれているのは西洋ファンタジーらしい両刃の剣。

 どう見ても武器屋である。


「そういえばイリスさんの武器って不思議な形をしていましたね」

「ああ、アレはアキのと同じように魔道具なんだよ。ボクにはわからないけど紋様にも意味があるんだってさ」


 魔道具ってこの世界では遺跡産出品だったはずなんだけど、意外と解析されているものなのかな。

 量産体制さえ整ってくれれば僕の水袋のようなものが安価で手に入るようになって便利かもね。


「武器屋と防具屋、魔道具屋でいい所があれば教えて頂けませんか?」


 武器はダンジョンコアを変形させて使えばいいとはいえ、カモフラージュはしておきたい。

 もしくはサブ用の武器として持っておくのもいいかもしれない。

 魔道具屋の方は完全に趣味だ。

 ファンタジー世界に来たんだからせっかくだし見てみないと。


「任せておいてよ。ボクが入れる店の中では一番いい所を紹介してあげるからさ!」

 

 そうして回ったのは武器屋と防具屋。

 遠くない場所に並んで立っていた店は、どちらも頑固そうな親父さんが経営していた。

 なんでも兄弟店らしく、血のつながった二人らしい。

 イリスさんはどちらの店主さんにも「親父さん」と呼びかけていたからもしかしたら名前を覚えていなかったのかもしれない。

 かくいう僕も名前を聞くのを忘れていたのだけれど。


 ちなみに結果は、両方の店を回って手に入れたものは情報だけというものだった。

 何が問題だって僕の細腕では武器も鎧もまともに装備できなかったのだからしょうがない。

 いや、実際はお金が足りなかったというだけなんだけど。


 剣一本で大銀貨を超えるのはざらで、小剣や短剣でもなければ手持ちでは届かない。

 それにしたって革鎧と一緒には買えない額だったのだから予想が甘かったとしか言いようがない。

 唯一買えそうなのはスリングぐらいだったのだけど、「やめといたほうがいいと思うよ。それ、かなり練習しないと物にならないっていうし、サブ武器には合わないんじゃないかな」だそうで断念せざるを得なかった。


 それに革鎧にしたって銀貨五枚は優に超える値段であって、散財しないと決めた僕には少々厳しい買い物のようだった。


「すみません、せっかく紹介していただいたのに」

「いーよいーよ、お金が無いこと忘れてたのはボクもなんだしさ。なんだったら買ってあげてもよかったんだけど」

「それは後に続かなそうなので遠慮させていただきます」

「だよねえ」


 イリスさんは本人も言ってた通り上級の冒険者のようで、これくらいの値段なら気分で買えるようなものらしかった。

 上級冒険者がどれだけ稼ぐのかは知らないけど、好きな時に好きなものを買えるというのは羨ましい話だ。

 勢いで登録したけど少々本気で上を目指してみようかな。


 そんなことを考えながら歩いていると、次の目的地に辿り着いた。

 このファンタジーの代名詞、魔法関係の店、魔道具屋である。

 意外と大きな建物でありながら外装は古ぼけており、今にも崩れ落ちそうで不安になる店だ。

 そんな店の入り口の扉をイリスさんは勢いよく開けて入って行った。

 道端に一人取り残された僕は迷いながらも店内へ足を進める。 

 けれども一旦店に入ってしまえばそんな不安は杞憂だったと分かる様相をしていた。

 壁一面に棚があり、そこには水晶玉や指輪、何かわからない長方形の板といったらしい(・・・)ものだけではなく、本や剣に鎧、中には絵画やら動物のはく製らしきものまで飾られていて、どう使用するのか、どう機能するのか考えるだけで時間を潰せそうだった。


 特に目立つところに置かれている物の名称と値札を見ると、そこに書かれている値段に口元が引きつった。

 例を挙げれば【洗浄】の腕輪が銀五枚、【発光】の指輪が銀三枚、【火魔術】の魔道書に至っては金貨が必要になるとのこと。

 【火魔術】スキルを持っていなくても使えるようになるんだから当然の値段なのかもしれないがそれでも高い。

 イリスさんが二人いれば大銀貨一枚が手に入るので、言ってみればイリスさん二十人分だ。もしくは二十日分。

 高いのか安いのかわからない謎単位で計算しながら店を見て回っていると、奥の方から談笑する声が聞こえてきた。

 気になって寄ってみれば、イリスさんが店主らしきおばあさんと話している。

 そのおばあさんだが、なにがおかしいって全てがおかしい。

 服はシャーマンか何かの呪術師風で、右手には水晶玉、左手には小さな杖の様なものを持っている。

 また、彼女が座っているのは何かの革で出来たソファーのようで、それも魔道具らしく肩のところに取り付けられた宝石が淡く光っているのが見て取れた。

 ここまではまだ分かる、ここまでは。

 そのソファーだが小さな駆動音と共に肩のあたりが微妙に振動している。

 あれ完全にマッサージ器だ。

 近づいてみれば足の方もグネグネと揺れていて、体のこりをほぐすのにはよさそう、かなり快適そうだ。

 その瞬間僕の脳裏に浮かんだのは電気屋の試用ゾーンにたむろしている方々で、僕が持っていた魔道具屋のイメージは完全に崩れ去ってしまったのだった。


「気持ちよさそうな代物ですね」


 半笑いになりながら話しかける。

 僕がそう声をかけるとおばあさんは面白そうにニヤリと笑った。


「ああ、最高さね。なんなら試してみるかね?」

「いえ、結構です」


 即答。これ以上僕の幻想を壊さないでください。


「あ、アキ。これ新しく入荷したんだって。なんでも魔力回復にいいらしいよ。どうなってるんだろうね」


 多分血行をよくしているんではないでしょうか。


「今買うなら、この【発光】の杖も付けてあげるよ?」


 それは抱き合わせ商法というものです。


「なら杖だけで銀一枚でどうかね?」


 それは、


「買います!」

「あ!」


 僕がそう言うのとイリスさんが叫ぶのはほぼ同時だった。

 声に反応してイリスさんに視線をやれば苦笑しながらこっちを見ている。

 思い至っておばあさんの方を振り向くと、勝ち誇った顔で右手を突き出していた。


「銀一枚」

「う、はい」


 何か負けたような気がしながらお金を支払う。

 すると杖が投げ渡されてきた。

 それをどうにか受け取って使用を念じてみると、杖の先や根元ではなく杖自体が輝きだして一時店の中が明るくなる。

 確かに発光しているし杖なんだけど。


「あー、アキ? 遅くなったけど、おばあさんに騙されないようにね?」


 早く言ってくださいと思わずにはいられない。

 まあ使い道が無いわけでもないので損ではないかな。

 ため息を一つ、もう一度自己紹介から始めよう。


「はじめまして。僕はアキ、旅人兼冒険者見習いです」

「おお、ワシはおばあ。本名ではないが呼ばれ方は変わらんからそう名乗っておるよ」


 おばあさん。いいんだそれで。


「そうさね、使い方だけは教えておこうかね」


 そう言っておばあさんは伸びをするとソファーから背を離しこちらに向き直った。


「まず、その魔道具の能力は【発光】。ただ光るだけの魔道具だね。使い方はさっきやったように念じればいい。ただ、注意してほしいのは魔力残高に関することさね。溜まった魔力が尽きれば動かなくなる。これはどの魔道具も同じことだがね」


 魔力を溜める? 充電が必要ってことかな。


「再度貯める方法は?」

「時間をおけば溜まる。魔力を送れば溜まる。分からなければ魔力含有量の高い空間に置くか物質に触れさせておくことさね。そうすれば早く溜まるよ」


 なるほど、今朝作ったあれか。

 確か魔力含有量が高いらしいし、充電するには十分だろう。


「分かりました。ありがとうございます」


 礼を言って頭を下げるとおばあさんはくっくと笑った。


「次からは騙されないようにするんだね、そこの猫耳娘のように」


 ああ、イリスさんも騙されたのか。

 視線を向ければ顔を赤くして下を向いているイリスさんがいた。

 そこまで反応するなんて何を買わされたのか本気で気になるんだけど。


「この子が買ったのは【幻影】の魔道具だよ。人間を獣人に見せるってやつでね、獣耳の形をした頭飾りだったのさ」


 うわあ。


「見ればわかる通り、自前の耳があるのにその前に付けようとしておかしな見た目になっちまった時は大笑いさせられたもんさね」


 頭の上に耳が四つ、魔物か何かだろうか。


「最初はよかったんだよ? この子も魔族とばれずに動けるようになったんだから。ただ、あるとき自前の耳で飾りの耳を叩き落としてしまったらしくてね」


 足元に獣耳。頭の上にも獣耳。本人もまわりも混乱するだろうなあ。


「まあそんなことがあって、この店で何かを買う時には気を張っているのさ。今日は付添いだったから気を抜いていたようだがね」

「ごめんねー、アキ」

「いえ、気を抜いていたのは僕もですし、使えない物でもないので気にしないでください」

「だったらいいんだけどさ。どうしても使えなかったら言いなよ? 露店にでも売ってくるからさ」

「阿呆、それならワシに返しに来ればいいさね。アキよ、返品するなら八掛けになるよ。それだけ覚えておくんだね」


 はいと笑って返し、あいさつした後店を出る。

 外はもう夕焼け空で、帰る人と酒場や食堂に行く人の波でごった返していた。


「それじゃあ最後に宿屋へご招待しようかな。ああ安心していいよ、部屋が埋まることはまずないから。なんといっても主人が魔族だからね、客層も似たような者か気にしない者だけだし」


 サービスは良いのにもったいないと続ける彼女に魔族の現状を再確認する。

 嫌われてはいても孤独ではないようだと。

 今日出会った人たちにも言えることだけど、魔族が嫌われているにしろ、彼女個人を見てくれる人は意外と多い。

 もしかしたらあの人達だけなのかもしれないけれど、それでも生きていくには十分だ。

 後はどうにかして人を襲うのをやめさせればある程度は収まると思うのだけど……容姿は似てるんだからそう排他的になられずにも済みそうだし。

 というかなんで魔族は人を襲うのか、そこからかな。


 そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩いていたイリスさんが立ち止まった。

 少し追い越して振り向けば、宿屋らしき建物を小さく指さしながら笑っている。


「考え事もいいけど怪我するよ?」

「すみません、ぼうっとしてました」


 もう一度店を見上げる。

 どうやら二階建ての木造建築らしく、もう灯りをともしているのか戸の隙間から光がちらちらと漏れている。

 だが、何と言っても目に付くのはそこではない。

 「魔神の森亭」この店に掲げられてる看板の文字は、何度見てもそれだった。


 魔神。どう考えてもラスボスだ。この世界にはそんなものまでいるのだろうか。

 唖然としているとイリスさんが背中を押してきて店の中へと押し込まれた。


 店内は右側に奥行きがある空間だった。

 入り口の右手にはテーブルが配置され、数脚の椅子と共におかれている。

 正面は壁で左手にカウンター、その奥には廊下と階段が配置されていた。

 そんな店内だが意外と明るい。

 この時代なら松明か燭台に火を入れて明かりを取っているのだろうという想像は予想外の光景でかき消された。

 天井に光の球が浮いていて、それが周りを照らしているのだ。

 影が壁に向いて配置された慣れない景色は面白く新鮮なものだったけど、入り口の横にある三台のテーブルの方から送られた視線にそこは意識から追い出された。


「たっだいまー!」


 イリスさんが僕の背後から出てきて店の奥へと叫ぶ。

 するとテーブルの方からいくつかそれに応じる声が聞こえてきた。

 客同士で仲がいいって珍しいことだな、などと思っているとカウンター後ろの扉が開き、中から額に小さく二つの角が生えた女性が出て来た。

 イリスさんより背が高く、腰まである髪は波立って背後に大きく膨らんでいる。

 羊系の魔族だろうか、全体的にもこもこしていた。


「おかえりー、イリスちゃん。あれ? この子はどうしたの?」


 首をひねりながら羊さん。


「仲良くなったから連れて来ちゃった。部屋は空いてるよね?」

「空いてるよー、お客さんなら大歓迎だよ」


 ハイタッチしながらとかすごくテンションが高い。

 ついて行けるか不安になりながら声をかける。


「初めまして、アキと言います。状況がよく分からないのですが、宿泊が可能なのでしたら今日からお世話になりたいと思います。よろしくお願いします」

「あら、ご丁寧にありがとうございます。私はキティ、ここの主人をしているわ。よろしくね」


 いきなり丁寧になって満面の笑顔が戻ってくる。

 こちらも笑顔で返事をするけど、なんというか純朴そうな人は苦手だ。

 なんとなく。


「一応説明しておくと、宿泊は一日大銅貨で四枚ね。お風呂に入りたければ使う時に大銅貨で一枚、たらい一杯のお湯で銅二枚、朝食がいるのであれば、これも大銅貨で1枚で作ってあげるわ」


 サービスがいいというのは本当らしい。

 風呂食事つき一泊六千円。

 高いのか安いのかわからないけどお風呂に入れるのなら銀貨までは出せると思う。

 日本人だしね。


「大丈夫です」

「じゃあ宿帳を書いてもらうわね」


 そう言って渡された宿帳に書いたのは名前と年齢、そして性別。

 横から見ていたイリスさんが固まったのもこの時だった。


「書き終わったかしら?」

「はい」

「じゃあ、もういいよね。あなたのお部屋は二階の一番奥の部屋だよ。何かあったら呼んでくれれば対応するからよろしくねー」


 またさっきの雰囲気に戻って手を上げるので思わずハイタッチをしてしまう。

 なんだろうこの人。気を付けなければ流されてしまいそうだ。

 少し調子を崩してしまったので取り戻そうとイリスさんの方を向けば、やっと再起動したところのようで下を向きながらプルプルと震えている。

 頭でも撫でたら怒られるだろうな、などと考えつつ待っていると、唐突に顔を上げて引きつった笑顔のままこちらを向いた。


「えっと、アキ?」

「はい」

「……男?」

「はい、それが何か?」

「……テント、二人っきりだったよね?」

「僕が言うのもなんですが、初対面の男と同衾するのはどうかと思いますよ?」


 僕がそう言うとイリスさんは逆再生したかのようにもう一度頭を下げた。ので追い打ちをかける。


 肩を叩いて顔を上げさせ、

「なんなら今日も一緒に寝ましょうか?」

良い笑顔で聞いてやる。


 すると何ごとか分からない言語を叫びながら廊下の奥へと消えて行った。

 笑いながらその様子を眺めていると、横手から呆れたような声が響いてきた。


「あの様子だと、気づいていなかったの?」

「そのようですね、一度も聞かれませんでしたし」

「それは逃げるよねー。まあ面白かったからいいけど、一応後で謝ってあげてね」

「はい、少し落ち着いたころにでも謝りに行ってきます」


 最後に挨拶をして部屋へあがる。

 あるのはベッドとテーブル、椅子一脚。

 ビジネスホテルみたいな部屋だ。


 今日は疲れたしもう休もう。

 そう思って着の身着のままベッドへ倒れこむ。

 夕飯を食べていないことに気付いたのは少し経ってのことだった。

スマホで見た場合の字数が気になったのであらすじを簡略化しました。

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