第六話 ギルド
「それじゃあギルドへ行こうと思うけど、どっかよる場所ってあるかな?」
「できれば質屋かどこかへ寄りたいですね。お金が無いので換金しないと」
そう言って手のひらで隠しながら金のミニインゴットを見せる。
「それ、どっからだしたのさ?」
腕輪からですが何か? と答えたらどんな顔をするのだろう。
実際は溜まったDPと交換で作り出したアイテムだ。
というのもイリスさんが僕のダンジョン――ダンジョンコアを中心とした半径三メートルの球状空間――に出入りしてくれているおかげで撃退ポイントが貯まっているのだ。
一人につき一日一度しかカウントされないんだけど、イリスさんが強いのか、それとも冒険者なら普通なのか、昨日今日だけで20ポイント以上DPが入っていたのだから隣にいてくれるだけでもありがたい。
さらにはイリスさん以外にもすれ違う人全員が僕のダンジョンに入って撃退されたとカウントされるので道を歩くだけでお金もといDPが溜まっていく。
もう生活に困ることはないと考えるだけで感動がひとしおだ。
「手品みたいなものです。それより、これを売れる場所に心当たりはありませんか?」
「あー、それならカルト商店でいいかな。そこまで規模は大きくないけど見る目だけは確かだよ」
名前だけ聞くと黒魔術用品でも売っていそうな商店だ。
イリスさんが言うならちゃんとした店なのだろうけど、ファンタジー世界と言うこともあって少し構えてしまう。
「なんか警戒してるみたいだけど、リンドさんの実家だからね」
そういえばそんな感じの名前だったような。
イリスさんに先導されて中央通りを行くと左右には商店街と言える光景が広がっている。
食堂があり服屋があり靴屋があって宿屋があった。
RPGでおなじみの酒場はここじゃないらしく、一つ裏の酒場通りと言うところに密集して並んでいるとのことだった。
「ここがカルト商店だよ」
そうして立ち止まったのは一軒の商店の前。
外観は屋根と軒が青く、壁が白く染まっている二階建ての建物だ。
大きく開かれた入り口の中央、道に面して腰くらいの高さに籠が置かれており、その中には青い果実のようなものが入れられていた。
「カリンさーん! 居るー?」
「あいあい、居るよー」
誰もいない店内に叫ぶイリスさんに応じて奥の方から声が響いてくる。
待っていると恰幅のいいおばさんが姿を現した。
「悪いね、少し奥に行ってたのさ。それで今日はどうしたね」
「あー、用があるのはボクじゃなくてこっち、アキだよ。なんでも売りたいものがあるんだって」
「初めまして、アキといいます。今日はこちらの品を換金したくて寄らせていただきました」
鞄からミニインゴットを取り出して見せてみる。
「ほう、金かい? 見てもいいかね?」
そう言って水晶玉片手に聞いてくる。
多分【鑑定】系の魔道具だと思うけど。
「はい、その間お店の方を回らせていただきますので」
その場を離れて壁際の棚に向かう。
実はファンタジー世界の商店と言うものを見てみたかったのだ。
少し期待しながら周ってみると、右側の棚には鉱石のインゴットの見本が、左側の棚にはサブ用の武器が、奥の棚には本がそれぞれ並べられていた。
そのうち気になったのはやっぱり本で、タイトルを見てみると「特殊属性魔術に関する研究と考察」「アズール地方における風魔術信仰の実態」といった魔術スキル関係から旅行記や各種図鑑のようなものまで取りそろえられていた。
できれば全部買って読破したいところだけど、置き場が無いし第一お金もない。
手に入れるのはいつになることやら。
頭を悩ませていると、イリスさんの僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうしたんですか?」
「おもしろいことがわかったよ。この金の魔力含有量、遺跡産出品並みだって」
「遺跡産出品、ですか?」
と言うか魔力含有量って何さ。
「古代の遺跡でまれに見つかる物さね。魔力が強いから武器に適している上に、この質なら金貨の素材には届かないにしてもオリハルコンの材料にならなるかもしれないねえ」
いいのかな、それゴブリン十匹分の値段しかしないんだけど。
確かに現時点では安くは無いけど量産するめどが無いわけじゃない。
というかイリスさんといる限り二日に一個なら作る出せる額だ。
いったいどうやって還元しよう、などと考えつつとりあえず話を進める。
「実際の価値はどれほどなんですか?」
「大銀貨前後じゃないかねえ。そのまま使う店に持っていけば少しは高くなるだろうけど紹介が無ければ足元見られて終わりだね。うちなら大銀貨一枚で買ってあげるよ?」
聞いといてなんだけど、硬貨の価値が分からない。
「イリスさん、大銀貨ってなんですか?」
「あー、そこから知らないんだっけ? 簡単に説明するとこの国では金銀銅の三硬貨にそれぞれの大硬貨が使われていて、十枚ずつで繰り上がって、銅貨一枚でパン一個が買えると決まっているんだ」
つまり大銀貨は大体十万円くらいだろうか。
働かずにいても二日でそれとは仕事をするのがアホらしくなりそうだ。
というか今までの生活を考えると逆に悲しくなってくる。
「分かりました。大銀貨一枚、それでお願いします」
「あいよ。取ってくるから少し待っていておくれ」
「あ、できれば少し崩していただけるとありがたいのですが」
「あいあい」
裏に下がろうとするおばさんに声をかけると振り向かずに返事だけが返ってきた。
「それにしても高価だったね。いくら金とはいえあんな小さな鉱物が大金になるなんて、一体どこで手に入れたのさ?」
まあ聞かれるとは思っていたし、少し苦しいけど理由も考えてある。
「あれですか? 森の中にあった鳥の巣のような場所で見つけたんです」
実は他にもあるんですよ? と嘯いてみたり。
見せろと言われたら困るのだけど、多分大丈夫だと思う。
「光物を集める鳥でもいたのかな。森の中にあるどこかの遺跡から出てきた物だったりしてね」
楽しげに囁くイリスさん。
まだ見つかってない遺跡があるというのは冒険者にとっては嬉しいことだろう。
メインストーリーには詳しく出てこなかったので遺跡が何かともよくわからないのだけど。
「そういえば先ほど魔力がどうとか言っていましたけど」
「言ってたね。とはいえ実はボクもよく知らないんだけど」
そう前置きして教えてくれる。
何でも特殊なエネルギーのようで、人体にも存在しており寝たら回復するものだという。
うん、全然分かんないけど大体分かる。
説明は理解不能だけど、ゲームのMPのことなんだと解釈しておこう。
「魔術師、もとい魔術スキルの使い手なんかは詳しいみたいだけど、ボクはそっちに関しては素人だから」
ごめんね、とイリスさん。
いえ、もう十分すぎるほど色々教えて頂いていますから。
「すみません、いろいろ頼り切っちゃって」
「いいんだよ、面白い経験をしてるのはこっちも同じなんだしさ。気にすることないって」
もう一度お礼を言って、それと同時に戻ってきたおばさんからお金を受け取りお店を後にする。
「さて、ギルドへ行こうか」
ギルド――イメージでは、荒くれ者がテーブルに足を乗っけながらカードゲームに興じている姿かな。
足元に割れたグラスが落ちていたりして。
予想しつつ彼女の背中を追っていると、中央通りをもう少し行ったところ、大きな十字路の角にギルドらしき建物があった。
それと分かったのは店の正面、入り口の上に大きく「冒険者ギルド」と書かれており、さらにその上にはそれこそ店を塗りつぶすような巨大さで竜と剣が描かれていたからだ。
そこへ向かってイリスさんはまっすぐ歩いて行く。
外観に圧倒されていた僕は我に返って彼女の後を追ったのだった。
油が差されているのか、意外に軽い音と共に両開きの扉が開いていく。
明り取りの窓が付けられているのか、店内は明るく光が差し込んでいた。
一歩踏み込めば予想通りアルコールの匂い。
どこで嗅いだかそれとわかる匂いにこれこそと思いつつ周囲を見回す。
まず左手すぐの壁は掲示板だった。
イメージ通りと言おうか、依頼書らしき紙が壁に貼り付けられている。
いろんな色の紙が使われているのは実力相当の依頼を判断するためか。
数も多く、重ねられているのもあれば一つだけ置かれているものもある。
真新しいものが張られているかと思えば、擦り切れたように汚れてしまっているものもある。
どこで置く位置を判断しているかは分からないけれど、これにも何か意味があるのかな。
左手奥はバーカウンターのような場所だった。
カウンターの前には数脚の椅子が置かれており、中には壮年のおじさんが忙しなく働いている。
その背後には三段組みの棚がかけられていて書類や籠が詰められていた。
まっすぐ奥はそれこそ食堂のカウンターで、食事を作るおばさんらがさらに奥の方にも見えている。
ここで注文して右手奥にある階段の上か、右手にあるテラスのような場所で食べて行けるらしい。
今も食堂は回っていてウェイトレスが料理を運んでいる。
意外なことに女性客の姿も散見でき、ハードボイルドを予想していた僕としては驚かされるところだった。
ただ、僕たちが入ってきた瞬間から空気が変わったようで、こちらを向く視線が微妙に痛い。
本当に魔族は嫌われてるんだね。
「アキ、こっち」
そう言って呼ばれたのは予想通りバーカウンターもといギルドカウンター。
目の前のおじさんはかなり渋い。
胡麻塩頭ではなくロマンスグレーと言う感じなのに目力が強く腰が引けてしまう。
これで声が高ければ面白いのだけど。
「とりあえず依頼の品は納品したけど、どうする? 登録していく?」
いきなりですね。
まあ僕もそうしたいとは思っていたんだけど。
「そうですね、一応お話を聞かせて頂いてからでもいいですか?」
後半はイリスさんじゃなくおじさんに。
聞くだけでいいのなら聞いてから判断したい。
「ああいいぞ。いいが、少し待て」
言いながらもおじさんは忙しそうに書類に何かを書き込んでいる。
「おい、レン! こっち来て手伝えや!」
店の方へ叫ぶ声にウェイトレスさんが反応した。
「はぁ!? あーもう、お母さん! 後よろしく!」
またしても「はぁ!?」と言う声が、今度は厨房の中とお客達から同時に聞こえてくる。
嫌なものを見る視線がいきなり妬ましいものを見る視線に変わって背中に突き刺さった。
「あー、看板娘だからね。レンちゃんは」
イリスさんが言った通りこちらへ歩み寄って来るウェイトレスさんは美人さんである。
こちらをちらりと見た後、カウンターの横手から僕たちの正面へと回ってきた。
「で、どういう状況?」
「久しぶり、レンちゃん。今はアキにギルドについて説明してもらおうとしたところだよ」
「そっちの子がアキ? 私はレンディ、レンでいいわ。よろしくね。ちなみにそこのおっさんはギル。よろしくしないでいいわよ」
「あ、はい。僕はチアキ、アキと呼んでください。よろしくお願いします」
僕がそう言うと小さく「増えた」と言う声が聞こえた。
何がだ。
僕っ娘か。
あいにくだけど僕は男だ。
勘違いする分には自由だから好きに思っておくといいと思うよ。
知った時にどう思うかなんて知らないけど。
「まずギルドについて、だっけ? ギルドとは、一言で言えば依頼人と冒険者との間を取り持つ仲介業者のことよ」
うちの世界にもあった仕事斡旋業みたいなものかな。
「この依頼人には個人だけではなく組織、それもギルド本体や国家なども含まれ、ギルドに仲介されて依頼された業務を達成することで金が支払われるという構造になってるわ」
「ボクがやっていた魔物の素材集めはギルド依頼の方だね。多分ギルドがどこかの武具店に卸してるんじゃないかな」
なるほど、本当に中継役なんだ。
つてを取り持つだけでお金が入ってくるなんてギルドはどれほど儲かっているんだろう。
それとも案外支出が多かったりするのかな。
「個人の能力によっても斡旋される依頼は変わってくるし、アキが登録するのであればそこの説明もすることになるわね」
「ちなみにギルドに登録することで制限されることは?」
「普通に依頼を受ける分には何も。ギルドを悪用したら色々とあるけど、それは他の組織も似たようなものだから気にしなくていいわよ。ああ、ランクが上がれば制限が出てくることもあるわね。戦争に参加しようものなら降格する、とかね」
つまり登録するだけなら得しかないと。
悪用する気もないし、名前だけ預けておくかな。
「では登録をお願いします」
「そう、なら登録料は銀一枚ね」
先に換金しておいて助かったと思いながらポケットからお金を出す。
ああ、財布も買わないと。
「それじゃ、これを腕にはめて」
そう言ってレンさんが背後の棚から出してきたのは白い腕輪だった。
「指輪もあるんだけど、アキは腕輪の方が好きそうだから」
僕の左腕を指しながら言ってくる。
そこには確かにダンジョンコアがはまっていた。
「先に言っておくけど登録されるのは名前に年齢、性別、職業、種族、称号、そしてランク。あと、依頼関係の確認もできるようになってるわ。身分証明にもなるから壊さないでね」
壊したら大銀貨一枚も払わないといけないらしい。
約十万の腕輪とか腕を見るのが怖くなりそうだ。
はめると一瞬腕輪が光ったように見えて、次の瞬間には何事もなかったかのように元通りになっていた。
「登録完了ね。一度はずしてもらえる? 書類に残しておかないといけないのよ」
あまりに手間のかからない登録方法に拍子抜けしながら腕輪を外して渡すと、レンさんは背後の棚から取り出した書類に何かを書き始めた。
どうやらギルド職員は登録内容を確認できるらしい。
手持無沙汰に待っているとレンさんの体が一瞬跳ねて動きがとまる。
あの項目を見たらしい。
それでも職員根性なのかすぐに残りの項目を書き出して、こちらへ腕輪を返してくる。
笑顔が引きつっているが、それも許容範囲だろう。
腕輪をはめ終わる頃には元の表情へ戻っていた。
「それじゃあ使い方を教えるわ。腕輪を意識しながら【ランク】と言ってみて」
「はい。【ランク】」
そう言った途端、腕輪の上に小さな球状のホログラフが現れて、けれどもそれ以外の変化は何もない。
「それが今のアキのランク、【紋無し】ね。そこから上がると【鳥】のランク。【獣】、【本】、【剣】、【冠】、と続いて【竜】が最上位。【獣】までと【剣】、【竜】に関しては実力だけで上がれるけど、【本】に関しては知識、【冠】に関しては礼儀がないと上がれないようになってるわ。上がりたければ学ぶことね」
「ちなみに【鳥】のランクに上がるには?」
「最低限の実力が必要になるわ。そうね、ゴブリンでも倒して来て。そうしたら上げたげる」
どうしよう。
今ここで召喚して倒してみようか。
「ちなみにボクのランクは【剣】。上から三番目には強いんだ」
ということは実力は高いけど礼儀が足りていない?
「イリスの場合、上がる気がないのよ。しょうがないことだけどね」
「今の情勢で人間の権力者に頭を下げる気はないんだよね」
威圧感。また熱くなっているらしい。
笑ってない笑顔でこちらを向かれてもどう反応していいものやら。
レンさんに視線を向けると諦めた顔で肩をすくめて口を開いた。
どうやら放置することにしたらしい。
「話を戻すけど、他の機能はそれぞれ【証明】、【依頼】、【履歴】で表示されるようになっているわ。忘れないようにね」
頷いて、やっと落ち着いたイリスさんと一緒に出て行こうとしたら背後から呼び止める声が聞こえてきた。
「書類に書き込んでおくから一応登録名だけ決めて行ってもらえる? ちなみに登録名は本名である必要はないわ。名が売れるのを好まない人もいるから」
「では、アキと書いておいてください。よろしくお願いします」
最後にそれだけ言い残して僕たちはギルドを後にした。