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第五話 町へ

 体が揺らされたように感じて目が覚める。

 寝る前は真っ暗だったはずなのに薄ぼんやりと視界が明るい。

 どうやら空気穴から入った光がテントの中を照らしているようだ。

 寝ぼけ眼でそんなことを考えていると再度体が揺らされた。


「アキ、ごめん、起きてくれないかな?」

「……どうしたんですか?」

「外へ出たいんだ、お願い」


 そういえば操作できるの僕だけだった。

 申し訳なさそうな顔のイリスさんに謝罪しつつ入口を作る。

 抑えていたテントの端の部分を開放すると、彼女はそこから猛烈な勢いで飛び出していった。

 なんというか、ごめん。


 外は夜の寒気に冷えていて暁の空もまだ薄暗い。

 朝露に濡れた地面を確認してみても意外なことに誰の足跡も見受けられなかった。

 夜のうちに誰か来てくれたら笑い話になったんだけど。

 冗談を漏らしつつテントを片付けて荷物の整理をしていると、誰かの影が差しこんできて僕の手元を暗くした。


「よう、嬢ちゃん」


 昨日のおじさん四人組のうちの一人、おじさんDのようだ。

 後ろの方にいたからD。名前は知らない。


「昨日は唐突だったから何も言わなかったけどよ、一応忠告しとこうと思ってな」


 そう言って頭をかきむしるおじさんD。


「悪いことは言わねえ。あいつには近寄らねえほうがいい。あいつは魔族だ。魔族と一緒にいると嬢ちゃんまで同類とみなされるぞ」


 それはつまり忠告してくれているってことだよね。。

 他の奴はともかくどうやらこのおじさんDは僕のことを心配してくれているらしい。


「それがいやなら早めに縁を切るこった。俺が言いてえのはそれだけだ」


 本当にそれだけ告げるとおじさんDは仲間たちの方へ戻って行った。

 唖然としながら見送っていると、イリスさんが横の茂みから戻ってきた。


「どうしたの?」

「いえ、なんでも」


 頭を振りつつ答える。

 色々と話を聞かせてもらった以上ここでさよならとはいかないし、彼女の人柄も嫌いではない。

 同類も何も僕は人類の敵だし、それなら別に気にすることでもないかな。

 気を入れ替えるために伸びをして、彼女に話しかける。


「イリスさん、今日の予定は?」

「うん? 町へ帰るだけだよ。依頼も終わったしね」


 そう言ってイリスさんは荷物袋の隣にあった小さな袋を指でさす。


「あれは?」

「リップルの鉤爪だよ。鉄よりはやわらかいけど銅なんかよりは固いから、形が綺麗なら武器の良い材料になる、らしいよ?」


 魔物の素材?

 リップルなんて言われても分からないのだけど。


「駆け出し冒険者用の武器か何かでしょうか」

「なんだっけ、半月型の剣の刀身に使うんだってさ。よくわかんないけど」


 ハルペーか何かかな。

 鉤爪と言うからには短剣用だろうし。

 考えていても仕方がないのでイリスさんに提案してみる。


「仕事もないのでしたら一緒に乗っていきませんか? 道案内も欲しいですし」


 というか町への入り方が分かりません。

 風習もわかんないし、右足から入れとかいう理解できないルールがあったらその時点で終わってしまう。


「いいの!? 昨日見た時から実は乗ってみたかったんだ。道案内でもなんでもするから乗せてって下さい!」


 そう言って頭を下げるイリスさん。

 こちらでもお願いするときは頭を下げるんだらしい。

 とにかくこちらがお願いしていることなのだから頭を下げる必要はないのだけど。


「はい。後、道すがらこちらの風習について教えてもらってもいいですか?」

「うん、それぐらいならいくらでも。なんなら案内までしちゃおうか?」

「いいんですか?」

「任せておいてよ、特にいいとこ教えてあげるからさ」

「お世話になります」




 もう一つのテントの方から視線を感じつつ彼女と一緒に飛び立って早三時間。

 もうそろそろという彼女の言葉に期待感を躍らせながら僕は森の先を眺めていた。


「それじゃ色にも長さにも制限は無いと?」

「なんでわざわざ服に制限を作るのさ?」

「わかりません。なんででしょうね」


 適当に質問してみたのだけど、特に気になる制限や風習は無いらしい。

 あるのは鐘が鳴ったら門が閉まるとかこんな世界にありがちなものばかりで、それも自己責任で行動できるというのだから制限なんてあってないようなものだった。

 そうして話していると眼下の緑が薄くなり、草原か丘のような場所が見えてきた。

 その先には何か大きなものが存在しているようで、進むごとにその全景が分かってくる。


 あれは壁だ。

 巨大な街壁。

 大体十メートル前後だろうか、三階建て校舎くらいの高さに見える。

 真正面に門があり、人が列を作って並んでいる様子がここからでも見て取れた。


「そろそろ降りよっか」

「はい、見つかったら面倒臭いことになりそうですし」


 点在する木の影に降りて、ダンジョンコアを縮小、変形、腕輪型に変えて門へと向かう。

 距離が遠かったので見つかっていたとしても鳥だと思ってくれるんじゃないかな。


「門では何を調べられるんですか?」

「賞罰、というか称号だよ。何かあれば称号に表示されるはずだし何もなければ通される。わかりやすいよね」


 つまり【鑑定】されると。

 見られるのは確か、ステータスの全般――名前に年齢、性別、職業に称号とスキル――で合ってるかな。

 とりあえず、鑑定で見られる可能性のあるものは全部偽装する。


 [キャラクター]

   名前 :【千秋】

   性別 :【男】

   年齢 :【16】

   種族 :【人間】

      (【ダンジョンマスター】)

   職業 :【錬金術師[Lv10]】

      (【ダンジョンマスター[Lv1]】)

   スキル:【地図】、【錬金術[Lv18]】

      (【偽装[Lv1]】)

   称号 :【錬金術師の卵】

      (【ダンジョンマスター】、【秘匿者】)


 錬金術師とした理由は、DPと交換で何かを作りだした際に不思議に思われないためだ。

 少しスキルレベルが高いかもだけど、一人前以上には見せておきたいからね。

 手に入れたアイテムをDPへ還元、そのDPをもとに別のアイテム作成とかやれば、やってることはそのまま錬金術だし。

 問題は無いはずだ。


 談笑しながら門に近づき入場の列に並んでいると、どこからか低く何かが転がる音が聞こえてきた。


「馬車が通るぞ!」


 怒鳴るように声が響き、それが聞こえた瞬間並んでいた人たちは蜘蛛の子を散らすように四方へと離れていく。

 僕は声に驚いて振り向いたところをイリスさんに引っ張られ、その直後そこを大型の何かが通り過ぎて行った。


「……なんですか今の?」

「馬車だよ。急いでるからって危ないよね。あ、大丈夫だった?」

「はい、ありがとうございました」


 そう言いながら馬車とやらの走って行った先を見ると、門の方で何か騒ぎが起こっているようだった。


「あれはギルド関係の馬車だね」

「分かるんですか?」

「うん、馬車の壁にギルドの紋章が描かれてるよ」


 そう言われて視線を凝らしてみても僕の視力じゃ見えそうにもない。

 というか別のものが目に入って僕の視線はそれに縫い付けられていた。


「イリスさん、あれが馬ですか?」

「そうだよ? それがどうかしたの?」

「いえ、僕の故郷の馬とはずいぶん違うものなんだなと」


 5メートル程度だろうか、キリンとほぼ同サイズの馬を見るのはこれが初めてだ。

 独特の進化をした割には身体比率は狂っておらず、足だけで僕の体高を超えるのではないかと言う巨大な生き物だがれっきとした馬だった。

 僕はあれに轢かれかけたのか。

 呆然として見ていると、イリスさんに腕を引っ張られた。


「並び直すよ。急げば早く入れるかも」


 早歩きしながらついて行くとそう待たずに順番が来て個人証が無い僕と付添いのイリスさんは門横の通用口の方へと通された。

 門の内部は石造りで思ったよりも室内が暗い。

 壁が厚いのか、かけられた松明のおかげでどうにか隅々まで見渡せる程度だった。

 部屋の中央には机があって、その奥側に警備兵らしき人影が立っている。


「ああ、イリスさんじゃないですか。仕事上がりですか?」


 声をかけてきたのは少し年上のお兄さんだ。

 夜勤明けだったのか目の下に隈を作りながら疲れた声で話しかけてきた。


「うん、そっちもお疲れさまだね。疲れてるとこ悪いけど、ボクたちの通行許可をお願いするよ」

「はい、個人証が無いというのはそっちの子ですか?」

「ちょっとあって仲良くなった子で、名前はアキ」

「チアキです。アキって呼んでください。よろしくお願いします」


 笑顔で応対。

 第一印象は大事だよね。


「アキちゃんか、俺はリンド=カルティア。よろしくね」

「それじゃあボクからお願いしようかな」


 そう言ってイリスさんは小さな円形の銅板――銅貨かな――をリンドさんへ渡す。

 それを受け取ったリンドさんは小銭を背後の壁の棚に乗せ、代わりに小さな水晶玉を一つ取り出して机の上へ置いた。


 やるよ、と一言イリスさんが水晶玉へ触れて何かを呟く。

 すると一瞬室内が光に覆われ、光量が戻った時には水晶玉の上にホログラフの様なものが出現していた。

 ちらっと目をやると、イリスさんの名前が表示されているのが視界に入る。




 一応プライバシーだということで視線をそらしていると、

「はい、イリスさんのステータス確認はこれで終わりです」との声が聞こえてきた。 急いだわけではないようだけど、確認するのが意外と早い。


 向きを戻すとホログラフはすでに消えていた。

 机の上には水晶玉だけが鎮座していて、名残りの様なものは見受けられない。

 隣を見ればイリスさんが呆れたような表情でこちらを見ていた。


「じゃあ先に行って待ってるよ」


 何が何だかわからない内にイリスさんは奥の扉から出て行ってしまう。


「気にしなくていいよ。あれは呆れていただけだから」

「呆れて?」

「普通、見ようとするものだからね。君がそうしたから彼女も出て行ったのさ」


 なるほど。

 確かに他人のステータスは気になるものだ。

 僕もイリスさんのでなければ見ていたかもしれない。


「イリスさん、いい人ですね」

「君が言うのもなんだけどね。で、君の番なんだけど」


 そういえば、というかお金が無いのですが。

 DPと引き換えにダンジョン配置用の宝は出せるんだけど、どういうわけか硬貨は出せないようで換金が必要だったりする。

 袖の下的に金の延べ棒でどうにかならないかな。

 僕がそんなことを考えながら逡巡していると、リンドさんがくすりと笑う。


「気にしなくていいよ、イリスさんからもらっているから」


 どうやらさっきのお金は僕の分も含まれていたらしい。

 どこで文無しだと気づかれたのかはわからないけど、礼を言うのは後にしてまずはステータス確認だ。

 試しに水晶玉に触れてみても何の反応もない。

 これは何をすればいいんだろう。


「すみません、使用するには何と言えばいいんですか?」

「ああ、知らなかったのか。【鑑定】でいいんだよ」


 僕が水晶玉に触れたまま動かないのを不思議そうに見ていたリンドさんは、僕がそう言ってやっと気づいてくれたらしい。

 軽く礼を言って【鑑定】を発動させてみると、さっきと同じく部屋の中を光がほとばしり、落ち着いた時にはさっきのホログラフが展開されていた。

 書かれていたのは説明されていた通りの六項目。

 名前から順に並んでいる。


「それじゃあ確認させてもらうよ」


 そう言ってリンドさんは立体映像を覗き込む。

 何かを書きながら確認していたリンドさんだけど、視線がある一点に定まると唐突にそこから動かなくなった。


「どうしたんですか?」

「いや、あの、これ間違ってないよね?」


 そう言って指さされたのは性別の欄。

 はい、と返すと目元を抑えて唸りだした。

 正直反応がおもしろい。

 そのまま見ていると諦めたようにため息を吐いて、通っていいよと奥の扉を指ししめす。


「あー、アキ……さん?」

「ちゃんでもいいですよ?」


 からかってみるともう一度ため息を吐かれた。失礼な。


「まあいいけどその容姿、色んな意味で気を付けなよ?」

「はい、ありがとうございます」


 大概のことは予想できますし。

 まあ、腕輪(ダンジョンコア)があればどうとでもなるよね。


 蝶番を鳴らしながら木でできた扉を開けるとそこはもう町の中、広場のようになっており、階段の下にイリスさんが()を両手に待っていた。


「お待たせしました。……なんですかそれは」

「ペギーの串揚げだよ。歯ごたえがあっておいしいんだ。はい、これがアキの分」


 そう言って片手の串を渡してくる。

 半メートル近くあるだろうか、意外と大きくて食べごたえがありそうだ。

 これ一つで一食になるかもしれない。

 そんなことを考えながらお礼を言って身にかぶりつくと、淡白な肉の味とかかったソースの濃厚な味がまじりあって何とも言えない風味が口の中に広がってくる。

 これは米が欲しくなる味だ。

 日本人らしい感想を持ちながら夢中になって食べていると、イリスさんが唖然とした表情でこちらを眺めていた。


「よく食べるねえ。お腹がすいてたの?」

「いえ、ただこんな風に買い食いするのは久しぶりだったものですから」


 お腹はクッキーのおかげで全然減っていない。

 けれどもこんなに肉々しい料理を食べるのは久しぶりだ。

 これまでが粗食だったとは言わないけれど、両親を亡くして以来節制していたのは事実だし、買い食いなんて本当にまれなことだった。


「これはどこで?」

「あっちの屋台だよ」


 そう言ってイリスさんが指さす先には一つの屋台が店を出しており、こちらに気付いたのか屋台の店主のおじさんが笑顔で手を振ってくれていた。

 何ともファンキーなおじさんだ。


「今度買いに来ようと思います」


 米を見つけたら、だけど。

 さすがに米無しで食べるのはもったいない。

 日本人としてそれは許されない。

 冒涜的と言ってもいい。

 何に対しては分からないけど。

 そんな風に目を輝かせている僕をイリスさんは笑って見ていた。

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