第一話 都市伝説
色々やらかしてしまっているので全話改稿予定です。
物憂げに窓の外を眺めている彼女に声をかけたのは昼休みに入ってすぐのことだった。
「あ、はい。あれ、千秋君? どうしたんですか?」
「ちょっと用事があって。今日の放課後、空いてる?」
「はい、大丈夫ですが」
ここだけ聞けばデートの誘いなんだけど実際はバイト先のシフトの確認だ。
一応学校へ届け出てはいるのだけれど、おおっぴらに言うことでもないかと僕たちは小声で顔を寄せて話を進める。
「先輩がシフト交換してくれる人を探していてさ、代わりは土曜だって」
「わかりました。今日は私が出ますので連絡をお願いしてもいいですか?」
「伝えておくよ。それじゃあ雪、お願いするね」
最後にそれだけ言い残して2-Fの教室を後にする。
扉を閉めると背後のざわめきが大きくなったような気がするが気にしてはいけない。何を騒いでいるのかなんて考えるまでもないことなのだから。
廊下へ出ると明彦が窓枠に寄りかかりながら僕が戻るのを待っていた。
頼んでおいた激安弁当はどうやら手に入れられたらしく、窓枠に二段重ねでビニール袋が置かれている。
「戻るの早くね? 雪乃さんだったっけか、もう少し話して来ればいいのによ」
返事すらも面倒で、弁当をかっさらって廊下へ足を向けると明彦は窓を戻して揶揄しながらついてきた。
確かに雪は隠れ美人だし背に触れるほどまっすぐに伸びた黒髪も穏やかなその性格も好みじゃないとは言えないのだけれど、そう期待されても彼女との関係にそんな甘いものは無い、はずだ。
というか彼女に限らず僕に恋愛のれの字もない理由は別のところにあったりする。
「明彦こそ恋人でも作ってくれないかな」
僕たちはつるむことが多い。
自他ともに認める女顔――母似の僕と明彦は、ある種の人たちからして格好の標的になっている、らしい。
視界に入らない限り妄想でもなんでも好きにすればいいとも思うのだけど、もう一人の方はそうでもないようで、こういう話を振ると打てば響くように反応が返ってくる。
「おまえには言われたくねえな。というか告れば誰でもイエスというんじゃね? おまえの場合」
そこに含まれている感情は嫉妬ではなく同情とからかい。
字幕にでもしてみれば括弧の中に「男なら」という一文が入り込んでいるのだろう。
分かってしまう自分もなんだけど内容にはそれこそイエス以外の返事はない。
実際に男子生徒からの告白はこの間のミスコン以来途切れていないのだから。
「付き合うかどうかはともかく女子からのお誘いなら歓迎するんだけどね」
別段隠してはいないとはいえ僕が呼び出された回数を数えている生徒がいるらしく、女子生徒の回覧板のようなミニ新聞に連続告白回数なるものが載っていたと友人から聞いた時は呆れるしかなかった。
そのせいか(そう思いたいだけかもしれないけど)僕が呼び出されるのは決まって男子生徒で、半ばやけくそでまた女装して見せようかとも思わなくもない。
そうすれば学内のカップル率もまた下がるだろうし、夏を目前に独り身のつらさを思い知らせるのもいいかもしれない。
「まあありえない話は後にしてだ、放課後どうするよ? 家来てゲームでもするか?」
「今日はバイトの日だから付き合えないかな。明日なら遊びに行っても――いや、食材の残りが心もとないから明日は商店街めぐりになるかも」
「主夫は大変だな。あれか、卵お一人様何パックってやつか」
「そうそう。と言ってもそこの商店街だし、買うのは肉や野菜、後は米ぐらいだね」
野菜は八百屋を周った方が安いし米も同じ。
肉はおじさんに時々おまけしてもらえるので通っている。
とはいえ他のものは近くのスーパーマーケットで買った方がお得だったりするのでそちらもまわらないといけないのだけど。
「買い物に付き合ってくれるなら夕飯ごちそうするよ?」
「やめておく。お前と商店街に行ったりしたらまたからかわれるのが関の山だ」
鼻白んだように疲れた表情で明彦は言う。
この間と言うか毎回からかわれるので学習したらしい。
僕としては二人で行くと安くなるので二食分作ろうが収支的には変わらないし、どちらでもよかったりする。
「気にしなきゃいいのに。周囲の視線より実利だよ」
「いや確かにそうなんだけどよ。おまえの場合やりすぎっていうか、いくら安くなるからっておばちゃんらの恋人ネタに乗ってんじゃねえよ」
あー、こないだのか。
おばちゃんらのからかいに乗って顔を赤くした上で寄り添ってみたらマジで照れだした誰かさんは今思い出しても笑えてくる。
というかそうすれば安くなるのだから僕としては乗らない手は無い。
「後悔も反省もする気はないから頑張れ」
会心の笑顔でサムズアップすると明彦は器用に歩きながら上半身だけでうなだれた。
「……やっぱ俺がモテない原因の何割かはお前にあると思う」
「顔は悪くないんだからいつかは恋人できると思うよ」
「それこそお前に言われたくねえよ」
まあこんな顔に産んでくれた両親には感謝してる。
少なくとも女装した自分に納得できるだけの器量はある。
世間一般ではこれを美形と言うのだろうし、綺麗事を抜きにすれば他人より多少は生きやすいのだろう。
その両親がもういないというマイナススタートなことを抜きにすれば。
両親が死んだのは去年の秋口の頃だった。
交通事故と言うよくある話で、無免許で飲酒運転の高校生が対向車線に突っ込んできたのだと警察からは聞かされている。
結婚記念日だというのに残酷な話だ。
加害者もその時に亡くなったというのだから誰を恨むこともできなくて当時はかなり鬱屈していた。
とはいえやることはやらなきゃいけない。
他に身寄りもないからふさぎ込んでいても誰も助けてはくれない。
どうにか数日で切り替えて保険金の受け取りやら何やら色々とこなしていくうちに半年が過ぎていた。
薄情なのか、それとも現実的とでもいうのか、おかげでそれらはもう過去のことになりつつある。
だから両親を思い浮かべても悪い思い出にはならないし、両親の容姿を受け継いだ僕はそれを誇って利用してこれから先を生きていくと決めている。
「で、ダンジョンの構造なんだが」
「……え? あ、ごめん。聞いてなかった」
「おい」
「で、何の話?」
「あー、まぁいいか。あれだよ。こないだ発売したディーの新作。一緒に買いに行ったろ? あれからどうしたかって話」
ディーとは「ザ・ダンジョン」シリーズの略だ。
何でも縮めりゃいいってもんじゃないと思うのだけど、まあ分かるから問題は無い。
内容は3DのアクションRPGってやつで、典型的なファンタジー世界を舞台にダンジョン構築を行い侵入した敵を倒していくという単純なもの。
ちなみにここで言うダンジョンとは、最奥に主がいて、魔物が徘徊し、罠が仕掛けられた階層型の構造物を指す。
で、ゲームの話なのだけど、これまでが一人プレイ用で構築側のみだったのに対し今作から追加された対戦モードがかなり熱い。
一定時間内に自分のダンジョンを構築し、タイムアップと同時に攻略用キャラへと視点変更、敵のダンジョンの攻略が始まる。
自分の構築したダンジョンの完成度によって相手の攻略速度が変わり、先にダンジョンを攻略した方が勝ちとなるという説明するだけなら簡単なモードだ。
ただしすべてのモードに通じることだが、モンスターの種類は数百種、召喚費用も変動し、個体ごとに非公開データで行動パターンが設定されているという予測不可ぶり。
罠の種類も同様で、ダンジョン構築時間の設定を最大にすれば交易やらなんやらで金を稼いだりDP――ダンジョンポイント、これを使用してダンジョンを構築する――を増やしてダンジョン内の環境を変化させたりとできることが多岐に渡る、もはやシミュレーションゲーム化しているゲームでもある。
「えっと、ストーリーモードはクリアしたよ。マルチは少し手を付けたきりで、今はクリエイティブで遊んでるところ。とはいえ一回ダンジョン作るより何ができるか試す方が楽しかったりするんだけど」
「俺も。ってか特に最新版は卑怯だよな、コンシューマからパソコン版に移植した上で新要素やら何やらの新作発売しやがって。前作以上に要素が多すぎて何からやればいいのかわからないし、何よりタイトル通りのあれがひどい」
「確かに」
あれというのは最新作、「ザ・ダンジョン4 ――三つの願い――」の言葉通り、ダンジョン構築を始める前に叶えられる三つの願いのこと。
コンシューマではできなかったからとはっちゃけているのか、パソコン版ではキーボード入力で願いが書き込めるという超性能AIなのか人力なのか分からない謎機能。
文章で三つの願いを書き込んだらダンジョンマスターの不死と即死攻撃以外はほぼ全てが叶えられたという問題の機能だ。
ネットでの噂だと、浮遊城や現代兵器生成、ダンジョンの核――宙に浮く球体状の物質で、ダンジョンの設定はこれを通して行われ、これを壊されるかダンジョンマスターの死で負けになる――とダンジョンマスターとの一体化まで試されたという。
「俺、『あなたの性別を教えてください』って書き込んだら『男です』って返されて意味もなく悲しくなったよ」
「いや、何してるのさ。というかAIさん男だったんだ。確かに僕たちにとっては夢が無いというかなんというか。女性プレイヤー的にはどうなんだろうね」
「どうかね。女の子たちはそれより都市フィールドでかっこいいキャラ探しでもしてんじゃないの」
「確かに3Dモデルよくできてるしね。というかその発想」
「おう」
さっきの真似か、いい笑顔でサムズアップする明彦。
「おう、じゃないよ。いや、分かったから言わなくていい」
「言わせてくれ。【荒野】マップの西酒場のマスターがまさに姉御って感じでかっこよかった」
「あー明彦の趣味はそういうのなんだ」
「おう」
「それはともかく、何ができるかって話だったよね」
「他には年齢とか」
「それはともかく! こっちで分かったのはDPやお金をもらうのは無理で願いはダンジョンに関することだけってことかな」
「他にはダンジョンの定義から外れることもできないってやつだな」
「具体的には?」
「物理的にクリアできないダンジョンは不可。ボス部屋完全封鎖とか。後、常人が入れないところに入り口を作るのは無理だったな。宇宙、深海、空中」
「つまりダンジョンは常人が入れてかつクリアできなければいけないと」
「そんな縛りの中で一番つくっててクリアしづらそうだったのは塔型ダンジョンだな。一メートル四方の何もない穴をひたすら登らなきゃならないってやつ。かなりのDPつかって魔法禁止フィールド張ったから、窓のない塔の中を筋力だけで成層圏? まで登らせるという鬼畜仕様」
「まさか対戦モード?」
「いや、マルチプレイヤーモード。さすがにPVPだと対戦相手が切れるだろ。ひたすらカーソルキー長押しするだけのダンジョンって」
「今頃きっと謎の高層建築物として観光名所にでもなってるよ」
「大丈夫だ。コアは屋根裏の隠し部屋にあって、最上階の宝箱にはマジックボムを超圧縮して入れてあるから」
わー外道。
呆れて半目を向けるけれど堪えた様子もなく明彦は話を続ける。
「そういやこのあいだの話覚えているか?」
「このあいだのって?」
「あのゲームをやってる人らの中に不思議な経験をした人がいるって話」
「都市伝説? 真夜中に画面を見つめていると何かが見えてくるとかいう」
「それは別のゲームだろ。なんでもゲームの世界に誘われるらしい」
「行ったらどうなるのさ」
「いや、知らねーけど。拒否った人の話はあっても行った人の話はないから帰って来れないってことなんじゃねえの?」
「行けるなら行ってみたい?」
「迷うな。さすがに帰って来れないんじゃ行かねーと思う。おまえは?」
「それは、多分……」