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第7話 第一の成長

 「あっ・・・ありがとうございました!」


 男は料金を払い店を出て行った客に対して深々とおじぎをする。

 マスターからのクエストを受けてから現実世界で半年に近く経過していた。

 他のゲームと同じく、ゲームの世界で食事をしても空腹は満たされることなく疲労が取れないためゲームを中断する必要がある。

 男は食べて風呂に入って寝る事以外は全てこの酒場でアルバイトをしている。

 既に親からはもはや期待も何もされておらず、部屋に引きこもっている男に時間は沢山あった。

 

 「店員さーん」

 「はい!今すぐ行きます!」


 酒場のアルバイトは男が思っている以上にリアルだった。

 お客様の注文を聞きに行き接客し、または調理の方に回ったりして料理を一から作ることもした。

 このアルバイトにゲーム特有の便利なシステムと言うものは一切なかった。

 男は気付いてなかったが、現実世界の飲食店のアルバイトとほぼ同じ事を男はこなしていたのだ。


 現実世界の男はロクに仕事をしたことがないばかりか、まともに人と会話することさえできない人間だった。

 喋ろうとしてもどもってしまい、いう事ができず声も小さく何を言ってるのか分からない。

 そんな男が始めた接客のアルバイトは困難の連続だった。

 仮想空間、しかも客もNPCだと分かっていても接客が辛く、何度も吐いた。

 NPCなのに現実と同じように大声を出して文句を言って来た時は、本当に辞めたかった。


 だが、このアルバイトは男にとって現実世界のアルバイトと異なる点が2つだけあった。

 一つ目ははマスターの存在。

 マスターはどんな失敗をしても怒りはするが、ちゃんと男を指導し教育しそれが男の心の支えとなった。

 何度も辞めたいとマスターに弱音を吐いたが、その度にマスターは笑いながら付き添ってくれた。

 二つ目は、男が決意した事。

 そう、おっぱい為だ。

 この目標があるおかげで続けることができたと言っても過言ではない。


 「それでは、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

 「ああ、頼むよ」

 「かしこまり!マスター!ビールと枝豆セット1つ!」

 「あいよー!」


 この半年間の間で男は見違えるように変化していた。

 男は人と目を合わせて会話をできるようになっていた。

 会話するその表情は接客業として必須のスキルである笑顔を問題なく使うことができていた。

 だが、男は自分の変化には全く気付いていないだろう。

 それに気付いているのは、マスターといつもやってくる常連の客だけだった。




 男は店の閉店後、売り上げやら経費やらを記帳に記録していた。

 所謂、現実世界では経理の仕事に値するが男は経理の仕事をしたことがなかった為、現実とどれほど違いがあるのかは分からなかった。

 ただ、この作業は他のゲームのようにぽんぽんボタンを押したり書いてるフリをして完成される作業とはまるで違った。

 何故か世界観にそぐわない電卓が存在し、それを使って自分で計算をして形式を合わせて、そして自分で書いて記帳作業をする必要があった。

 また、材料の仕入れや店の運営などのやり方についても実践した。


 こう言った事も夜遅くまでマスターが教え付き合ってくれた。

 マスターの教え方は本当に上手で丁寧だった。

 店長なんかしてないで教師にでもなれば良いんじゃないかとマスターに提案したこともあった。

 いつも笑顔で元気に、そして頼もしいマスターは本当はNPCではなく、人間ではないかと錯覚させられた。

 いや、人間であってほしいと男は願ったのだ。

 男とマスターには深い絆が構築され現実世界よりの誰よりも信頼する存在となっていた。


 リアルと同じ事を擬似的に体感できる、VRゲームは例えエロい事ができなくとも中毒になる病人が多い。

 仮想現実が本当の現実になってしまい、現実世界の人生が終わってしまうのだ。

 男もプレイ時間的に見ると、既にその領域にまで達している。

 男は既に廃人で病人になっていたのだ。


 ある時、この「夢」が現実世界だったらいいのに・・・と男はマスターにふとそうつぶやいたことがあった。

 いつもなら冗談交じりの笑顔で返してるマスターだが、この時だけは違っていた。

 マスターは今までに見たことのない真剣な表情で男と向き合いこう言った。


 「いいか、これは夢だ。夢を楽しむのはいいが、絶対にそれを現実として捉えてはいけない。今は仕方ないがいずれは夢から覚めなければいけないんだ。だから時が来たら夢から覚める決意をしなければいけないと約束してくれいなか」

 「・・・はい」


 それ以来、男は同じような発言は二度としなかった。

 発言はしないものの・・・マスターの言いたい事が頭では理解していたが心が納得できない。

 夢から覚めると言うことは・・・マスターと永遠に別れると言うことに等しいからだ。

 だがマスターとの約束のおかげか、少なくとも「夢」を現実世界と思わないようにと努力はするこができた。



 記帳の作業を終え、時刻は夜の11時を示していた。

 ゲームの世界と現実世界の時刻は同じ時間間隔で連動している。

 明日は朝市で材料を仕入れないといけないから5時には起きないと・・・男はそう思いゲーム終了ボタンを押して、現実世界に戻り就寝した。

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