第1話 始まりの夢
ここは近未来の日本。
VR技術が発達し仮想世界はより現実に近い世界となった。
VRによる仮想世界は川の流れる音に耳を傾かせ心に安らぎをもたらしたり、胸いっぱいに空気のおいしさを感じる事ができたりとまるで現実と同じように知覚し体感できる。
ある日、とあるゲーム会社から一本のゲームが発売された。
発売されたのは一人プレイ専用VRオフラインRPG「夢」
だが、現在のVRゲームと言えば暗黙的にオンラインゲームである事を指していた。
仮想世界で何千、何万人の人たちと同時に同じ世界でプレイすることがゲームとして当たり前であり楽しいゲームとして成り立たせる為の必須条件となっていたのだ。
だが、「夢」に大人数での同時プレイができる世界はなく、まるで世界の流れに逆行するかのように一人プレイ専用ゲームとして発売された。
ある人が言った、「夢」を作ったゲーム会社は弱小ゲーム会社だと。
ある人が言った、そのゲーム会社はオンラインゲームを作る技術は持っていないと。
ある人が言った、そのゲーム会社はサーバーをまかなうための資金を持っていないと。
ある人が言った、そのゲーム会社は俺達を楽しませる人材がいないと。
誰からも期待されていなかったその弱小ゲーム会社
誰からも買われなかったVRオフラインRPG「夢」
そしてその弱小ゲーム会社はやがてひっそりと、誰からも注目されることもなく、誰からも悲しまれることもなく世間から消えてしまった。
その弱小ゲーム会社が生きた証として世界に残した物は在庫処分としてワゴンに並べられた「夢」しかなかった。
ある日、とある一人の男がリサイクルショップのワゴンに並べられている「夢」を見つけた。
新品未開封だと言うのに売値は定価の10分の1しかなく、まるで「誰かこのゴミを片付けてください」と店員が言ってるかのように「夢」が盛られていた。
男はその「夢」を手に取り二束三文での値段で自分の物にした。
その男は学校からつまはじき者だった。
その男は会社からつまはじき者だった。
その男は家族からつまはじき者だった。
何も生み出せない、何もできない男。
その男が自身の心を癒すためにやっていること、それはクソゲーをプレイすることだった。
そしてネットに自身がプレイしたクソゲーを面白おかしく馬鹿にして投稿し自身の自己顕示欲を満たすことだった。
自身の投稿文が褒められ賞賛された時、その時だけは生きていることを実感できた。
この世界にその男よりも弱い人間なんていなかった。
その男は自身よりも弱い"物"、何をしても反撃してこない"物"をいじめる事で自身はまるで強者であるように振舞っていた。
そう、その男は初めから自身が買ったゲームをゲームとして認識していなかったのだ。
「夢」はその男の小さい器を満たす為の、いじめられ役として買われたのだけにすぎなかった。
まず初めに、ゲームを遊ぶ為の準備としてやる事はインターネットからゲームをダウンロードしてVR機器にインストールすること。
少し前の人達は、わざわざゲームショップに足を運び円盤に記録されたゲームを買って遊んでいたが今はそんな事をする必要がない。
今のゲームショップはゲームの特典を受け取りに行ったり、ゲームの関連グッズを買うための場所となっている。
だが、「夢」を遊ぶ為にはパッケージの中に入っている記録メディアをVR機器に接続しながら遊ぶ必要があった。
何故わざわざこのような無駄な事をするのか男には理解できなかった。
記録メディアにだって少なからず無駄なコストが必要になるだろうにと考える。
だが、その無駄な行為を行わされている作業に苦痛は感じなかった。
何故ならば、いじめる対象が馬鹿であれば馬鹿なほど面白くいじめることができると男は知っていたからだ。
それはいじめられた者だからこそ理解できる。
その男だからこそ理解できる事だった。
一通りの作業は終わり、男はそれまでの経緯について文字を起こして記録する。
もちろん忘れないようにする為だ。
そしてある程度書いてまとめ終えた男は、ベッドに横たわり頭にVR機器を装着してゲームを始めようとする。
男は興奮していた。
こんな目に見えた地雷は久々だったからだ。
はやる気持ちを抑えて心を落ち着かせる。
そして男は「夢」の世界へダイブをする。
男はこの時、まさか自身を、そして世界を変える扉を開いたとは夢にも思わなかったはずだろう。
「夢」が本当の夢になることを夢にも思わなかった。