バス
テーマ:実話系
私が小学校六年生、修学旅行のゆきしな、サービスエリアで休憩をとったときの話です。
バスの中で持参したお弁当を食べ、私は友達とお手洗いに行きました。
一箇所しかないお手洗いはひどく混雑していて、個室から出たときには友達も誰も、もういませんでした。
母から借りた腕時計は、集合時間をさしています。私はあわてて外へを走り出ました。
広い駐車場を歩いているのはおとなばかりで児童の姿はどこにもなく、私はなおあせって上を見ながら走りました。
乗ってきたバスは紺色に黄色の線が入っていたはずです。
記憶を頼りに大きな車体の間を走りまわりますが、停まっているバスが多くて、なかなか見つかりません。
心細くなったころ、ようやくそれらしきバスを見つたそこは、駐車場の外れで、記憶よりもずいぶん遠い気がしました。
六年生四クラス分、四台のバスがあるはずなのに、停まっているのはこれ一台きりだけ。私の遅刻のせいで出発が遅れているようです。
叱られる気おくれと、ばつのわるさに、うつむき加減で開いたままのドアの手すりにつかまり、ステップに足をかけました。
途中ふと顔を上げると、ハンドルに白手袋の手をかけた運転手さんが私を見ていました。
大きく大きく目を見開いているようすがなんだか気持ち悪くて、私は残りのステップをかけるように上がり、座席のみんなを見回しましたが、そこにみんなはいませんでした。
いえ、座席はぎっしりと埋まっています。けれど、私のクラスの子ではない、知らない人たちばかりです。
バスを間違えたという恥ずかしさは、感じませんでした。ただただ怖くて、足がふるえてきました。
座席を埋めている人たち。中学生なのか、それとも高校生なのか。
黒い詰襟と、黒いセーラー服。運転手さんと同じようにぽっかりと目を見開いたきり、身動きもしません。話し声も笑い声も全然しません。
しんと静まり返ったバス。
ぎっしりと座るたくさんの人たち、動かずしゃべらず、ただじっと前を見て。
まるで、みんな死んでいるみたいな。
そう思ったとき、不意にプシュッーと音がしました。
バスのドアが閉じる音だと、気づくやいなや私はその隙間から外にころげ出ました。
おもいっきりひじもひざも打ったけど、かまわずに走り、ざわざわと賑わう売店に飛び込みました。
店内には教頭先生と担任の先生が怖い顔をして立っていました。いつまでも戻ってこない私をさがしていたのです。
叱ろうとする担任の先生に、私は泣いて泣いてすがりつき、家に帰ると泣き続け、結局保健の先生につきそわれてひき返しました。
行きのバスでホームシックにかかったという、不名誉な称号をうけましたが、そんなものは気にはなりませんでした。
あのバスがなんだったのか、乗っていた人たちは誰だったのか、あのまま乗っていたらどこに着いていたのか。 おとなになった今でも、わからないままです。