その傍らに
テーマ:山
あの絵なら売れましたよと告げると、ひどく落胆した様子で大きく溜息をついた。
よれた焦げ茶の上着に鼠色のズボンという、ひどく貧相な形のその老人は、孫と思しき少女を連れていた。白いワンピースに海老茶のベレー帽と格好はしゃれているが、顔つきがなにか暗くてかわいくない。
総じて私の経営する画廊にはまったく似つかわしくない客ではあったが、暇なこともあったし、少し気の毒にもなったので応接コーナーにいざなった。
老人がたずねた絵は、二日前に売れていた。緻密な風景画で、山腹にある大きな欅の大木を柱に、青く高い空と、下草の陰にひっそりと見える落し物らしき小さな赤い帽子が対を成す構図だった。
熱い日本茶とオレンジジュースをテーブルに並べ、私はそつなく笑った。
「同じ作家の作品ならすぐに手配できますが、いかがですか」
力なく首を振った老人はジュースのグラスに目をとめた。後ろに立ったままの少女、私、グラスと順繰りに視線を送り、そして最後に私を見つめた。
「あんたなら話してもよさそうだ」
なにをと問うより先に、老人はまくし立て始めた。
「おれいくつに見える? まだ四十を過ぎたところ、あんたより若いはずなんだよ」
目の前にいる相手はどう見ても年寄りで、肌や白目の濁り方からも七十以上にしか見えない。私は内心舌打ちした。まずい相手を引き入れてしまったようだ。
「馬が好きでつぎこんでたら給料足りなくなって、金借りたら今度そっちも返せなくなって、それで思いついたんだよ」
老人は身を乗り出した。饐えた臭いが鼻をつく。顔をしかめる私にかまわず、老人はことさらに一音一音区切るように言った。
「誘拐を」
「すいません、ご冗談なら」
さえぎろうとした私を老人は無視する。
「攫って殺して埋めた、あの子を」
老人は後ろに立つ少女を指差した。少女は無表情にただじっと老人を見ている。
「結局失敗したが警察には捕まらなかった。なのにこいつに掴まってしまった。この五年ずっと隣にいる。おかげで夜も寝られないし仕事も手につかない」
老人の萎びた首から突き出た喉仏がごぶりと動いた。
「そしたらあの絵だ。あの絵の場所おれがあの子を埋めた場所。間違いないあの木の下、あの子の帽子が描いてある」
私も少女を見遣った。確かに被っているベレー帽は絵に描かれていた物に似ていなくもないが。これ以上妄想狂の老人に付き合うのも苦痛になってきた。私は腰を上げ、出口を手で示した。
「それなら……ご自分で警察に行かれるのがよろしいでしょう」
「できない。だっておれは、こいつにとり殺されたようなものだから」
老人は虚ろに笑い、消えた。茶碗からはまだ湯気が立っていた。
唖然とする私に、少女はにまりと笑った。
あれから十日。老人が誰だったのか、あの話は本当なのか、どうしていいのかもわからずに、私は悶々とした日を送っている。
そして、少女はずっと私の傍らにいる。ただじっと私を見続けている。