ピンポンダッシュ
先日、思いつめた顔をして友人が訪ねてきた。
久しぶりに会った彼はすっかりやせてしまい、目の下に隈をうかせている。
理由を問うと、ぐったりとした声で、ピンポンダッシュで寝不足だと言う。
曰く。毎晩毎晩きっかり午前二時半にチャイムが鳴り、外に出るが誰もいない。それがわかってから無視もしてみたが、今度は出て行くまで鳴らし続ける始末。そしてやはり誰もいない。
これが延々三ヶ月も続けば、やつれもしようというものだ。
勤務先の歴史資料館では、近々開く展示会の準備におおわらわで実家に逃げることもままならないと、彼は嘆く。
かくして友情厚く暇なフリーターの僕は、日当五千円で深夜の張り番を引き受けた。
五階建てコーポの三階、三部屋並ぶうちの一番奥が彼の部屋だ。
僕は四階の踊り場に座って敵を待つ。
少し肌寒い。膝を抱えているうちに、うとうとしていたらしい。ふと線香のような臭いが横切って、はっとなる。
手すり越しにそっと見下ろすと、ひどく猫背の影が通路を歩んでいくのが見えた。
黒い着物に白い頭巾をかぶった、あれは尼僧だろうか。
部屋の前に着くと、袖を伸ばしてチャイムをゆっくり押した。
同時に、僕は階段を飛びおりる。
思いのほか大きな音が立ち、尼僧が振り向いた。
眼が大きく、つるりとした顔には、なぜか唇が無かった。そのくせ、口のある辺りをかっぱり開いて、脳天に響くような声を張り上げる。
「あなや今宵で百度目となるものをつれてゆけぬとはくちおしい」
叫ぶやいなや、くるりと尼僧は反り返り、両の足首の隙間へ頭を押しこみ丸まると、ころころ通路を転がり来る。驚く僕の横をすり抜けて階段を落ちていった。
後を追ったが、踊り場に黒と白の布が落ちているだけだった。
翌日。結局、あれが何かは判らないままだけれど、僕と彼はそれを河原で燃やし、残った灰は川に流して、忘れることにした。




