幽明倶楽部
テーマ:ネット
コンパにも飲み会にも顔を出さず、ノートも貸してくれない。そんな糞真面目な田川をからかってやろうと、ゼミ仲間の一人が言い出した。幼稚な思いつきは即実行に移され、意地悪く笑いながら、僕たちはネットカフェからメールを送信した。
【件 名:幽明倶楽部へのお誘い
送信者:秋元里奈
本 文:お久しぶりだね。元気? サイトを立ち上げたので遊びに来てね。http://www.×××.com】
送信者の少女は田川の高校時代の同級生。同じ高校の奴から聞き出した名前で、卒業直前に事故死したという。
併記してあるのはSMサイトのアドレスだ。情報サイトによると海外ものでかなり過激らしい。
翌日。田川が来たらからかってやろうと手ぐすねひいて待っていたが、珍しく休みだった。
その翌日も。さらにその翌日も。
怒っているのか。それともリンク先にすっかりはまっているのか。
どちらにしても僕はいまさらながらに気が咎めてしょうがなく、彼の家を訪ねてみることにした。
古びた商店街をぬけ、ごちゃついた路地の一角に建つ、やはり古びたアパートの一階の右端。
『田川』と手書きの表札が貼られたドアのチャイムを、僕はなんども押したが応答はない。
なんのけなしにノブを回してみたら、ドアはすっと開いた。
部屋の中は静かだけど、人の気配がするので、そっと覗いてみた。
1Kらしき部屋。カーテンが閉めきられて暗い。
田川の背中が見える。机に向かっているらしく、パソコンの画面だけが明るい。
靴を脱ぎながら声をかけると、ようやく田川は振り向いた。
もともとモヤシなやつだったのに、なんだかさらに痩せた気がする。黒縁の眼鏡がやけに大きく見えた。
隣に立つ僕に、田川は興味もないようすでパソコンに向き直り、真剣な顔でキーを打っている。だが画面に表示されているのは【NotFound404】。
「なに……してんの?」
「チャット。里奈からメールが来てね。こっちで登録すると、むこうの会員がそれを閲覧する。知り合いがいたら、掲示板を設立して完了。いつでも話ができるようになるんだ」
りな? 秋元里奈? 送信者の少女のことか。田川とあの子が知り合いなんて話、僕たちはきいていない。
「今も里奈と話をしてたんだ」
嬉しげな田川の呟き。
見つめている画面は【NotFound404】。
しかし田川は目を輝かせながら、キーを打ち続ける。
僕は呆気に取られながら、画面と田川を見比べ、そして気付いた。
田川の眼鏡のレンズに映りこんでいるわずかな画は、黒色。点滅している赤や緑の字らしきものも見えるのに、実際の画面はそっけない白一色。
いぶかっていると、不意に田川が笑い出した。箍が外れたように裏返った声を上げ、両手で机を叩いてゆする。
その激しさに圧されるように、僕は部屋から逃げ出した。
田川が呼び止めてくることも追いかけてくることもなかった。
その翌日も田川は大学に顔を見せず、さらに二日後、彼の訃報が届いた。
参列者の少ない葬式の帰り、僕はネットカフェに寄った。メールを送った店だ。
あのアドレスを入力してみるが、そこはやはりSMサイトだった。
では、田川はどこへリンクしてしまったのだろう。
僕はパソコンから延びるケーブルを目で追った。太く白い塩化ビニールの管は壁の中へと消えている。
その先はもう僕に知るすべはない。




