文士の弁明
開幕。
夕暮れ時。
伯爵が文士に与えた書斎。
苦悩と疲労で顔を真っ青にした文士が、万年筆を片手に作業机に向かい、真っ白なノートを前に頭を抱えている。
文士
ああ、さっぱり駄目だ。何も浮かばない。食べもせず、眠りもせず、こうしてかれこれ半日ばかりノートとにらめっこしているが、浮かんでくるのは愚にもつかないことばかり。
凍てつく魂に雪解けをもたらすような気の利いた書き出しは、その一文字目すら生まれてこない。
かと言って、凍りついた冬に燃え盛る夏をもたらすような気の利いた主題は、その欠片すらも見つからない。
焼けつく魂め、何が焼けつく魂だ。この程度では己を焼き尽くすこともできまい。見苦しく燻った熾火めが。風に吹かれて消えてしまえ。
大雑把な主題はもう決まっているのだ。私は美しい友情を描きたい。
だが、友情と一口に言っても色々とある。一体全体、どの友情を描くべきなのか。
競い合う友情。
奪い合う友情。
与え合う友情。
惹き合う友情。
求め合う友情。
或いはこれら以外。
一体全体、どれを主題とすればよいのだ。
決められない。
どれもこれもおいそれとは選び取れないほどにすばらしいから。
ああ、書き出しが見つかれば自ずと描くべき友情も定まるものを。
ああ、描くべき友情が定まれば自ずと書き出しも見つかるものを。
(扉が叩かれる)
おや、鬱陶しいことに、誰かが扉を叩いている。
一体誰だろう。女中が夕食の時間でも知らせに来たのだろうか。
だが、女中だとするとおかしい。私は当主の食客だ。女中如きがこうも横柄に振る舞うはずがない。一声あってもよさそうなものだ。
すると別の誰かか。
いずれにしても迷惑な話だ。こんな時に誰かがやってくるなど迷惑千万。ただでさえ妙案が浮かばないのだ。この上、芸術を解さぬ俗人どもと触れ合うようなことがあれば、この作品もお終いというものだ。
(立ち上がって扉越しに訊ねる)誰かな。
伯爵
私だよ、文士殿。
文士
なんと、閣下でしたか。これは失礼を致しました。お赦しください。
伯爵
君と私の仲だ。構わないとも。
入ってもよいかね。
文士
もちろんですとも。
どうぞ、お入りください。
(小声で毒づく)文化人気取りの俗物め。よりにもよってこの忙しい時に一体何の用だ。お前は黙って金を出していればよいのだ。いちいちこちらに構ってくるな。鬱陶しい。
伯爵
文士殿、どうかしたのか。
間が悪いようならば出直してもよいが。
文士
いえ、どうもしておりません。
只今戸を開けますので、少々お待ちください。
(文士が扉を開けると伯爵が入ってくる)
伯爵
やあ、捗っているかね。
(文士の顔色を見て驚く)なんというひどい顔色だ。どうやら、一番鶏が鳴いて朝日が顔を出した時にはもう起き出して仕事を始めていた、というのは本当のようだ。
文士
はい。今朝方、創作意欲が不意に鎌首をもたげまして、とても暢気に眠ってなどいられなくなり、何をする間も惜しんで机に向かいました。
伯爵
それはそれは。君は芸術家の鑑だな。実に結構。
さて、その偉大な芸術家が日の暮れるまで、我々のところに顔も出さずに精を出したのだ。仕事はさぞかし捗ったに違いない。ひょっとすると、もう作品の一つや二つは仕上がったのではないかな。
文士
ああ、閣下、申し訳ありません。
朝から晩までノートとにらめっこを致しました。
(ノートの白紙を見せる)
しかし、これこの通り、たったの一行も、ただの一文字も書けてはいないのです。
伯爵
なんと、真っ白ではないか。たったの一行も、ただの一文字さえも書いてはいない。
文士殿、君は一体何をしていたのだ。まさか、日が出てから今の今まで眠りこけていたとでもいうのではあるまいね。
文士
いいえ、閣下、いいえ。誓ってそのようなことはありません。
私はずっと真面目に構想を練り続けておりました。書き出しをどうするか。題材をどうするか。私はただのそればかりを一心に考えておりました。
ただ、何一つとして浮かばなかっただけであります。
伯爵
なんということだ。半日かけて何も書けないとは。
一体どうしたことだ。
才能がついに尽き果てたか。
一日を無為の中に費やしたか。
これが幕引きに悩んでいるというのであれば私も何も言いはしない。
これが山場の盛り上げ方に悩んでいるというのであれば私も何も言いはしない。
ところが、君は半日かけて何も書けていないと言う。
そのような答えは聞くに堪えない。
君は一体何をしていたのだ、文章芸術を窮めた達人たる君は。
読み書きを学び始めたばかりの子供でも、半日あれば詩の一つくらいは仕上げるだろうに。
それなのに君は、一体どうしたことだ、半日かけてたったの一文字も書けていない。
それでよく芸術家の、文士の、と名乗れるものだ。
君はなぜそうも平然としていられる。
少しは恥じ入ってはどうかね。
君は全く怠けていたのだぞ。
文士
何を仰いますか、伯爵閣下。崇高な芸術が子供の落書きと同じだと仰るのですか。
伯爵
そうは言っていない。
子供でさえ半日で詩の一つくらいは仕上げてしまうのだから、修辞を窮めた君ならば、半日かければそれなりのものを仕上げられるのではないか、と言っているのだ。
文士
同じことです、閣下。子供が嫌々ながらの片手間に仕上げるものと、私が心血を注いで仕上げるものを、あなたは同じに扱っていらっしゃる。
伯爵
おお、文士殿、そのようなつもりはなかった。そのように聞こえてしまったのならば謝ろう。私の言い方が悪かった。
しかし、君に仕上げてもらうのは、大きな画布に色取り取りの油絵具をたっぷりと塗りたくる豪壮な油彩画ではないのだぞ。
紙切れにその黄金色のペン先で文字をちょいと書きつけるだけではないか。仕上げるのにそう長い時間が必要とも思えない。
文士(伯爵に食ってかかる)
あなたは文章芸術が絵画芸術に劣ると仰るのですか。
伯爵
文士殿、そのように声を荒らげるものではない。落ち着きたまえ。
文士
これが落ち着いていられるものですか。
伯爵閣下、あなたは芸術というもの全てに唾を吐きかけたのです。芸術家の端くれとして聞き捨てなりません。
よろしいですか、文学も絵画も、もちろん彫刻も、音楽も、真剣に取り組まれる限り、およそ芸術というものに優劣はありません。それを生み出す営みの偉大さも、苛酷さも、そこに違いはあれども優劣などありはしないのです。
厳然たる優劣が生まれる領域はもちろんありますとも。そうして生み出される美の良し悪しです。芸術は残酷です。営み自体に偉大さがあっても、力量が伴わねば美を生むことはできません。
だからこそ、どの芸術家も、時に己をも焼き尽くしかねない情熱と苦悩の中で、血を吐き、肉を削ぎ、骨を折りながら、魂を燃やして少しずつ少しずつ仕上げていくのです。文士は一字一句に懊悩し、絵師は一筆一彩に苦悩し、楽士は一指一吹に煩悶するのです。自らが到底芸術の名に値しないことを知りながら、それでも芸術を目指して足掻くのです。芸術家とは芸術家である者のことではありません。芸術家であろうとする者のことです。
確かに、さほどの時をかけず仕上げられる作品も、芸術の神の吐息の如く気安く吐き出される作品も、中にはありましょう。
しかし、それが芸術であるとは限りません。
ある詩人が即興詩に長けているとしましょう。
だからと言って、その優れた即興詩は必ずしも芸術ではありません。自身の全力さえも及ばぬ領域を目指す苦悩を経ずに吐き出されたものであれば、それはただよく出来た作品の一つでしかありません。たとえ、当代一の芸術作品を凌ぐ出来であろうとも。
もし即興詩人が作品を仕立て上げるほんの数分の間に、壮大な命題に挑む学徒のように真剣な苦悩を持ったとすれば、それは確かに芸術と呼ばれるに値しましょう。ですが、そうだからと言って、長大な叙事詩が芸術的価値を失うわけではありません。
全てはそうなのです。
そして私は芸術家を以て任じております。情熱と苦悩の中で、血を吐くように文を吐き出すことしかできないのです。私を掃いて捨てるほどいる売文詩人どもと一緒にしないでいただきたい。私も作品を売りはしますが、彼らの売り物が所詮インクでしかないのに対し、私の売り物は生き血なのです。
ですから、閣下、どうか、私がペン先に滲ませるインクは、全て搾り立ての生き血で出来ているとお思いください。
私の原稿は他ならぬ私自身の血で書かれているのです。
伯爵
ああ、すまない。
私が全く間違っていた。
君の気分を害したこと、芸術に無礼を働いたことを、共に詫びよう。
文士
おわかりいただけたのであればよいのです。
私の方こそ、閣下に対し無礼を働きましたことをお詫び申し上げます。
伯爵
うむ、君の謝罪を受けよう。
ところで、君の見解を耳にし、疑問に思ったことがあるのだが。
文士
何でしょう。
伯爵
私にはどうにもわからないのだ。芸術とはそうまでも肩に力を入れてかからねばならないものなのか。もっと気楽に済ませるわけにはいかないのか。
素人の愚見かもしれないが、私には、芸術とは人を喜ばせるものではないかと思えるのだ。
いつだか、これは失敗作だから世に出さずに始末したいと言って、君が原稿を焼き捨てようとしたことがあっただろう。
私は焼く前に見せてくれるよう君に頼み、ゆっくりと目を通した。
すると、大変面白かった。
私がぜひにと頼み込んで出版したそれが大評判を取ったことは君もよく憶えているだろう。
文士
『歩き回る影』でしたか。私は今でもあれの出来に納得がいっておりません。あんなものを世に出したという事実は私の人生の汚点です。できれば取り消したいものですな。
が、あれは確かによく売れました。
伯爵
ならば、それでよいのではないか。
失敗作だというものでさえ、人々を楽しませるに十分なものだったのだ。それならば、血を吐くような思いなど必要あるまい。
なるほど、確かに血のインクで書き上げれば、神々に捧げるに足る見事なものが出来上がるかもしれない。
だが、君の作品を読むのは神々ではなく人々なのだ。苦しみながら、少しずつ、いつ仕上がるかもわからない遠い道程を歩む必要などなかろう。
楽しみながら、大股に、すぐ果ての見える道を辿るので十分なのではないか。何と言っても、君が失敗作と呼ぶものですら、我々には十分な楽しみとなるのだから。
そのように顔が蒼褪めるほど苦しい思いをすることはない。
(文士が大きく溜息をつく)
文士
伯爵閣下、やはりあなたはわかっておられません。
伯爵
わかっていない、と言うと。
文士
薄々感じておりましたが、やはりあなたは芸術を理解しておられません。
私があれほど言葉を尽くしても、あなたのお心には届かなかったようですな。所詮、凍てつく魂に、焼けつく魂を苛む苦悩などわからないということなのでしょう。
伯爵
君が何を言っているのかはよくわからないが、何やら痛烈な言葉を投げかけられたのだろうことはわかるぞ。そして、私がまた何か君の気分を害する間違いを犯してしまったらしいことも。
さあ、説明したまえ。
私が何を理解していないと言うのだ。
凍てつく魂とは?
焼けつく魂とは?
一体何だと言うのだ。
何が気に入らない。
もったいぶらず、謎かけの答えを言いたまえ。
文士
あなたが何を理解しておられないのか。
本質的な意味において、芸術に妥協がありえないことです、閣下。妥協をした瞬間、芸術は芸術であることをやめてしまいます。既に述べた通りです。全力を以てしても届かぬ領域を目指す苦悩と努力なくして、どうして芸術と呼ばれる領域に至ることができますか。
なぜ苦しみながら生み出すのか。
苦しむことでしか生み出せないからです。一体、限界を超える試みに苦しみを伴わないものがありましょうか。限界を乗り越える試みなしに、最善など尽くせましょうか。芸術とは超克であり、最善であります、閣下。
凍てつく魂とは何か。
あなた達のことです。あなた達の在り方そのもののことです。
焼けつく魂とは何か。
私達のことです。私達の在り方そのもののことです。
およそ、人の世には二種類の魂があるのです、閣下。
一方はあなた方、凍てつく魂。
一方は私達、焼けつく魂。
これは生まれ持ったものであり、両者は同じ人でありながらも全く違う人なのです。だからして、互いを理解することなど叶わぬ望みでしょう。
伯爵
おお、文士殿、答えてくれ。
凍てつく魂とは何なのだ。我々は何なのだ。
焼けつく魂とは何なのだ。君達は何なのだ。
我々は何が違う。
君達は何が違う。
文士
それではお答え致しましょう。
凍てつく魂とは、自らは何の熱も持たず、固まったまま動かない魂です。こうした魂は、外から熱を貰って融けなければ、何一つとして為すことができません。
焼けつく魂とは、自らを薪として燃え盛り、四方八方に熱を振り撒く魂です。こうした魂は、その身を焼き尽くす熱に浮かされ、何かを為さずにはいられません。
凍てつく魂には自ら熱を発する焼けつく魂のことは理解の埒外です。
焼けつく魂にも、熱を持たない凍てつく魂のことはわかりません。
ですが、焼けつく魂にはわかることがあります。凍てつく魂を融かす熱とは、そう、焼けつく魂が発する灼熱を措いて他にないことであります。
もうおわかりでしょう、閣下。
熱とは芸術のことであります。
凍てつく魂の凍りついた世界には芸術の熱を吹き込んでやらねばどうにもなりません。
そしてちょうどよいことに、焼けつく魂の燃え盛る世界からは、芸術の熱が溢れ出しております。
伯爵(密かに呟く)
まるで哲学者の屁理屈を聞かされているようだ。わかったようなわからないような……煙に巻かれているのではないか。
大体この男は詐欺師も真っ青の言葉の達人だ。私を丸め込む程度のことは朝飯前だろう。ペン先を達者にすればよいものを、舌先ばかりを肥え太らせおって。三文文士め。
それにしても、言われっ放しというのも癪だ。
どうにかして鼻を明かしてやりたい。
何か言い返してやろう。
(文士に答える)なるほど、凍てつく魂と焼けつく魂のことはわかった。
だが、いささか疑問に思うところもある。
まず、君が言うには、二つの魂は根本から異なるもののようだ。
しかし、芸術家を自任する者の中には到底焼けつく魂など持っていそうにない者も多い。
それに、君は私を凍てつく魂と呼んだが、もし私が君のように芸術を志したとすれば、それはどうなるのだ。優れた芸術に触れて自らも芸術を志す者はどうなのだ。私が見聞きした限りでは、偉大な芸術に触発された芸術家は多い。
文士
そういう芸術家は自任しているのみです。焼けつく魂を持たないのであれば、決して芸術家などではないのです。単なる道楽者か人生の落伍者ですな。
あなたが芸術を志したとしたら?
もしあなたが本当に自らを焼き尽くすほどに燃え上がったならば、それはあなたが湿気った薪であり、芸術の種火によってあるべき姿を取り戻したのに過ぎません。あなたはそもそも凍てつく魂などではなかったのです。
しかし、もしあなたが凍てつく魂に過ぎないのであれば、たまたま鏡のような表面を持っていたがために焼けつく魂の光を束の間照り返す氷塊でしかありません。程なくして融け落ち、芸術を志したことなど忘れてしまうでしょう。よくあることです。或いはご経験がおありではありませんか。
伯爵
なるほど、湿気った薪と照り返す氷塊か。そう言われればもっともな答えだ。
では、もう一つ問おう。
凍てつく魂は融けなければ何も為せないと言うが、では、凍てつく魂が融けてしまったらどうなるのだ。最早融けるところのない魂はどうなるのだ。
焼けつく魂は自らを薪として燃え盛ると言うが、薪と言うからには燃え尽きることもあろう。最早燃えるところのない魂はどうなるのだ。
文士
凍てつく魂が融けきれば、死に至りますな。
焼けつく魂が燃え尽きても、行き着く先は同じです。
伯爵(仰天する)
それでは、芸術とは死に至る毒ではないか。
芸術が人を豊かにするだと。馬鹿馬鹿しい。
これでは芸術など存在自体が害悪だ。
文士
いいえ、閣下、いいえ。
芸術は確かに死をもたらします。
ですが、それこそが生であります。
生は死を以て完成されます。死によって終わらない生は生によって始まらない死と同じもの。理屈の上でも本質の上でもありえません。生は一生かけて死に至るのです。
凍てつく魂は融けて死なねばなりません。それこそが生きるということです。融けない氷は生きてはおりません。
氷は融けて水となり、水は散って気となります。
ですが、氷はそれを喜ぶわけでも、望むわけでもありません。
そうしなければ生きられないのです。氷にとっては融けて水になり、散って気となることが生きることなのです。
そうして初めて氷は生きたと言えるのです。
焼けつく魂は燃え尽きて死なねばなりません。それこそが生きるということです。燃え尽きない薪は生きてはおりません。
薪は燃えて焼け落ち、灰となって消え散ります。
ですが、薪はそれを喜ぶわけでも、望むわけでもありません。
そうしなければ生きられないのです。薪にとっては、燃えて焼け落ち、灰となって消え散ることが生きることなのです。
そうして初めて薪は生きたと言えるのです。
生とは苛酷なもの、苦痛に満ちたものなのです。しかし、芸術の喜びは生の苦しみよりも深い。だからこそ生の原動力となるのです。
よろしいですか、閣下。
人は芸術がなければ生きられません。
人は芸術を作らねば生きられません。
そこに芸術の価値と意義があるのです。
ですから、どうか、芸術を台無しになさるのはおやめください。
切に、切にお願い申し上げます。
伯爵
なるほど、よくわかった。
君の言うことはもっともだ。私が全く間違っていた。不明を詫びる。
しかし――ようやく君に一つ反撃ができる――君は一つ心得違いをしている。
文士
私が心得違いを。
それは一体何でしょうか、閣下。
ぜひご指摘ください。
伯爵
君の言をそのまま受け取るならば、凍てつく魂は焼けつく魂なしには生きられないが、焼けつく魂は凍てつく魂など必要としないかのようではないか。
文士
いかにもその通りであります。
伯爵
なるほど、では君は私、いや、私を含む一切の後援者を持たずに芸術を生み出せると言うのだな。
これは楽しみだ。ぜひやってもらおう。
文士
閣下、それは屁理屈というものではありませんか。この議論とそれは全く異なる問題です。
意地悪を仰いますな。
伯爵
屁理屈。
意地悪。
果たしてそうだろうか、文士殿。
なるほど、君の言う通りならば、我々凍てつく魂は自らを融かす熱を持たないから、確かに君達焼けつく魂から熱を貰わないことにはどうしようもない。
しかし、君達焼けつく魂はどうだ。
君達が発する熱を受け止める者がいなければ、その営みは空しいものにならないか。
君達自身を焼き尽くす熱を和らげる者がなければ、その営みは始まる前に終わりはしないか。
つまりは、文士殿、凍てつく魂と焼けつく魂は、互いに互いを必要としているのだ。
仲良くしようではないか。
歩み寄ろうではないか。
きっと、我々は近づけば近づくほど、激しく、長く、そして美しく生きることができよう。
文士(伯爵を無視して叫び出す)
わかったぞ。
そうだ。
これだ。
この友情だ。
全てだ。
全てがここに集約される。
つまりは、そうだ、我々の友情なのだ。
伯爵
文士殿、どうしたのだ。
文士
伯爵閣下、感謝致します。
主題が見つかりました。
書き出しが浮かびました。
申し訳ありませんが、お引き取りいただけませんでしょうか。
閃きがあったのです。この一瞬の輝き、見えた途端に掴まねば永久に失われてしまうものを、私は逃したくありません。
ああ、こうする内にも去ってしまう。待て、もう少しだけ待ってくれ。
ああ、閣下、どうか、どうか、お願いです。私にこの閃きを掴むことをお許しください。
(返事を待たずに机に向かい、猛然と書き始める)
伯爵(独り言)
やれやれ、ようやく文才が働き出したか。
まったく困った怠け者だが、何よりも困り者なのは、その怠け者が生み出すものを愛してしまうこの私だ。
それがもたらされる時を思えば、多少の無礼や無為など簡単に赦せてしまう。
怒りを覚えることすらない。
ただ、待ち焦がれ、ますます惹きつけられるのみだ。
咎め立てなど思いも寄らない。
ただ焦がれて待ち続け、手にすれば無心に貪るのみだ。
待たされる間にどれだけの悪態をつこうとも、いざ物を渡されれば怒りも苛立ちも忘れてしまう。
餌を投げ与えられた犬のようだ。
ああ、そうして私は毒餌を喜んで貪り食らうのだ。
ああ、芸術とはまさしく死に至る甘美な毒薬よ。
創る者も貪る者も諸共に死にいざなう。
(伯爵、退場。書斎には文士だけが残る)
(閉幕)