かりんとう
『馬鹿野郎っ!』
日曜日の午後寛治の怒声が響いた。
『お母ちゃんに謝れっ!』
おやつが姉より少なかった慎太郎が、怒って母信子のお腹を叩いたのだ。
『ううっ、いやだっ。いつもお姉ちゃんばっかいっぱいもらってるじゃないか』
『それでも人を叩いていい理由にならないだろ。どんな時だって人を傷つけちゃいけないんだ。まして女性には優しくしなければいけないんだよ。いい子いい子してあげないと駄目なんだ』
『ううっ』
『なっ、謝っちゃえ。ごめんなさいって。お父ちゃんも謝るよ。馬鹿じゃない慎太郎に馬鹿って言っちゃったから。ごめんな』
そう言いながら寛治は慎太郎の頭を撫でた。
『ご、ごめんださい』
『よしっ!偉いぞっ。信子さんも許してあげるよね?』
『うん。ごめんね、慎太郎はもうこんなにお兄ちゃんになったんだから、おやつもお姉ちゃんと同じだけあげないとね。・・・でも、かりんとう全部無くなっちゃったの』
『ううっ、食べたい』
慎太郎は心中まだ治まっていないようだった。
『泣くのおよし?やさしいお父ちゃんが分けてくれるからね?』
かの子がそう言うとみなの視線が寛治とお皿いっぱいのかりんとうに向けられた。
『えっ!お父ちゃん?なんで?お父ちゃん昨日の胡麻センベイも食べてないよ?』
泣きそうになる寛治に信子が追い打ちをかけた。
『あなた一番お兄ちゃんでしょ!』
『ううっ、末っ子がよかった』
寛治は泣きながらかりんとうを慎太郎の皿に移した。
『偉いぞお兄ちゃん』
かの子が言うとみんな笑った。
それを聞いていた隣の長島さんは泣いていた。
『おい婆さんっ。こないだもらったお菓子の詰め合せ隣に持っていっておやりっ』
泣いていた寛治が笑うのはこの五分後の事だった。