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旅立ちの日

あれから八年が過ぎた。

高校をでたかの子が看護学校に進むために遠くへと旅立つ日だ。

進路が決まった昨秋から、寒い時期を越え、梅が咲き出した頃からお別れが近づいてきている事は十分に分かっていた。

でもなんだか実感がわかないまま今日という日を迎えてしまった事を、寛二も信子もそして、新太郎も、茶太郎だって後悔の気持ちが少しあるのかもしれない。

一人だけ違うのは新しい生活に向かってまっすぐに目を輝かせているかの子だろう。

新しい桜色のセーターを着て旅立つ我が子を見て、寂しい反面、心から誇らしげに思う寛二と信子であった。


玄関にて、戸を開け旅立つかの子を見送ろうと家族みんなが集まった。


「お盆には帰ってくるんだろ?」


寛二がかの子の肩に落ちた桜の花びらを掃いながら問いかける。


「うーん、忙しいから、わかんないけど」


「帰ってくるわねぇ?」


信子がかの子の頭を軽く撫でながら問いかける。


「だから、忙しいから」


「帰るよね?」


続いて新太郎がかの子のスカートの裾を引っ張る。


「いや、だから」


「ふにゃ」


信子に抱えられたすっかりおじいちゃんになった茶太郎が止めを刺す。


「帰ってまいります!」


「えがった、えっがった」


皆が一同に顔を見合わせると朗らかに笑った。



「おーい、これから行くのかい?」


前の家から黒間夫婦、隣から長島の老夫婦が顔を出した。


「これつまんね−もんだけど持ってってよ」


「え、おじさん、ありがとう」


「つまんねーもんだけど、女の子はお洒落しねーとな」


「のん兵衛の癖に分かってるじゃん」


「あたりきしゃりきよ、こちとら江戸っ子でぃ」


「やーね、この人ったら」


「あははは」



新居について包みを開けたかの子が、中に入っている巨人のはっぴを見て落胆するのはこの日の夕方のことである。


「長島のおじいちゃんもおばあちゃんも元気でね」


「ごほっ、ごほっ、わしも年だしもう会えないかもしれないのぅ」


「何言ってんの、まだまだ長生きしてよね」


「お盆には帰ってくるんだろぅ」


「うーん、忙しいからねえ」


「え?」


「あ?」


「は?」


「あんだって?」


「うん?」


「なに?」


一同が声を揃える。


「帰ります。急いで帰ってきます」


「だよねー」


一同が再び声を揃える。


「ふふふ」


「あははは」




こうして紆余曲折を経て、かの子は新しい生活へと旅立っていった。

電車に乗りひとつ空いていた席に腰掛けると、早速母信子が作った大層な重箱のお弁当の包みを開いた。

ふと、横に挟んであった封筒が目に留まる。

封筒開くと、中には一通の便箋が入っていた。



                                          

背景

かの子様お元気ですか?

て言うかさっきまで一緒だったけどさ。

元気にこしたことは無いよね。          


向こうに行ってもお父ちゃん、お母ちゃん、慎太郎、みんなで応援してるよ。

辛いことがあったり、悲しかったり、誰か心ない人に否定されたとき、自分が一人だなんて決して思わないで。

孤独なんて思わないで。

みんないるよ。

みんな想ってるよ。       

何も言えないけど、とにかく元気でいてな。    

どこにいても元気で笑っていてな。

嫌だったら帰ってくるんだよ。

でも少しは我慢するんだよ。

でも少し我慢したら帰ってくるんだよ。                    

なんか分けが分かんないけど、お盆に帰ってくるんだよ。


それまで元気でね


敬具


父&母より                     



手紙と一緒に入っていたポスト型の貯金箱。    

裏にはマジックで『かの子貯金』と書かれてあった。

慎太郎貯金もあるのだろうか、そんな事を考えながらかばんのチャックを閉めると窓の外を眺めた。   

街の自慢である桜並木が今年も綺麗に咲き誇っている。

毎年当たり前のように見てきた風景も、今年は何だか違うふうに感じた。

  

家族や近所、友達など自分を支えてくれる人達と重ね合わせ、自分を新しい道へと導いてくれているようであった。

                    

「いつもありがとう。これからもよろしくね」               


心の中でそう言うと、静かに目を閉じた。

小さな夢と大きなかばんを載せた列車は、輝かしい未来へ向かってひたむきに走っていった。                 




---その日の夜、山倉家での一人減った食卓は、なんだかメインディシッュがないディナーのように淋しい感じがした。

                    

「お姉いなくなっちゃったね」  


慎太郎がやや沈んだ空気を察するように口を開く。

             

「何言ってやがんだ、いなくなってなんかいないよ」            


寛治はそう言いながらコップのビールを飲み干した。

            

「このでっかい気持ちの真ん中にかの子はいるんだよ、なぁ?」             


寛治がコップを差し出すと信子はビールを注ぎながら微笑む。

                    

「そうよ。このカレーを見てごらん。ごはんの父ちゃんと、カレーの母ちゃん、にんじんのかの子がいてじゃがいもの慎太郎がいるの」


白いごはんにホカホカのルーをかけながら信子が言うと、寛治がうんうんと目を細めた。

                    

「ごはん、ルー、人参にじゃが芋が混ざって家族だわな」                


寛治の言葉に信子がニコっとうなずいた。


「ていうか、僕、おでんの時もじゃがいもだったよね」                       

「そう言えばそうね」               


「だな、相変わらずじゃが芋頭だな」                   


「ふふふ」                    


「あはははっ」                  


長い旅路の始まりの、桜舞い散る春の夜に、吹かば吹けよと雲は言う。

いくつも数えて待ち焦がれ、あの娘が帰るその日まで。

止まった時計は動き出す。その日が来たら動き出す。

あの娘が帰るその日になれば。


毎年庭で刹那にひと時の栄華を誇る桜の花が、旅立つ娘を祝福するように夜空で微笑んでいた。




特別賞         


必勝巨人さん  


家族みな        

笑って食べる      

カレーの日       

月夜が桜を照らしてる  

大事な娘が旅立つこの日

元気でいてねと     

エールを送る                  


書評          

一級俳句士 高柳原水師範


うーん、もはや俳句ではないですが、何となくいい感じですね。       

私も今夜はポチとカレーを食べます。

逃げた女房が残していったレシピを見て作ったカレーです。       

伸美、見てたら帰っておいでね。

旅立ちの季節なのでこんな終わり方にしてみました。

全部読んでいただいた方、ありがとうございます。

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