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しいたけ

「あー、なんか楽しいことないかなぁ」


日曜日の昼下がり、縁側に腰掛けて足をばたばたさせながらかの子がつぶやく。

「楽しいことかぁ」


それを聞いた寛治は、隣で青く晴れ渡った空を見上げながら、答えるようにつぶやく。


「父ちゃんがかの子くらいの時は何でも楽しかったさ」


寛治が続け様につぶやきながら、横目で娘を見た。


「何でもは嘘でしょ」


かの子は疑わしげな表情で、空を見ていた視線を父に移した。


「いーや、父ちゃんの頃は今みたいになんも無かったからな、何でも楽しかったさ」


古き良き時代を思い出すように遠くを見つめた。


「何でも?」


「ああ、何でもさ」


疑い深い娘に対し、良き時代を誇るように答えた。


「勉強も?」


「ん、ああ、もちろん」


「歯医者も?」


「・・・んーん、そうさ」

「しいたけも?」


「ん、ごほっごほっ、ぁあ」


咳払いをすると、視線を北北東に移しながら静かに頷いた。

秘かにしいたけだけは、初めて見た日以来、一切口にしたことが無い。

子供の手前、それは今まで内緒にしてきたが、小学生の女の子は何げに鋭い。



「ねえ、しいたけさんも?」


「んごほっ、ぼほっ、ぅん」


だいぶ小さく咳にまぎれた返事をすると、今度は視線を南南西に移した。

仕舞にその視線は上、右、下、左に行きつつ上、上、上と通常では有りえない動きをしだした。


「ねー、しいたけの何が楽しいの?」


国会における野党の議員のように、娘の追求は止まらない。


「んー、楽しかないな、うん」


「楽しくないの?」


「うん、裏側がなめくじみたいだし」


「なめくじ・・・嫌いなの?」


「んー、まあ、嫌い」


「しいたけは?」


「んー、まあ、うん」


床を無意味に人差し指でぐりぐり擦った。


「しいたけは?」


「・・・嫌い」


そう一言吐き捨てると、とても清々しい気持ちになった。


「あれはダメだよ、裏側が気持ち悪いよ、うん。表側もいささかアウト」


「へー、好き嫌いあるんだ?」


「うん、まあ、あれはダメ」

今まで隠してきたが、一度言ってしまえばなんて事はなかった。


「じゃあ、あたしもしいたけ食べないでいい?」


「いいよいいよ、なんだよかのちゃん」


本当にいいのかという疑問は浮かんだが、とりあえず娘の肩を軽く叩いた。


「じゃ、成立ね」


「そのようですね」


「あはははっ」


穏やかな陽気の午後、二人の笑いが庭に響いた。

それを一部始終聞いていた台所の信子は、まな板の上の大量のしいたけを切り出すと悪そうにニヤリと笑った。

山倉家のハンバーグには、いつもしいたけがひそんでいることを二人は知らない。


ハンバーグを残さず食べる二人を見るのが、信子の秘かな楽しいことだ。



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