かとのの子
「おめでとうございます。 元気な女の子ですよ」
暑い暑い夏の日その子は生まれた。
「がんばった。よくやったなぁ」
寛治は涙を流しながら喜んだ。
「かの子だ!」
「え?」
「寛治と信子の子だからかの子」
「女の子ならそうしようと思ってたんだ」
「ちなみに男の子だったら慎太郎だったんだけどね。大好きだったおじいちゃんの名前なんだ。かの子っ。立派に元気に育つんだよ。お父ちゃんがんばるからね」
名前っていうのはとても大事な物だ。
一生身につける物だ。
かの子がかの子であり続けるかぎり、寛治と信子の大事な大事な子なんだ。
誰にでも名前がある。そして、そこにはつけてくれた人の想いがある。
その想いと同じくらいに大きい名前は本当に大事なものだ。
同じ日、三階の病室で田中かの子さんという92才のおばあちゃんが、食事の味にケチをつけ、看護士に食器を投げた。
近所でも評判のがめつい、意地汚い婆さんらしい。
生まれた娘の名前を聞いた看護士は泣きながら早退したという。
名前って本当に大事だ。
きっと、きっと、この娘が健康ないい子に育ちますように。
病室の窓からのぞく大きな太陽に、2人は心の中で手を合わせ祈った。
「うんうん、いい子に育つよ」
そう言うかのように真っ赤な光を放つ太陽は、新しい宝物を見守るように優しく私達を照らしてくれていた。