お風呂行こうね
「らららー、ってかぁ」
夕日がすっかり顔を隠した頃、微酔いの大黒柱が帰宅した。
「おーい、パパは風呂、飯、寝るの順でいこうと思うよ。お、思ふよ」
ご機嫌な父親を尻目に、残りのみんなはドラマに夢中の様子。
玄関に走ってくる者は誰もいない。
「かの子ちゃん、一緒にお風呂入ろうね、えへへ」
居間の戸を開けると寛二は赤ら顔で微笑んだ。
「はっ?なんで私が?」
「ええじゃないか、ええじゃないかっ、えへへ」
「嫌っ!絶対嫌っ!」
「二百円あげるよ」
「嫌ぁぁぁぁっ!」
二年生位までは一緒にお風呂に入っていたのに。
成長した娘の姿に感慨無量の父寛二。
「うんうん」と微笑みながら二百円を財布にしまった。
「じゃ、信ちゃん。行こうか?」
目線を変えると再び二百円を手に乗せ、女房に向けた。
「嫌っ!嫌ぁぁぁぁっ!」
「なんで?なんでそうなの?ううっ」
ショックでカバンを落とし、涙がこぼれないよう、天を仰いだ。
「しっ、慎太郎?」
「僕、入る」
「あっ、ありがとう。慎太郎は百円ね?」
まだまだ素直な長男の頭を撫でると、その小さな手に百円玉を一つ握らせた。
「ありがとう。明日も入る」
風鈴の音が夏の夜を涼しげに演出している。
「象さん!あはははっ」
お風呂場から聞こえる二人の笑い声がいつまでも鳴り響いていた。
何でもないけど楽しいひととき、いつかは大きくなってしまう我が子。
今しかない時間は「あっ!」と言う間に過ぎていく。
(もうちょっと小さいままでいてね。)
頼りない慎太郎の背中をタオルで擦りながら、うれしい気持ちの寛二だった。