隣のじいちゃん
寛治はこの家にもう36年住んでいる。
両親が亡くなって、今は三人と一匹の新しい家族と暮らしている。
ちなみに、慎太郎の飼っている虫は家族にいれない。
お隣の長島さんは寛治が生まれた時、いや、そのずっと前からの付き合いで、今だに子供の頃叱られた話をされる。
「おーい、慎ちゃん、寛ちゃんいるかいっ?」
庭でだんご虫をいじっていた慎太郎に長島さんが聞いた。
「お父ちゃん黒ちゃんと野球見に行った」
「なんだよ、久しぶりに将棋指そうと思ってたのにな。
じゃあ、慎ちゃんこっちでカステラ食べるかいっ?」
「食べたい」
「そうかそうか、じゃ、こっちにおいで」
慎太郎はだんご虫を大事に箱に入れると手を洗った。
「慎ちゃんはこの春で何才になった?」
「6才」
「そうか、慎ちゃんは虫博士になるんだったな。勉強してるんだな」
長島はお茶を飲みながら優しい眼差しで慎太郎を見た。
「慎ちゃんのお父さんなんかそらぁわんぱくで手が付けられなかったよ。あの悪ガキからこんなに賢い坊っちゃんが生まれるとわね、いや、信子ちゃんに似たんだなきっと」
長島はそう言いながら、我が孫を眺めるように顔をしわくちゃにする。 長島は御年82才で子供はいなかった。
その為か、すぐ隣に住む悪ガキをとても可愛いがった。
その可愛い悪ガキの子供が慎太郎とかの子だ。
可愛く思わない筈が無い。
「慎ちゃんおいしいか?昔はよく寛ちゃんが悪さしてねぇ、たっぷり叱った後にこうやってカステラやらだんごやら食わしてやったんだ。なぁ、お香代さん?」
居間で縫い物をする女房に視線を投げた。
「だめですよ、慎太郎ちゃんにそんな事言っちゃ。寛ちゃんはもう子供じゃないんですから」
「そらそうだ。あーっはっはっは」
「ごちそうさまでした」
慎太郎はカステラを食べると長島にお礼を言った。
「おいっ、待ちな。これ、みんなにも持っていってやりな。喧嘩と博打は江戸の花、カステラ、チャンポン長崎の花つってな」
長島さんはそう言うと、箱に入ったカステラを手渡した。
「ありがとう」
慎太郎は両手で大事そうにカステラを持ち、隣の我が家に戻った。
「おうっ、虫のやつがんばってな」
長島さんはそう言うと再びくしゃくしゃの笑顔で手を振った。
その日の昼過ぎ、長島さん家の呼び鈴が鳴った。
「はいはいっ。あれ?慎ちゃんどうしたんだい?」
「これ・・・・・・」
慎太郎は大事に持った箱を手渡した。
「うん?さっきあげたカステラの箱じゃないか。どうした?」
「開けて」
「うん?どれどれ。開けてびっくり珍道中ってか」
箱を開けるとだんご虫やらバッタが入っていた。
なにやら紙が一緒に入っているので開くと、おじいちゃんおばあちゃんいつもありがとうと書かれてある。
「あっあぁ、ありがとう」
その日の晩長島さんは泣きながら酒を飲んだ。
庭に逃がしてあげたバッタやだんご虫が慎太郎に捕まるのは次の日の朝のことである。 ちゃんと逃げなさい。
虫ってなんであんなに恐いんでしょう。子供の時はいっぱい捕まえたのに。