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人魚姫  作者: 楠木
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 片手で足りるほどの人数ではあるが、看護士が探しているのである。彼らに見つけられないものを僕らが見つけられるのか、という疑問は置いておく。

 大樹はわくわくしている顔を隠さなかったし、そもそも明日菜は病院に来ることが目的だった。ため息ひとつで了承してくれた。

 さて、と三方向に別れて女の子を探す。見た目が絶世の美少女、年齢は同じくらい、印象は白い、と告げると曖昧すぎるという突っ込みをいただいた。いや、実際僕が彼女を見たのは海の中と、引きあげてから救急車が来るまでの十分ほどの時間であり、美しすぎるものを見れば「美しい」という言葉以外に思い浮かばないものだと学習した。ホント、それ以外何も言えない。

 そこまで言うなら、と大樹はやる気を増したようで、ロビーからさっさと姿を消した。しかし僕らは彼女が姿を消す前からロビーにいたわけで、一階まで降りてきていないことになる。

 患者が歩き回れる範囲で、ふらふらしつつ心惹かれる場所?

 なかなか難易度が高い。僕は顎に手を当てて歩き回った。明日菜は別病棟を見てくるわ、といってさっさと踵を返した。確かに、看護士たちが真っ先に探し回った場所を見るよりも、まだ行っていない場所に行くほうが賢い選択だ。

 大樹の姿はない。どこに行った、と見渡した。まあ、いい。あいつも馬鹿じゃないから迷子になったりしないだろう。

 適当に明日菜と反対方向に足を向けた。一階部分は外来受付がほとんどで、普段なじみのない名前の科を物珍しく眺めた。ちなみに、病院にお世話になったことは幼い頃の高熱で入院した一回くらいだ。健康優良児と呼ぶがよい。

 コの字型をした区画を抜けた先にあったのは非常口だ。さすがにここから出たはずはない。踵を返して僕はロビーへと戻った。

 受付のお姉さんは僕へとひらひら手を振る。うーん、どうやらほかの誰も見つけていないようだ。

 病院から掻き消えた。そんなわけはない。人間一人が消えるなんて、普通はあり得ない。人間でなければあり得るのだが、僕が知る限り彼女は人間だ。

 さて、どうしようか、と僕は携帯を握った。

 白。

 あれ、と僕は目の端で動いたスカートを追いかける。ひらりと一瞬揺れて曲がり角に消えて行ったそれは、昨日見たものとよく似ていた気がした。

 ……なんのフラグだ、と大樹なら言うに違いない。

 僕の現在の使命は姿を消した女の子を探しだすことであり、その可能性があるなら追いかけるのがふつうである。スカートが曲がった先にあるのは病院の中でも自然を感じられるようにと設けられた中庭へと通じる道だ。

 しかし、ここはほかの人がすでに探していたような。

 とりあえず、追いかける。追いかける以外の選択肢はない。

 中庭に出れば小さな川と小道と木々が広がり、そんなに大きくはない中庭を開放的に見せている。上から差し込んでくる太陽光がきらきらとまぶしかった。

 その中心で、その子は小川を覗き込んでいるようだ。


「……そこの君」


 僕が声をかけると、その子はこちらをゆっくり見た。

 耳にかかるほどの長さしかない髪の毛がふわりと揺れる。

 真っ白だと思っていた髪の毛はどうやらうっすらと青かった。青磁、というのだろうか。青みがある白だ。肌も白く、ただその中で赤い瞳がきょろりとこちらを見ていた。

 アルビノという言葉が頭をよぎる。

 極端に色素の薄いウサギを見たことがある。それの人間版か、と思ってみていると、その子は水の流れを見ていた体勢から僕へと体を向けた。

 スカートだと思っていた服装は、病衣だ。すとんとして飾り気のない病衣を着ていると、目の前の女の子がとても病弱に見えてくるから不思議だった。いや、実際弱っているかもしれないし、あまり病室から離れるべきではない。だからあんなに慌てて探していたわけだし。

僕は彼女を一刻も早くベットに寝かさないといけない気がしてきた。


「あ、えっと、そう、気分はどう? 気持ち悪いところとかないかな?」


 自己紹介をすべきか。

 いやいや、突然現れた男がいきなり自己紹介を始めたら引くだろう。ドン引きするだろう。僕が他者に誇れるほどイケメンであればどうにかなった問題も、僕が笑ったところでひきつった笑みにしかならない。

 その結果、口から出てきた言葉はさらに不信感を増すのではないか。言ったあとだ。もうどうにもならない。取り留めのないことばかりだが、声が出ないと聞いていたのに尋ねてどうする。だが言葉の意味もわからないのか、少女は首を傾けるばかりだ。

 年齢は、同じくらい。きょろりとした赤い目と全体的に白すぎるだけで、あとはまるでよくできた人形のようにきれいだ。人形なのかな、と一瞬でも思ってしまうほど、それは完成された美といえよう。

 赤い目。溺れている彼女を見つけたときには、瞼の奥に隠されていたもの。じっと見つめてくる視線に居心地悪さを感じ、口調はさらに早くなる。

 うん。女の子に慣れてないんだよ。仕方ない。仕方ないったら。


「君を探していたんだ」


 見つかってよかったよ、ととにかく口を動かした。動き回れているということは、おそらく生活に支障はないだろう。

 気になるのは記憶がないことと、衣服も持っていないこと。言葉もしゃべれないとくれば、両親に連絡を取ることもできない。これだけきれいな女の子なんだから、きっと親は心配して探しているだろう。案外、捜索願とか出ているんじゃないか。

 よくわからない仕組みについて頭を悩ませるのはやめた。難しいことは警察にしてもらおう。僕に手助けできることなんてありゃしないんだから。病室に連れ戻す協力くらいはできる。できることをできる限りすれば十分だ。

 僕が差し伸べた手を彼女は不思議そうに見た。そこではっと気づいた。この手を握って、といわんばかりのその態度に恥ずかしくなって手を引っ込める。いやいや、ついその場の雰囲気に流されてしまった。

 うん。絵的に辛い。


「ええっと、行こうか」


 差し出した手を誤魔化し、ドアの方へと指をさした。喋れなくても聞き取れないことはないだろう。

だが、少女は動かなかった。あれ。まさか声も聞こえないとか? しかしそんなこと、誰も言ってなかったのだが。

 何を思ったのか、ととと、と軽い足取りで僕の進行方向へと来た。ああ、もしかして警戒していたのかな、と思いながら、ドアを押さえる。どうぞ、と促したがドアのまでぴたりと動きを止めた。

 再びじっと僕は見つめられた。

 いやいや、勘違いしそうになるほどの美少女だな。落ち着け。僕。顔が赤くても仕方ない。だって目の前にいるのは(以下略)


「どうしたの?」


 根性で絞り出した言葉は無駄になった。

 彼女は何を思ったのか、僕の指先をぺろりと舐めた。

 その瞬間をどう表現したらいいのだろうか。桜色の唇から舌が伸びて僕の指をぺろりだ。ぺろり。そう、ぺろりと舐めたのだ。ちろりでも可。頭の先からつま先までその「ぺろり」の瞬間に支配された。

 今まで十七年間生きてきて、そんなことをされたことは一度もない。だってペロリだ。何度でも言う。

 さらに、少女はそれにも飽き足らなかったのか、指を出したポーズのまま固まった僕の指を今度はぱくりと口に含んだ。

 第二次衝撃(セカンドインパクト) ペロリとパクリの衝撃は筆舌しがたい。できればその場で悶えればよかったのだが、衝撃が一回りして理性が戻ってきてしまった。


「あ、あ、あ、あ、あ、ちょお!」


 あむあむと甘噛みされて僕は我に返った。よくぞ我に返った。理性は本能に勝った。いやあ、危ない。


「何を! してるの! いや、気持ちよかったんだけど! そういうことじゃないけど!」


 普段の口調も怪しくなる。衝撃だった。いろいろ本音も漏れた。

 あむあむと甘噛みされた指を引っぺがし、僕は距離を取った。普通逆じゃないのか。気持ちよかったなんて思っちゃいけない落ち着け落ち着け落ち着け僕。

 この子は普通の子ではない、とそのとき僕の頭の中に刷り込まれた。猫だ。まるで猫のようにしなやかで、まさしく指を甘噛みするところなんて猫そのものじゃないかははは。

 顔はおそらく真っ赤。人生においてここまで赤くなったことなんてありゃしない。なんとか彼女の指をつまんで、こっち、と案内する根性は見せた。

 だが、同じく少女を探していた看護士を見つけて引き渡して、僕は即座に撤退を選択した。その間人間として言葉を話すことを放棄していた。察してくれ。

 少女がこちらを見ていたなんて気を配る余裕はなかった。

 腑抜け? ヘタレ? 言われても仕方ない。

 同い年くらいの、美少女に! それも自分の好みど真ん中の女の子にこんなことをされて正気でいられるのか? 軽く正気で大丈夫とかほざく奴はきっと枯れている! 枯れているに違いない!

 僕は全力で大樹の携帯に電話をかけた。数コールの後で大樹の呑気な声が聞こえた。


「先に帰る!」


 落ち着けない! 落ち着けるか!

 この状態のまま大樹に電話をしたのがまずかったのだと僕が知るのは後からである。


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