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回想編その1です。
浩明と凪の出会い編です
浩明と凪のファーストコンタクトは、引っ越し先の下見の時だった。
当時、英二と夕の二人で不動産屋に行き、条件に合いそうな候補が幾つかに見つけてもらい、下見に行く事になったのだ。
ところが浩明は、引っ越し先にはあまりこだわっていなかったため(本屋が近くにあれば問題なかった)、「二人が決めた所ならどこでもいい」と、丸投げを決めて下見に行かないつもりであった。
しかし、「これからの生活の為にも下見は必要よ」と言う、夕の説得により渋々、付き合う事になったのだ。
「どうヒロ君、久しぶりの地元は?」
「いいんじゃないですか?」
移動中の車内で、助手席に座っていた夕は、後部座席にいる浩明に聞いたが、浩明は、周りの景色をぼんやりと眺めながら興味なさげに答えた。
もともと、ロクな思い出がない故郷に帰る事になった浩明には、まだ心の準備が必要な期間だったのもあったのだろう。
―ひと通り見て、さっさと帰りたいな
最後に見た五年前とあまり変わっていない景色を見ながら、浩明はその事だけを考えていた。
「こちらが一番おすすめの物件です」
藤原と名乗った不動産屋の女性社員が案内してくれたのは、浩明が通う青海高校と商店街から少し離れた住宅地だった。「立地条件はちょっと悪いかと思いますが、なかを見ていただければ、おすすめしたわけが分かっていただけますよ」
自信有り気にドアの鍵を開けて、三人を中に案内した。
「おぉ、内装は和風で落ち着いたかんじだな」
「はい、前に入居されていた方が改装されまして、そのままにしてあるんです」
気に入らなければリフォームしても構わない、と付け加えた説明を聞きながらリフォームなしならすぐに営業可能な店舗部分を三者三様に見渡す。
ひと通り確認を済ませると、次に夕にとっての城である厨房へと案内してもらう。
「あら、機材が残してあるのね」
「はい、こちらも以前借りられていた方が残していかれたんですよ」
「これなら、すぐにでも営業出来るわね」
開業する以上、色々と掛かる諸経費の削減が出来そうだ。夕の顔に笑みが浮かぶ。
「けどさ、立地条件は大丈夫なの?」
住宅地のど真ん中でケーキ屋、上手くいくような気がしない。ましてケーキは毎日頻繁に売れるような気がしないと、浩明は思っている。
「ヒロ君、まだここに決めたわけじゃないのよ」
「それに、そういうのは俺達の努力次第でどうにでもなるんだぞ」
二人が安心させるように言った。浩明に店の経営の事を危惧されたのがちょっとショックだったようだ。
「あの……二階の案内に行ってもいいですか?」
微妙に口を出しにくい雰囲気を払拭するように出された提案に「お願いします」と英二が答えた。
リビングに案内され、広さと日当たりにひと通り感心してから、寝室に案内された。
「この広さでしたら、おふたりの寝室に相応しいのではないですか?」
「えっ!?」
気を効かせたつもりなのか、何気ない一言に英二と夕が同時に声をあげた。
英二と夕が結婚する予定での新居探しだと思っていたらしい。
「いやいや、俺達はまだ結婚する予定はありませんよ!」
「そうですよ! ただでさえ独立するのに精一杯で結婚なんか!」
藤原さんに対して、意味のない弁解(俗に言うノロケ)を始めた二人を見ながら
―藤原さん、墓穴を掘ったな
浩明は心の中で「ご愁傷様」と呟いた。
遠距離恋愛が長かった英二と夕の二人、当然、一緒にいる時間よりも離れている時間が多く、二人一緒にいる時の初々しさ(バカップルの暑苦しさ)は健在で、何も知らずに二人の仲の良さを話題に出そうものなら、二人から返ってくるノロケは洒落にならない。実際に、夕を紹介された時に「英二兄さんのどこを好きになったの?」と聞いてしまった浩明は、二人の馴れ初めから延々と聞かされる羽目に陥った事がある。その時の感想は「砂糖、蜂蜜、水飴山盛りの練乳をひたすら飲み続けているようだった」の一言に尽きる。
―こうなってしまったら暫くはかかるな
英二と夕が満足するまで放っておく事にして、浩明は三人に気付かれないように部屋を出た。
部屋から出ても、やる事もなく、仕方ないので先に他の部屋を見てみようと、向かい側の南西側の部屋の扉を開けた。
「あっ、結構ひろ……」
部屋の中を見渡すと窓際の日だまりの出来た場所に女の子が横たわっていた。
「……」
予想外の光景に思考が止まり、言葉が途切って扉を閉めた。そうしてから、こめかみを中指で軽く当てながら、部屋の中の光景を脳内再生させながら動揺した心を落ち着かせてから、再び扉を開けた。
「よし、見間違いじゃない」
自分の目と伊達眼鏡の高性能レンズ(ズーム機能付き)が不良品じゃない事を確認すると、視線を部屋に向けながら、英二達のいる部屋に向かって「あ~、藤原さ~ん」と、手招きをして三人の視線をこちらへ向けた。
「お客様、どうかしましたか?」
「ひとつ聞きたいんだけどさ……この家、機械設備の他に座敷童も置いてあるのかい?」
「はぁ……」
回りくどい質問に意図が分からず、藤原さんは曖昧に返事をしてから、浩明のもとへやって来て部屋の中の光景を見て
「なっ!!」
驚きの声を挙げた。
改めて部屋を見渡すと、窓が内側から開いている事から、この窓が以前から閉め忘れていて、易々と不法侵入が出来た事になる。明らかな不動産屋の管理不十分だ。
次に、何も知らずに寝息をたてている少女に近付き、しゃがんで様子をうかがう。格好はラフな赤いTシャツに黒のミニスカート、すらりと伸びた足を覆うように黒のニーソックス。髪型は短い髪を両側で纏め、あどけなさの残る寝顔は思わず見とれてしまいそうだ。そして、横に寝そべった事により強調された胸元は……
「ヒロ君」
夕に名前を呼ばれて、浩明は魅入っていたそこから視線を外した。
「ま、まぁ、あれだ。とりあえず起こすか?」
「当たり前でしょ」
夕にジト目で言われて、自分の行為を誤魔化すように少女の肩を揺らし始めた。
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