第2部4話
「ほ、星野、今のって、し、収束型魔法?」
凪は唖然としながら、浩明が行使した魔法について聞くと、浩明は「えぇ、そうですけど」と事もなげに答える。
「嘘でしょ……、まだ制御確立してない筈の術式でしょ」
「おや、師匠は簡単にやってましたよ」
「マジで?」
凪は呆気に取られる。
収束型圧縮魔法。収束型魔法による大気を収束、圧縮させ、一気に解放させることにより爆発的な威力を得るそれは、大気を収束させる収束魔法、圧縮魔法、その大気を纏める固定魔法、その三つを同時に構築する必要がある。永続式魔法の三重発動。魔力粒子を著しく消費するそれは術者に多大な負担を掛け、未だに実用化が不可能と言われている。
「まだまだ、師匠には遠く及びませんねえ」
しかし、それを浩明は事もなげにやってのけたうえで感想は、「結果に満足していない」という納得のいかない物言い。
感触を確かめるように手を握ったり広げたりしている浩明を見ながら、この男にとっての師匠とはどれ程の頂なのかと言葉を失ってしまう。
「灯明寺、分かってるとは思いますが」
「勿論、皆にはいわないわよ」
認識阻害を掛けておいて正解だ。今の術式が広まれば浩明のもとに研究者が殺到するだろう。未だに実用化の目処すら立っていない魔法を行使する事が出来る魔術師だ。喉から手が出る程の人材だ。
手許に置くことが出来ずとも、せめて理論だけでもと躍起になる筈だ。
それだけの価値を浩明は持っている。
しかし、それを浩明は必ず拒否するだろう。でなければ、秘密主義を貫いている筈がない。
それでもと来る人間に対しては、それ相応の対応をするだろう。それも、自らの実力によって物理的にだ。関係者全てを合法的に再起不能、二度と表舞台に出てくる事がなくなるまで躊躇する事なく徹底的にだ。
さすがに、死刑執行に等しい事をする度胸は凪には持ち合わせていない。
「そうそう、もう認識阻害は解除してもらって構いませんよ」
「あ、そ、そう。分かったわ」
言い掛けて、凪はコンバーターに手を添えたところで動きをとめる。未だに浩明に抱えられた状態で術式を解除してしまえば、お姫様抱っこ状態というかなり恥ずかしい姿を曝してしまう。一度見られてはいるが、先程のは事故を避けるための緊急措置。されるのは満更でもないが衆目に晒されて平静を保てる程、凪の精神は太くはない。
「あのさ、その前に下ろしてくれる?」
ジト目での要求に、浩明も「あぁ、それは失礼」と配慮が足りなかった事を詫びて凪をおろした。
「あのさ、わざわざ私を抱えて逃げる必要あった?」
「はい?」
浩明が首を傾げる。
「あの時、飛んできた瓦礫を破壊するとか、他にも選択肢はなかったの?」
「防壁があるからとはいえ視界は丸見え、そんな所で手の内を晒すか、既に見せている身体強化を使い逃げるか、考えるまでもないですよ」
「あぁ、ですよね……」
凪にすら自身の魔法を見せようとしない秘密主義。答えは単純なものだった。
「お前達、誰が勝手な行動を取れと言ったんだ!」
凪が認識阻害魔法を解除すると、同様に防壁魔法を解除した赤松が憤怒の形相で詰め寄ってきた。
「何をって、問題を起こしていると言われたのが癪でしたので、消火に当たるべきかと思いまして」
「私はその手伝いですが?」
不快感を露にする赤松に対して、浩明と凪はさも当然と答える。
「何だと?」
「それとも、風紀委員長である自分に従えとでも言いますか?」
すっと、浩明の雰囲気が変わったのが凪には分かった。明らかな臨戦体勢に入ったようだ。
「そ、その通り……」
「爆発が起こったあの場面で、顔を合わせて早々に嫌悪感を隠すことなく、軽蔑の眼差しを向け、問題を起こすと決め込み追い払おうとする人間の指揮に従うなど、人間の誇りを捨てるに等しい行為ですよ」
反論の余地を奪うように浩明は赤松に畳み掛ける。
「よもやと思いますが、この場を上手く納める事で計っていた信用回復を台無しにされた逆恨みで、詰め寄っている訳では有りませんよね」
「だ、誰がそんな事を!」
「同じ事を私と灯明寺に行ったのは紛れもない貴方ですよ」
「くっ!」
赤松は歯噛みする。
一触即発の事態、それを止めたのはこの場に合わない声だった。
「ねえ、これはどういう状況なの?」
たった今、現場に駆け付けた事を示す声。
生徒会長、大谷慶が天統総一郎とその妹、雅を連れて現れた。