第2部1話
時代は変われど、変わらないものもあれば大きく変わるものもある。
電子書籍主流の現代において、学校の図書室の存在意義は本を読む場所ではなく、データを閲覧する場所へと変わりつつある。
電子書籍主流の現代、かつてやり取りされた本の貸し借りという行為は、文書ファイル化された資料の閲覧に変わっている。図書室外での資料の閲覧は、一般的なものなら携帯端末へのコピーが可能であるし、外部への持ち出しが禁止されている魔法関係の資料には閲覧許可と厳重なロックが掛けられている。
物理、科学、歴史論文もさることながら、先人達が心血注ぎ築き上げて来た魔法理論や論文、魔術師にとっては財産とも言っても過言ではない貴重な資料を閲覧する事が出来る場となっている。
青海高校の図書室は閲覧履歴に対する保護を目的とした個室型の閲覧室によって構成されている。
その一室で閲覧用のΡСの操作盤を手慣れた様子で操作する学生、それも、魔法関係の資料や文献ではなく、警察庁の配信する未解決事件や、失踪事件の資料を読みふける男、青海高校では数少ない、否、ただ一人であろう普通科在籍の魔術師、星野浩明その人であった。
「星野、お待たせ」
背後からドアの開ける音に続いて聞こえてきた声に操作する手を止めて振り返り、待ち合わせの相手を確認する。
「なんだ、灯明寺、意外と早かったじゃないか」
「そりゃ、待たせるのも悪いからね」
待ち合わせの相手、灯明寺凪は浩明に答えると、浩明も「慌てる必要ないですよ」と、ΡСの画面に向き直りる。
「ちょっと待っててくれ。すぐに終わらせるから」
元々、凪を待つ間の暇潰しに見ていた資料、待ち合わせの相手が来たのだからと、終了作業に取りかかっていたのだが、背後からのし掛かるような感覚に作業の手が止まる。
「何見てたの?」
首に回される腕、真横から聞こえてくる凪の声。
椅子に預けていただけの無防備な背中を覆い被さるようにおぶさってくる。
見ていたデータを確認するのは建前、浩明を誘惑するかのような挑発的な笑みがΡСの画面に反射して写っている。
服越しとはいえ背中に触れる柔らかいそれと、鼻腔を擽る女性特有の甘い香り、文字通り身体を張った凪のアプローチ。同学年の男子なら顔を真っ赤にする事間違いない行為に対して浩明は「君、重いですよ」と、一言で返す。
「アンタ、女の子に抱きつかれて返す反応がそれ?」
途端に頬を膨らませて不機嫌な顔に変えて、凪は浩明から離れる。身長以外はメリハリの付いた身体。行きつけの店でもクラスメイトからも評判もかなりのもの。自分でも悪くはないそれに対して、動揺するどころか、興味すら抱かれない返され方に自信を失いかけてしまい、逃げ道を求めて切り出した。
「星野、まさかと思うけど、こっちの人じゃないわよね?」
同性愛者を指す仕草を交えて聞いてくる凪に、浩明は「君ねぇ……」と操作していた手を止めて首だけを回して視線を向ける。
「作業の手を止められた事を咎めただけで同性愛者と疑われるのは迷惑なんだけどねえ。それとも、君は誰に見られるか分からない公共の場所で据え膳宜しく頂かれるのが好みで挑発する露出性癖の持ち主で挑発してきたと言うなら話は別なのですがね」
誤解を抱かれかねない物言い。浩明としては同性愛の疑惑を掛けられた事に対する意趣返しであったが、自分の行いがとんだ誤解を与えかねない事に気付いたようで、顔を紅くし、ドアの所まで後ずさると、慌てて弁解の言葉を口にした。
「なっ……そ、そんなの有るわけないでしょ!」
「ま、その位は分かってますがね」
必死に弁解する姿に口角を僅かにあげて笑みを作ると、再びPCに視線を向けて操作を再開する。
その姿に、自分がからかわれていた事に気付いた凪は今度は憤慨で顔を紅くし「あ、アンタねぇ……」と拳を握り締める。その時、どんという轟音と共に揺れが校舎を襲った。
「な、何!?」
浩明に対してのやり場のない怒りを否応なしに霧散させて、辺りを見回す。
「灯明寺、行くぞ」
その横を、手早くΡСの終了作業を終えた浩明がすり抜けて出ていくのを「ちょっと、どこ行くつもりよ」と凪は慌てて止めると、浩明は携帯端末を操作して空間ディスプレイを展開して、学内ネットワークのリアルタイムの書き込み掲示板を凪に見せる
「旧校舎で爆発が起きたみたいだ。ついてこい」
―いつの間に見てんのよ
口に出す間を惜しみつつ、凪は浩明の後を追いかけた。