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「生徒の諸君、今のやり取りを見て分かると思うが、今回の生徒総会は日を改めて再度行う。それまでこの案件は教師で預かり、調べ直したうえで審議してほしい。以上だ」
歯切れの悪い解散の言葉に学生達は、会場をひとり、ふたりと出ていく。
橘は同僚の教師に、二人に詳しく事情を聞くと告げると、小早川と明美を連れて会場を後にした。
足早に新聞部の部室に入ると、鍵をかけ、カーテンを閉じて視界を遮ると同時に、誰もいないのを
確認すると、椅子に座り背もたれに背を預け天を仰ぐように上をむき、手で顔を覆い一息つく。
「ふ、ふふふ……」
口から漏れたのは、それまで押し殺していた込み上げてくる笑いの声。
事情を聞くのに、新聞部の部室を選んだのは橘が新聞部の顧問だから、密談には最適な場所であり自分を偽る必要のない場所。
「くははははははは」
狂ったように笑い散らす姿は、学生達には決して見せた事のない異様さを醸し出していた。
「意気がっていても所詮はただのガキ。情に訴えればすぐに手をひいてくれる」
壇上での心痛な雰囲気などそこにはなく、口から出たのは浩明をやり方を馬鹿にした軽蔑の言葉。
狂気を孕んだその姿を見て、相手が教師だと言われても信じる事は出来ないだろう。
それほどの豹変ぶりだった。
「耀子さん。助かりました」
「星野のやり方を甘く見てたよ」
「気にするな。お前達で手に負える相手じゃなかった。そう言う事だ」
申し訳無さそうに謝る二人に、身体を起こして答える。
「姉さん、これからどうするつもりなんだ?」
「心配はいらんよ。再調査は私がやるからな」
明美が問いは今後を心配しての質問。橘は歪んだ笑みを浮かべて答える。
「また星野が何か言ってきたら」
「大丈夫だ。お前達は私の指示に従っていればいい。後は予定通りに上手くいくさ」
尚も不安な声を掛ける明美を諭す。
「どうせだ、不正を告発した次期会長に理不尽な暴行を行ったと言って、星野には即退学処分も言い渡すか。勿論、編入試験なぞ受けても無駄になるように手も回しておかなくてはな」
彼女の計画の最大の誤算、感情に任せた星野浩明への報復という名の処分方法を、心底楽しそうに口にする。
「目線お願いしま~す」
三人しかいない筈の部室から突如聞こえてきの声、「な、なんだ」と驚きを隠せずに声のした方を向くと、三人に一瞬の激しい灯りが何度も灯る。カシャッと言う音が遅れて聞こえてきた事で、それがカメラのフラッシュだと分かる。
「なっ!」
「ほ、星野……」
振り向いた先には、先程まで対峙していた浩明が、新聞部の備品であるカメラを向けていた。
「き、貴様、いつからそこに」
「私だけじゃありませんよ」
浩明の背後の空間に亀裂が入る。
「ま、まさか広域型の認識阻害魔法!?」
「あったり~」
形成されていた術式が解除される事で出来た亀裂が広がり、魔法で出来た壁が崩れ、隠れていた本来の姿を表すと、
「作戦成功パート2~」
そこには認識阻害魔法を展開していたであろう、コンバーターに手を添えていた凪、その後ろには生徒会長の大谷慶と、新聞部部長の里中絵里の姿があった。
「た、橘先生……」
「い、今のは一体、どういう事ですか」
ステージの壇上の時と同様の笑みを浮かべていた凪に対して、二人は驚きを隠す事が出来ずにいた。
浩明と凪から、「真実を見せてやる」と言われて連れてこられたが、先程までの橘の姿があまりにも衝撃だったのか、思考が現実に追いついていないのだ。
「ほ、星野君、まさかと思うけど?」
「ご想像の通りですよ。里中先輩。橘先生こそが副会長と風紀委員長の二人を影から糸を引いていた犯人だって事ですよ」
彼女が浮かべたであろう最悪の仮説を肯定しつつ、借りていたカメラを渡すと、改めて三人、否、橘を見据える。
「漸く本性を晒してくれましたね。おかげで真実にたどり着けましたよ」
「な、き、貴様、それであっさり引き下がったのか」
「二人を徹底的に追い詰めてやれば出てくると思ってましたよ。この教師失格の馬鹿女」
今まで言われたことの無いような暴言を吐かれて、反撃の言葉が出てこなかった橘に対して、代わりに小早川が目を血走らせて睨み付けてくる。
敵とみなした人間に対しての容赦ない物言いは星野浩明の真骨頂だな、と凪は思う。
「ふざけた事言いやがって、耀子さんに土下座して侘びろ」
「嫌ですよ。こんな犬畜生、軽蔑はしても謝罪なんて出来るわけないだろ。それと土下座の強要は強要罪になりますよ」
「何だと!」
「秀俊、待て」
謝罪するどころか、更に「軽蔑に値する」と言い捨てる浩明に、完全に血が上った小早川を橘が制する。笑顔を浮かべて冷静に勤めているようだが、浩明の毒舌に相当頭に来ているようで、目が笑っておらず、こめかみに血管が浮き出ている。
「星野、私は君の過激すぎる糾弾による学校へのダメージをおもんばかって止めただけであって、調査には私情を挟むつもりは全くないぞ」
「うわぁ~、あんだけ悪態ついてどっからそんな台詞が出てくんのかしら?」
凪が漏らした呆れの声は浩明達三人の抱いた事そのままだった。
先程までの事が丸聞こえだったのを分かったうえでのこの弁解。勿論、通じるわけがない。
「星野君、橘先生の事、いつから疑ってたの?」
「今回の用途不明金の明細を見た時だ。余りにも中途半端な金額だったからね」
「明細っていつ見たんだよ」
「「7150」安易なパスワードでしたねえ」
「まさか、俺の携帯のデータを見たのか!?」
「あなたのやった事に比べれば些細な事ですよ」
携帯端末を取り出して問い詰めるもどこ吹く風で無視する。その糾弾を無視して慶が浩明の推理を続けさせるように問う。
「ちょっと星野君、中途半端って言うけど、かなりの金額になってるんだけど」
明細書の金額は、学生にとって天文学的な額が記載されている。
「学生にとっては高額、そんな金額をいち学生個人で使い込んだとは考えにくい。かといって、複数で分けると、多少の小遣い程度。そんな程度の金額の金を取る為に結託してるとも考えにくい。となると考え付くのは、それに見合う金額の金を取っても可笑しくない人間がいたと考えたんだ」
「で、前年度生徒会顧問で現新聞部顧問の橘先生を疑ったってわけよ」
「橘先生だったら里中さんのバラされたくない秘密も知ってるそうですからね。脅して記事を書かせる事だって可能ですよね」
「教師である私がそんな事をすると思っているのか?」
「ええ、やったと思ってますよ」
当然のように言い返す浩明に、橘は睨み付けると反論する。
「私は授業が終わった後、出張に出る事が決まってすぐに学校を出たんだぞ。そんな情報を入手したとして、どうやって里中を脅せたと言うんだ」
「直接脅したのは橘先輩ですよ。本来は、私を生徒会長に引き合わせ、生徒会と対立させるよう仕向けたうえで暴力事件でも起させて失脚させる際に使い込みがあったと告発する予定だった」
「会長達に何かすれば、ファンクラブのメンバーは星野に確実に敵意を向けて実行する。そうすれば、生徒会役員の不祥事として責任を負いかねないもんね」
凪が補足すると、浩明は更に続ける。
「ところが、偶然にも天統家と私との確執を知り、それを橘先生に話した。それを聞いてより確実に両者を対立させれると考えた貴方は、新聞部部長を脅して生徒会室のやり取りをすぐさま記事にするように脅し、なおかつ、私と馬鹿連中が確実に対立するように私に化けて雅嬢を襲い怪我を負わせたってわけだ」
「後は、みんなも知っての通りの流れになったわけよね」
目論見通り、星野浩明は生徒会役員である康秀と対決し、結城康秀の暴走に託つけて彼等を加害者にし、解職請求を出される事態となったわけである。
「なかなかの名推理だが、証拠はどこにあるんだ?」
橘は不敵に笑って聞いてきた。
「私が指示していたという証拠はどこにあるんだ?」
「確かに、今のは状況から考えた私の推論でしかありませんよ」
「なら真相は闇の中だ。お前達がどう言おうが無駄って事だな」
勝ち誇った物言いに、浩明はわざとらしい溜め息を漏らすと別の視点からの切り崩しにかかった。
「確かに、主犯としての糾弾が出来ないのでしたら、代わりに消えた部費の一件で問い詰めた方が手っ取り早いですね」
「部費の一件?」
怪訝に眉を潜める橘を尻目に、浩明は慶の正面にたった。
「会長、確か生徒会は、一方的な廃部と活動が殆どない部の部費の削減を一方的に突き付けたそうですね」
「一方的にって、ちゃんと調査したうえで活動が殆どないクラブを選んだわよ」
咎めるような言い回しに、慶は心外とばかりに反する。
「別に責めてるわけじゃない。経費削減などと言っておきながら税金垂れ流す政治家よりはよっぽどマシだ」
「それ、褒めてるつもりなの?」
ジト目で睨んでくる慶を無視して、浩明は続ける。
「青海高校は新しい部の創設が、三人からでも申請すればほぼ受理されるそうですね。そして少ないけど部費が支給されるとも聞いてますが間違いないですか?」
「ええ、間違いないけど」
「成程、この学校の学生は勉強熱心ですね。なんせ魔法工学関係のクラブがここ数年で異様に増えている。創設の斡旋をしたのは橘先生だと伺いましたが」
「まぁ、相談されたので、選択肢として薦めたんだが」
「それを、自分が顧問になって申請していた」
「学生のやりたい事は、やらせてやる。それがこの学校の教育方針だろうが」
「その部費ですが、ちゃんと渡されていたんですか?」
「備品が必要なら、その都度、注文して渡していたが」
「果たして、それは本当に注文していたんですか?」
「何が言いたいんだ?」
苛立たしげに聞き返すと、浩明は領収書を取り出した。
「この二つの領収書ですが、注文した数は合わせた数で入っているんですけど、請求金額はこの多いほうの金額なだけ。それなのに少ないほうと合わせて入った数は同じ。これはどういった事でしょうか?」
「まとめて注文したって事でしょ?」
消耗品などはまとめ買いすれば割引されるので、経費削減にはよく使われているだろ、と慶が説明する。
「ならば、何故、請求書が二枚あるのですか? まとめて一枚に書けば手間になりませんよ」
「つまり、こっちの少ないほうは割引されている分を予算として計上されてるって事よね?」
凪の確認に、橘は唇を噛み、無言で睨み付ける事で答える。
「それにこの高校、魔法工学関係のクラブで機械の修理に入っている。それも同じ機械を別々のクラブで使っているみたいですねえ」
「機材に限りがあるからな。使用頻度が多くなれば、機械の故障する可能性も高いだろ」
「それで、各部ごとに同じ機械を毎月数回、メンテナンスに来ている。これはいくらなんでもおかしいですよね? 考えられるのは架空のメンテナンスをでっち上げたという事ですよ」
「ちょっと待って、それじゃ使われていた部費ってまさか……」
浩明と橘のやり取りを見て、絵里が恐る恐ると言った感じで口を開く。
「橘先生の懐、それも主に彼氏との交際費につぎ込んでいたんでしょうねえ。それを隠蔽する事が今回の事件の動機だったんですよ」
二人は信じられないものを見るように三人を見た。
「星野、いいかげんにしろ。根も葉も無い事をつらつらと」
「これ迄の先生の言った事から私はそう結論付けたんですよ」
「話にならんな。正直、君と話をする時は苛々させられたが、今回は呆れてその苛々も吹き飛んだよ」
憤りの言葉に、浩明は見当違いの質問をぶつけた。
「彼氏の選んだ服、彼氏が選んでくれたスーツ、彼の誕生日だからホテルを予約した。一度たりとも彼からプレゼントされた、もらったなどといった言葉を聞かなかったものですからね。交際に関わる金銭の負担は全て先生が出していたと思いまして。人を見る目がないと無いと言うべきか、録な男性と付き合ってないんでしょうかね」
「私が誰と付き合おうが勝手だろう!」
人生経験が殆どない、それも、まだ高校生に自分の恋愛観を否定された事に軽蔑を込めて言い放つ。更に続けようと口を開こうとして、浩明はそれを遮って次の言葉を挙げる。
「確かに誰と付き合おうが知った事ではありませんよ。交際している相手がフリーターだろうが……学生だったとしてもね」
意味深な眼差しで睨み付けると、慶が「学生?」と困惑したように口を開いた。
「結城の馬鹿長男に襲われたあの日、確かこう言いましたよね。「今日は私の彼氏が誕生日だからホテルを予約し、彼の選んでくれた服で食事をして、朝まで過ごす予定だった」と。ちなみに、どこのホテルに泊まる予定だったんですか?」
「ホテルクラタだよ。お前達のせいで台無しになったがな」
嫌味のこもった口調。浩明が慶達に詰問しなければさぞ甘い夜を過ごせた事を考えれば当然だろう。
「そう、そのホテルクラタですが、調べてみたら一泊数万はする県内では数少ない高級ホテルですよね」
「せっかくの記念日なんだ。贅沢をしたって私の自由だろ」
「そこに何か言うつもりはありませんよ。ただ、ひとつだけ気になった事がありましてね」
「今度はなんだ!?」
「そう、その予約していたホテルクラタでしたが、予約は先生の名前でされていたようですけど?」
「おい、ちょっと待て」
浩明の更に問い詰めると、明美が何かに気付いたように遮る。
「なんで姉さんの名前で予約していた事を知ってるんだ? 姉さんは一度もホテルの名前を言ってない筈だぞ」
浩明が裏を取っている事に驚いて問う。名前を明かしたのは今が初めての筈だ。
「あの日は平日、それも翌日は仕事なんですから、泊まるとすれば駅前周辺の筈。東京や大阪といった都会ならともかく、魔法都市なんてだいそれた肩書き付けたとはいえ北陸の地方都市に、誕生日デートに使いたくなるようなホテルなんかほんの数件ですよ」
魔術師宣言を行い、魔法都市と呼ばれるようになったとはいえ、未だに再開発中の都市に高級で格式高いホテルは未だに片方の手で足りる程だ。温泉で町興しをしている同県の温泉街ならともかく、駅前のホテルの数は十数件。しらみ潰しにまわった結果、泊まる予定だったホテルなど直ぐに見つけれた。
「事情を話して、予約していたプランを確認したんだけど、先生名義で一人五万円のスイートを予約されていました。ですが誕生日プランは利用していなかったようですが?」
「やっているとは知らなかったんだ」
「その言い訳で片付けるのは無理が有りませんかね。彼氏の選んだ服で着飾り喜ばせようとしていた人間が、そこを調べていなかったとは思えないんですよ。となるとやるにやれない理由があった筈だ」
「理由? 是非とも教えて欲しいものだな」
虚勢を張ったつもりか挑発的に聞いてくる。
「ホテルの予約をする際、通常の宿泊と誕生日プランを予約するのとではひとつだけ大きな違いがある。その本人が誕生日である事が絶対条件だ」
「何を当たり前な事を」
何を言っているのかと、浩明を馬鹿にした口調で罵る。
「普通に予約するならば絶対にやらない事。そう、本人が誕生日だと証明する身分証明が出来なかった、いや、やれなかったんですよ。それは何故か。付き合ってる相手があまり他の人間に知られたくない、むしろ知られると厄介な相手だからですよ」
「厄介な相手?」
絵里が尋ねる。そこにあるのは好奇心ではなく、新聞部部長として真実を問う姿だ。
「フリーターでも身分証明ならば出来る。大学生なら学生証でも見せれば十分。となると、万が一、知られて困るのは教え子、それも現役の高校生、そう、橘先生と付き合っている相手は副会長、あなたですよね」
「そ、そんなのお前の想像だろ」
「さっき、先生の事を「耀子さん」と呼んでたけど、教師と生徒の関係としては随分と馴れ馴れしくない?」
「昔からの知り合いなんだよ」
「それに、誕生日はドンパチやったあの日、五月十七日ですよね。携帯端末のパスワードは「7150」は誕生日をひっくり返しただけ。この偶然はどう説明してくれます?」
「そ、そんなのが証拠になるか!」
見苦しい言い訳に対して凪が核心を突くが、それに答える事でお互いに泥沼にはまっていってる事に気付いてないようだ。そうなる前に浩明が止める。
「灯明寺、この二人、似合いの関係だと思うぞ。人生棒に振る正真正銘の馬鹿ップルじゃないか。あと二年我慢すれば獄中結婚、新居は独房、三食飯付きで仕事にも就ける、公務員でもないのに税金で生活なんて至れり尽くせりじゃないですか」
勿論、浩明の毒舌によってだ。
「貴様あああぁぁぁ!」
その言葉に激しく反応したのは小早川だ。明美の制止を振り切り浩明に掴み掛かろうとするのを横にかわしすと、さっと足を掛けて転倒させる。
「どうやら、今の態度からして間違いないようね」
「最も、スーツを買いに行った店で仲睦まじく買い物をしていたという証言が有りますから問題ないけどね。まぁ、バレないように京都の丸菱で買い物してたみたいですけど」
「なんで京都で買ってたって分かるの?」
「駅前の丸菱なんて言うから地元の駅前に行ったんだけど、知らないって言われたのよね。そこで副会長の携帯端末のGPSの履歴で確認したら、二月と三月に京都駅前の丸菱に行ってるんですよ。それも先生の出張していた日に。学生が行くには不自然ですよね。そして、その後に行った先はホテル、これはアウトでしょ」
「まぁ、教師と現役の生徒という危ない関係のカップルがデートする場所に市内を選ぶ可能性は低い。見つかってしまえば校長室で楽しい尋問だ。そんな危険を冒してまでデートをするような馬鹿はいませんよ。となると、目の届かない県外。そこで先生は自分の出張に合わせて、県外に副会長を連れ出していたんですよ。出張先ならば地元の目もないし、まさか平日に教師と教え子がデートしてるとは思えないでしょうからね。最も橘先生の持っている携帯端末のGPSの履歴を照合すれば立派な証拠となる筈ですよ」
言い訳のしようのない状況に、「くっ」と橘が声を押し殺して、力なく床に膝をつく。
「耀子さん」「姉さん」
小早川と明美が橘に寄り添う形ですがり付く。
「くっそ、お前さえ、お前さえいなければ」
「姉さん、どうしよう、このままじゃ私達……」
二人にとっての指揮官が追い詰められた事を悟った事に不安の声が漏れる。
「大丈夫、まだ手はある」その言葉が姉から聞ける事を求め、すがり付こうとする人間に対して、浩明は決して甘くはない。
「月並みな言葉ですが、例え私がいなくてもいつか暴かれてましたよ。最も、真実を知ったで共に加担した小早川先輩には言う資格はないと思いますがね。まぁ、心配せずとも時間はたっぷりと有ります。冷たい塀の中で自分達のやった事を後悔し、被害者の味わった以上の苦しみを味わえばいいんですよ」
淡々と残された選択肢を述べると凪に指示をする。
「灯明寺、警察を呼べ。青海高校で起きた一連の騒動の犯人を捕まえてくれってな」
そう言われるのが分かっていた凪は、言われると同時に携帯端末を取り出して操作を始める。
「会長、校長に連絡。指示を仰いで」
慶は頷くと、凪同様に携帯端末を取り出した。取り急ぎの指示を済ませると張り詰めていた緊張をほぐすように肩をまわす。
「さて、後は逃げないようにキッチリと見張っときますか」
「ちょっとここで?」
「警察が来るまでだから我慢してくれ」
困惑する絵里を浩明は宥めた。
「くっくっく……」
「あん」「ほえ」「な、何?」「ん?」
感情を圧し殺した笑い声、それが踞ったままだった橘から溢れてきた事に凪と慶の二人が携帯端末を操作する手を止め、浩明と絵里が反応する。小早川と明美に縋り付かれていたままだったのがゆらりと立ち上がると、反応して振り向いた四人を睨み付ける。
目を血走らせ、狂気を孕ませて三日月に歪ませた瞳、どろりと熱されたチーズが滴り落ちたような形に口を歪ませたその顔、僅か数分の間に起きた豹変振りに女性陣は息を飲む
三人を庇うような形で三人の前に立っていた浩明は咄嗟に理解した。
自らの罪が暴かれ、追い詰められた人間の取る行動は二つに分かれる。絶望するか開き直るかだ。前者ならば打ちひしがれて動かないであろう。つまり後者のほうだと判断して次の一手を切り出した。
「橘せん…あぁ~橘さん、どうしました?」
教師と見なさない挑発的な物言いで相手の出方を伺う。
「星野、これから大人になるお前に良い事を教えてやろう。真実というものはな、権力を持った人間にはいくらでも捏造出来るものなんだよ」
「成程、それが貴方だと?」
血走った目をぎらぎらと光らせ愉悦を浮かべる橘に聞き返す。
「こう見えて私は、他の先生方からの信任が厚くてな。お前達がどう喚こうが私の言葉を信じるだろうよ」
くくっと不気味に声を漏らして続ける。
「生徒会予算の使い込みは、生徒会長である大谷慶による犯行、その処分として会長職を退き、罪の意識に耐え切れず自主退学、星野と灯明寺の二人は学園中に騒動を巻き起こした責任を負い退学処分。その際、そこの里中も予算使い込みの隠蔽に関わり自主退学。それがこの一連の騒動の真実だ」
「橘先生、それ本気で言ってるんですか?」
「本気のようだね。もはや支離滅裂を通り越して隔離病棟軟禁ものですが、本気で言ってるようだね。橘先生……もう教師と呼ぶ価値もありませんか。橘さん、私に真相を突き止めるからと頭を下げて引き下がらせてまで隠蔽したかったんですね。生徒に頭を下げてまでの形振り構わないのはよくよくですが、それが我々を前にして通じるわけ有りませんよ」
常軌を逸した言葉に浩明は真っ向から対峙する。
「心配いらないさ。お前達の口を塞ぎ消えてもらえば問題ないだろ?」
「そ、そうだ、お前逹さえ、お前逹さえいなければ問題ないんだ」
天啓を得たかのように、傍らにいた小早川と明美がゆらりと立ち上がり狂ったように睨み付けてくる。その追い込まれた様は例え正気であっても決して人が選んではいけない選択肢だ。
「成程、どうやらこれ以上、話し合いによる説得は無理のようですね」
浩明は、警戒を緩めた。