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 目の前で起きている事がスローモーションに見えているような錯覚に陥った人間は何人位いただろうと、凪はふと考える。

 浩明の炎熱蹴りを受けた小早川は、蹴られた勢いを受けて吹き飛ばされ、ステージから落ちるぎりぎりのところで止まって倒れていた。

 凪の後方から、轟と音が聞こえそうな程の勢いで出てきた浩明は、勢いそのままに跳躍し、役員達の前に置かれた机の上に着地、それと同時に自己強化術式と右足に炎を纏わせ、再度跳躍、小早川の側頭部へと蹴りを入れていた。

「すいませんねぇ、副会長さん、私に手を出されても困るんですけど、灯明寺に手を出されるともっと困るんですよ。なにせ彼女は、私の未来姉のお気に入りでして、怒らせると後が怖いんですよ」

「星野、そこは「私の相棒に何をする」って言ってほしかったな~」

 何度も見せてきた、足の炎を払いながらの言葉に、凪が要望を入れる。

「そうは言っても君ね、夕姉さん怒らせたらケーキの試食に預かれないじゃないの」

 そんな理由でかよ!

 凪も含めた全員が心の中で突っ込む。助けた理由を聞いてしまうと、先に敵意を向けたとはいえ、小早川に同情の視線がおくられる。食べ物の力とは時に絶大な力を誇るものだ。だが、幸か不幸か、今回は小早川の耳には届いていなかった。何故ならば、蹴り飛ばされた小早川は痛みにのた打ち回っていてそれどころではなかったからだ。

 呻き声を上げてのたうち回る小早川に、明美が駆け寄り、「大丈夫か?」と声をかけると、小早川は肩を借りて、支えられながらも、なんとか立ち上がり星野を睨み付ける。

 余りにも道徳から外れた行動に向けられた非難の目、しかし、浩明から出た言葉に冷静さを失う。

「おや、先輩、大丈夫ですか? これでもかなり手加減したつもりですけど」

「じょ、冗談じゃない。殺す気か!?」

 首をさする小早川に、

「その程度で死ぬなんて碌な鍛え方してませんねえ」と冷たく言い捨てると、

「それでは、続きといきますか」と続ける。

「続ける? 何をだ」

 いまだ、痛みで会話が困難そうなのを察して明海が代わりに答える。

「雅嬢を襲った理由の詰問ですよ」

「お前、まだそんな事を言っているのか?」

 心底、呆れた物言いの明美に続いて、小早川が異議を唱える。

「冗談じゃない。あんなこじ付けみたいな理由で犯人にされてたまるか!」

「いえ、私は副会長だと思いますよ。実際にこうやって解職請求を会長に出してるじゃないですか。使い込みをしていた事を会長達に擦り付ける為に、私とそこの馬鹿連中との関係を利用して対立させ、評判を落とす事で」

「一方的に予算を削除されて、会長達を恨んでいたのは他にもいるだろ」

「その可能性は低いと思いますがね」

 声を荒げる小早川の主張を遮って、浩明は推理を続ける。

「webニュースの内容はどう見ても憶測のゴシップ記事、それを鵜呑みにして私を襲うならともかく雅嬢を狙う理由にはなりませんよ。実際にそんなのを認めないと襲ってくる馬鹿もいましたからね。仮に雅嬢を襲ったと言うなら、私が報復をするという可能性がある。そう、あの記事が憶測ではないと断言できる人間。私と馬鹿連中との確執を確実に知っていた、つまりそのやり取りを直接聞いていた人間に限られる」

「それが俺だってか。仮にそうだとしても、お前にちゃんとしたアリバイがなければ成立するわけ無いだろ」

「そう、それこそがこの計画には必要不可欠なもの。もし、私が襲撃出来るという僅かな可能性が残っていれば、例え私が違うと言っても周囲が認めない。それでは彼等の信用を落とす事が出来ませんからね」

「だったら俺には」

「共犯者がいたとしたら?」

 尚も食い下がる小早川を畳み掛ける。

「共犯者?」

「そう、確固たるアリバイを証明させる為に私のもとに共犯者を付けて観察していたんですよ。そして私を襲撃、まぁ、今回はあのゴシップ記事を鵜呑みにして襲った連中がいましたが、いなかったらその共犯者が自分だと分からないように襲撃し、自らが偶々居合わせたようにアリバイを証明する。それとほぼ同時刻に副会長が雅嬢を襲った。その共犯者は……橘先輩、あなたですよね」

 突然の名指しに、全員の視線が彼女に向けられる。それにひるむ事無く、明美は大きく溜息をついた

「なかなか見事な想像だな。君達の無実を証明する為の労力を台無しにされた気分だよ」

「確かにそれには感謝してますよ。あの付近の住民の方々に聞いてまわってくれたそうですね」

「風紀委員として当然の行いだろ」

「そして、逃げ込んだ家の人から証言を取ってきた」

「その通りだが」

「その時、橘先輩はどう質問したんですか?」

 確認の後の質問に、明美は意図を探るように答える。

「どうって、君がお姫様抱っこで女性、まぁ灯明寺を抱えて逃げ込んできたのは何時頃だ、だったかな、姉さんにもそう報告した筈だそ」

 ステージ前の女子生徒から、意外と大胆とか、いいなぁ、と羨望の声が聞こえてくる。

「つまり、橘先輩は、その家の方にはそう確認したって事ですよね?」

「それがなんだ。君達の無実を証明するのには充分だろ」

 おかしな事は言っていない。そう返した明美に、凪が次の手で切り出した。

「それじゃ先輩、私が星野にお姫様抱っこをされているのを目撃してた人は誰ですか?」

「誰って、だから君達が逃げ込んだ家の住人が……」

「「お姫様抱っこで逃げ込んだ」って言ってるんですから、先に見ていた人から証言を取ってから行ってるはずですよね」

 凪の指摘に、一瞬表情に驚きが浮かぶが、すぐに表情を戻した。

「すまない、どうやら勘違いしていたよ。その証言は君達が逃げ込んだ家の住人が、門をくぐった時に目撃していた……」

「星野と一緒に謝りに伺った時、あの家のおばあさん、こう言ってましたよ」

 その時のやり取りを思い出すように仕草を真似て言う。

「本当に驚いたわ。ガサッと音がしたと思って外に出たら、あなた達か座り込んでひそひそと話をしていたんだから、とね」

「あのおばあちゃん、お姫様抱っこなんて一言たりとも言ってないんですよ」

 矛盾点を突かれて、明美の表情が強張る。

「念のために、付近で聞いて回ったんですけど、あの日、付近でこの学校の男子生徒が襲われ、全身大火傷を負って、病院に搬送されたという話題は出てきたんですけど、お姫様抱っこして走っている人間なんか誰も見てないんですよ」

「じゃあ、先輩の証言ってどこから出てきたんでしょう?」

「そう、答えはひとつ。現場にいて直接見ていた人間にしかそんな証言は出来ないんですよ。更に加えて言うなら、私を襲ったホモストーカーを襲撃して彼等に火傷を負わせたのも、橘先輩、あなたですよ。本当なら自分が馬鹿連中のファンになりすまして襲い、自らが目撃者となり、私があの馬鹿連中に報復する大義名分を作るようにして、アリバイを作ろうとした。ですが、都合良く襲ってくれたおかげで自ら手を汚す必要が無くなったがもし、何かしら不都合な事を言う可能性がある。だから、当分の間、喋れないように意識不明の大火傷を負わせた、そうですよね?」

「風紀委員の私がそんな事をするわけないだろ。いい加減にしろ!」

 明美が語気を荒げる。

「では、はっきりさせるためにも、逃げる私達を誰が見てたのか教えてくれませんか?」

「そ、それは……」

「灯明寺、その位にしとけ」

 凪の追及に明美が言葉を詰まらせる姿が、想定内だったようで、浩明は凪を止める。しかし、後一歩で止められた凪は、だけど、と納得がいかないようだ。

「後は、しかるべき方法を取りましょう」

「しかるべき方法?」

 小早川と明美、二人を一瞥し、凪の方を向く。

「灯明寺、お巡りさんに通報だ。暴行傷害の容疑者を捕まえてくれってな」

 二人から余裕が消えた。

「ほ、星野、お前何をするつもりだ!?」

「ふ、ふざけるなよ、憶測だけで警察呼ぶなんて出来ると思ってるのか!」

「無実だと言うなら出頭するべきですよ」

「お巡りさんの前でその矛盾をちゃんと説明すれば簡単に帰してくれますよ。後は携帯端末のGPSの履歴見せて、雅嬢が襲われた瞬間、そこにはいないって言えばいいだけですよ。他にも……」

 証明する方法を何個かあげていくのに比例して、二人の顔が青ざめていく。その様子が、星野の言葉が間違いないものだと確信付けていくようだ。

「おや、先輩方、顔色が悪いみたいですね」

「警察病院で診察してもらえば大丈夫でしょ」

「だな、じゃあ灯明寺、はやいとこ通報してくれ」

 その様子を見て、二人は洒落にならない茶化しあいをする。そして、軽いノリで凪に指示すると、同様に「ほーい」と、軽い返事で携帯端末を取り出し、操作を始める。

 この二人、本気だ。

 取り返しの付かない事態になる。

「待ってくれ!」

 それを止めたのはこの場において、予想外の人物だった。

「姉さん」「橘先生」

 浩明の担任であり、明美の姉、橘耀子だ。

「橘先生、どうかしましたか?」

 教員席にいた彼女は、壇上に登り、二人を守るように前に立った。

「頼む。星野、それだけは止めてくれないか」

 心痛な面持ちで頭を下げて、懇願する。

「妹可愛さに、隠蔽の頼みですか?」

「わお、姉妹仲良いですね~」

「違う、そんなつもりはない」

 毅然とした否定の後に凛と浩明と凪を見た。

「この一件、我々で調べ直させてくれないか」

「そんな回りくどい事するよりも、手っ取り早く済ませるべきでしょう。灯明寺、電話してくれ」

「了解」

 聞く耳持たずの二人に再度頭を下げる。

「勿論、この二人が本当に星野の言った通りならば、お前の望み通り警察なりなんなり好きにしてくれればいい。そうしてくれないか」

「そこまで言うのでしたら分かりました」

 二度の懇願は、渋々といった形であるが、星野の最後の一手を踏みとどまらせた。

「それでは、公正な調査をお願いしますね」

「約束する」

 その言葉を危機終えると、隣の凪に「行きますよ」と声を掛けて踵を返しかけて、「あ、そうだ」と思い出したように三人の方に振り返った。

「この一件、温情措置はここまでですので、次は問答無用でつぶしますので」

「わ、分かった」

 少し怯んだが、頷くのを確認すると

「さて、灯明寺、さっさと戻るか。無期停学処分中の学生が、いつまでもここにいたら迷惑でしょうからねえ」

「それ、今更だよね」

 凪を連れて会場を後にした。







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