41
「ここにある資料を見た通り、生徒会長や、他の生徒会役員が生徒会予算を私物化し、着服していた事実が明らかとなりました。」
ステージの壇上に立ち、生徒会長である大谷慶、総一郎達を糾弾する小早川の姿はまさしく被告人を責め立てる弁護士そのもの。康秀の暴走が引き起こした騒動も、追い風となり、総一郎とこのみがいくら否定しても受け入れられない、自分達が星野浩明にやろうとしたと言われたそのままの事態に陥っていた。
謹慎処分を受けている間に、いつの間にか自分達の地位は脆い砂で出来た大地が如く崩れてしまったのを激しく痛感させられる。
「以上の事から、私は、現生徒会は職務を全うしていないと判断し、現生徒会長、大谷慶、及び生徒会の解職を請求します」
「分かりました。確かにこれが事実なら私も相応の責任を負って生徒会長を退きましょう」
それまで、何も答えず座ったまま否定も弁解もせず、傍観者に徹していた慶は冷静に答える。
「随分と潔い態度ですね。先日の時とは大違いだ」
生徒会室での態度とは、まるで雲泥の差と言っても過言ではない姿に小早川は心の中で舌を巻いた。
総一郎とこのみも、普段の慶とは全く正反対のその姿に、「会長、何を……」と続けようとした言葉を飲み込む。傍観者である他の学生達も、席から立ち、小早川に相対する慶の振舞いに注目している。
それが本来の立ち振舞いなのか、ただの開き直りか、それとも逆転の一手が有る事による自信の現れか、ともかく、それまでの慶からは考えられないその姿は、小早川に疑念を抱かせる。
「ただし……、私の質問にひとつだけ、ちゃんと答えてくれればの話ですけどね」
「な、何かな?」
今まで一度も見た事のない慶の浮かべる不敵な笑み。それが小早川に不気味さを抱かせる。
「小早川君が調べたというその使い込み、それをやったのが誰なのか、それを教えてくれないかしら?」
「なんだと?」
「生徒会役員は会長である私が選ぶ選任制、それならば、使い込みをした役員と一緒に謝罪したうえで、責任を負って退きたいと思います。ですから、使い込みを行った役員の名前、ここで言ってくれませんか?」
潔さと、有無を言わさない物言いに小早川は言葉を詰まらせる。しかし、想定の範囲内だったのか、直ぐに平静を取り戻し答える。
「会計を扱っていたのは天統雅、彼女が領収証に細工して経費を上乗せしてたんだろ。まあ、問いただそうにも、未だ意識不明では不可能だろうけどね」
「天統家の御令嬢が生徒会入りしたのは入学した今年の四月、その僅か一ヶ月で、そんな大それた事をやるとは考えられないのよね」
「だったら、この領収証はどう説明を付けるつもりですか?」
「会計の仕事は領収証の管理、提出された領収証をデータにして管理し、予算として計上する事。つまり、提出された領収証の金額があらかじめ水増しで記載されていたら、私達にも可能じゃない?」
私にも、彼にも、と自分や総一郎、このみを手を差し、最後に小早川に手を向ける。
「もちろん、小早川君にもね」
「馬鹿馬鹿しい、告発した僕がやるわけないだろ。それに、責任を負うなら星野浩明の一件でまず負うべきだろうが」
「だったら、何故、それを理由に解職請求をしなかったのかしら?
星野の一件はともかく、御嫡男殿が廊下で放った広域殲滅魔法の一件ならば確実に責任を負わせる事が可能な筈よ。それをやらずに敢えて使い込みが有った事を挙げて解職請求したのには、そうしなければいけなかった理由とが有るって事よね」
核心を付いた物言いに、小早川の声が荒くなる。
「そんなもの有るわけないだろ! あくまで開き直るつもりか?」
「行動を起こす時とは、何かしらの理由と目的があるはずです。そこに今回の一件の真実がある。私はそれを追及してるだけですよ」
「真実、真実ってごちゃごちゃと、あんたは責任取ってさっさと引っ込んどけばいいんだよ!!」
「化けの皮が剥がれたわね。正義の味方気取りの三流、いや四流、やっぱりここはもう二倍した八流の馬鹿人間」
「ちょっと、会長?」
普段の慶からは絶対に聞く事のない言葉に、聞き手が目を白黒させる。普段のほんわかとした笑みを浮かべている印象とはまるきり正反対だ。
「この六十四流の馬鹿人間に真実の追及を求めても無駄のようなので、質問を撤回します。代わりに私自身で本当に使い込みが有ったのか、徹底的に調べ直します」
「ちょっと待て、会長」
慶の宣言に、生徒会役員席に向かい合う形で設けられていた委員会席から風紀委員長の明美が立って、二人の間に立った。
「会長、落ち着いて下さい。一体どうしたんですか? あなたらしくもない」
この場にいる全員が浮かべているであろう言葉を明美が投げ掛けると、小早川も「そ、そうだ、まるで……」と、言いかけて言い淀む。小早川の中の何かが警鐘を鳴らす。
「まるで………何?」
口許に人差し指をあて、首を傾げ、淡々と、しかし、どこか嬉々として聞き返す言葉に、焦りを感じる。
その姿がある可能性が浮かべさせる。そしてそのやり方がある人物を想い浮かばさせる。それも一番関わりたくない人間にだ。否定したい現実が這い寄って来るようだ。
「お、お前、まさか、星野か!?」
慶の口許が三日月の如く歪む。
それが、小早川達の疑念を確信に変える。
売られた喧嘩は買い叩く。例え、魔術専攻科の学生、全てを敵にまわしても臆すること無く対等、いや、むしろ圧倒するであろう人間の姿を思い浮かべる。
「あちゃ~、ここまでかな」
その言葉と同時に慶の身体が光り出すと同時に、光の粒子が周囲に飛散してゆく。
光の粒子、それは、術式変換されていた魔力粒子、それが解除される事により、粒子へと還元されていくプロセス。
それにより、目の前の慶が、擬装魔法を使っていた事による別人だった事を、全員に理解させる。
全ての魔力粒子が光となり散った後、そこにいたのは、彼等の予想通りの人物では無い事に一瞬の驚きを与えるも、直ぐ様納得する。背は多少低いものの、短い髪を両側で束ねメリハリのついた身体、すらりと伸びた脚を黒のニーソックスで僅かに露出させ、絶対領域を見せつける少女。
「灯明寺……凪!」
「残念、はっずれ~、星野じゃなくてゴメンね~」
イタズラを成功させた小悪魔がそこにいた。