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「星野、データを確認したいって言ってたわよね」
「ああ、言ってたけど」
「真正面からお願いしても無理ってのは分かるわ」
「あの副会長が素直に首を縦には振るわけないだろうからね」
「それもちゃんと理解してるつもりよ。だからって……なんで男子更衣室のロッカーをあさる事になってんのよ!!」
躊躇なくロッカーを開けて、中身を確認しての動作を何度も繰り返していた浩明を、遠巻きに見ていた凪は一呼吸置いてから、ロッカーをバンと叩くも、浩明は気にする事なくロッカーの物色を続けながら答える。
「女子更衣室じゃないんだから問題ないだろ」
「いや、ある意味で大問題だと思うけど……」
男が男の制服を物色、特殊な趣味を持つ女性なら垂涎ものであるが、浩明の行動はそれを期待させることの無い事務的なものだ。
「で、なんでデータを見るのに男子更衣室に来る必要があるのよ? 生徒会室のパソコンを見れば簡単じゃないの」
「確実さを狙った結果だよ」
目的の人間のロッカーを見つけた浩明は、制服のポケットやロッカーの中を確認しながら答える。
「あの連中、本当に予算の使い込みをしたと思う?」
「そう聞かれると、やったとは思えないわね」
「ええ、私も君の言う通り、やった可能性はかなり低いと思ってますよ。むしろ、使い込みをしたという話が出た事が疑問ですからね」
「どういう事?」凪が浩明の疑問の真意を問う。
「生徒会メンバーだけど、天統家に結城の御曹司、会長は確か……」
「京都の大谷宗家の御令嬢よ」
大谷宗家
天統、結城に次ぐ魔術師の名門であり、「魔術師宣言」の発せられた所謂、魔法黎明期から数年、魔法の普及と地位確立を目的に県外に移り住み、その地で魔術師達を育成し束ねていった一族のひとつである。
その地を治めた事により生計を立てている家も多く経済的危機に陥る事態は殆ど無い筈だ。
天統家と結城家は言わずもがな、魔術師に必要不可欠なコンバーターを世に送り出した功績により魔術師の頂点に君臨する家柄へと押し上げた。「魔術師宣言」の後、魔法行使の補助デバイスとして開発されたコンバーターは、当時、科学研究所(後に魔術研究所に改名)の所長として陣頭指揮を取っていた総一郎達の曽祖父、天統清孝と、副所長であり、右腕として開発にあたった康秀の曽祖父、結城克政の二人によって開発され、人類に魔法と言う未知の力をもたらした。
その功績は両家に多大な利益と、魔術師の先駆者として黎明期からその地位を不動のものとした。故に彼らの経済事情はかなりのものだ。
「少なくとも生徒会メンバーには、食い潰しても有り余る財産があって、わざわざ生徒会の予算を使い込む必要なんてあり得ないって事だ」
「て事は、使い込みなんて全くのでっち上げって言いたいの?」
「可能性としてはかなりね。つまり、そのデータも改ざんされた可能性があるわけだ。さて、最初の質問の答えだけど、そんな危ないデータを手の届かない生徒会のパソコンの中に残すとは考えにくい。かといって自宅に置いといて、もしも、何かあったらと不安にかられる位ならば手許に置いといたほうが賢明、かといって小型の記録媒体だと紛失する可能性がある。そう考えるとデータを隠せて、紛失する可能性が最も低いもの。そう……」
凪に見せるようななブレザーのポケットの中から取り出した物、それは
「成程、携帯端末か……」
納得したように、ぽつりと呟くと同時に、浩明の一連の行動を察する。
常に手許に置いといく携帯端末であるが、唯一、手離す時、それは体育の授業だ。だからこそ小早川が体育の授業に出席している最中に狙いを定めて男子更衣室に乗り込んだという事だ。
凪が納得したのを見届けると、浩明は携帯端末を
操作しだした。
「あら、ロック掛かってる」
「そりゃ、掛けられてるんじゃない?」
浩明の仮説通りなら、その位は当然だろうと茶々を入れる。
しかし、それも想定内と、自分の携帯端末とケーブルを取り出し、小早川のそれに繋ぐと空間ディスプレイを展開し、「暗号解読ツールは……」と確認しながら操作を始める。
「ちょっと、手馴れ過ぎてない?」
手際の良さに、思わず問いただす。浩明の行いは念を押すまでもなくハッキングだ。そもそも自身の
端末に暗号解読ツールを入れている事自体、おかしい。
日常的に行っているのかと、疑問の眼差しを向けてくる凪に、浩明は空間ディスプレイから視線を外してふっと笑みを浮かべる。
「師匠に一通り教えてもらったんだよ」
―また師匠!?
それを声に出さなかった自分を、凪は自画自賛した。
「まぁ、そんなにしょっちゅうはやってないけどね」と、フォローになっているのか分からない言葉に「へ、へぇ、そう」と曖昧に答えながら凪は誓った。
この男の言う師匠とやらは、星野浩明にどのような男になってほしくて指導をしたのか問い詰めてみようと
「おっと、解読完了だ、パスワードは「7150」と」
浩明の師匠の人間性を疑う、僅か数分で浩明はロックを解除すると小早川の携帯端末の操作を始める。
「ビンゴ、これをコピーして、生徒会の予算と照らし合わせれば不正があるかどうかはっきりするぜ」
ポケットから記録媒体を取り出すと、小早川の
携帯端末にさして、コピーを始める。
「念の為だ。他のデータもコピーしておくか」
余裕を見て容量の大きい記録媒体を持ってきた為か、随分な念の入れようだ。
凪が横から端末を除き込むと、十数分とメッセージが表示されていた。
―手持ちぶさたになっちゃったな
ロッカーに背を預けてもたれ掛かると、横で時間を見続けている浩明に顔をむける。
お互い無言のまま、男子更衣室に静寂が包む。
「ねぇ」おもむろに声を掛けると、「なんだ?」と返してくる。
「前から聞きたかったんだけど、結城先輩の氷結魔法を防いだアレ、一体どんな術式を構築したの?」
手持ちぶさたを紛らわす為に凪が切り出した話題、それは、自分達を停学に追い込む原因となった康秀に対して自分を二度、守るために浩明が使った魔法の事だ。
魔力粒子で構築された炎や氷の塊を相手に投げつける、通称、魔法弾とも呼ばれる攻撃に対しての対処法は、一般的に速度強化による回避か、魔法防壁による防御のふたつ。しかし、浩明は叩き落とすという常識破りの方法。おまけに落とされた氷の塊は、その後、魔力粒子へと還元された。粒子還元など目の当たりにして聞かずにはおれなかったのだ。
「それ、私が答えると思う?」
「ですよね~」
返ってきた答えに、苦笑する。もともと分かっていた事だ。秘密主義の星野浩明が教えてくれる訳が 無い事を。
「じゃあ、さ」と、質問を変える。凪が浩明と出会った時から彼女のなかに生まれた疑問、恐らく浩明が捻くれていると思わせる根本的な質問を。
「星野って、なんで魔術師やってんの?」
「はい?」
虚を突かれた問いに、怪訝な表情を凪に向けてきた。
「だってさ、私が星野の立場だったら、絶対に魔術師なんかならないわよ」
浩明の天統家で受けてた扱いを英二から聞いている凪には、浩明の行動は理解し難い所がある。
浩明は魔法のせいで居場所をなくし、魔法のせいで人生を無くしかけた。二度と関わりあいたくないと考えて可笑しくないはずだ。
しかし、目の前にいる浩明は魔術師としてここにいる。それも、天統家の人間と対等、いや、間違いなく上をいく魔術師として大成している。その理由が知りたかったのだ。
凪の言葉に、浩明は「そうだな……」とおもむろに語り出した。
「理由としてはふたつ、あの外道鬼畜共を見返してやりたかった、もうひとつは魔法は便利な道具だって事だ」
「ど、道具?」
うわぁ、と凪の頬が引きつる。ひとつめは反骨精神で片付くが、問題なのはもうひとつの方。考え方が数多の魔術師とは正反対だ。
魔術師は魔法を使える事に誇りを持っている。魔法を使えない人間とは違うという思いと、責務を背負っているからであり、道具として扱う魔術師はまずいないだろう。
凪の態度から、彼女の思っている事が筒抜けだったようで、浩明は溜め息をつくと
「天統家が憎いから魔法も嫌いなんて、坊主憎ければなんとやらで、人生、損はしたくないんでね。せっかく便利な道具なんだから利用する手はないだろ」
魔法は道具、あくまで便利な物扱い、凪には思いつかない考え方だ。
「それも、師匠さんの影響?」
「まあね」と答える浩明に、ぶれないなぁと、呆れて溜め息を漏らした。