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大谷慶への解職請求が出た翌日、浩明と凪は職員室に来ていた。内容は、今回の騒動に対する処分が決まったとの事で、橘に連絡を受けたからだ。
「お前達の処分だが、二人仲良く無期停学だそうだ」
橘の言葉に、浩明は分かっていた事を確認するように「そうですか」と答える。凪に至っては「退学届けってどう書くんだろ」と腕を組み考え込む始末。反省の色と言うものが全く見えない姿に額に手を当てて項垂れる。ちなみに、今回の話を聞いた英二と夕は「ま、ヒロ(君)だからね」と言って、笑ってスルーし、この親にしてならぬ、この兄にして……と橘を呆れさせたそうだ。
仮に指摘した所で、「悪い事をしたつもりはありません」と言い切るのが分かりきっているので、それを口にしないのは諦めきっている証拠だ。
「つくづく、君達の将来が不安になってきたよ」
「魔術専攻科の学生の頭の中よりかは有望だと思いますが?」
嫌味に対してもどこ吹く風、つくづく始末に負えない。呆れて肩を落としてため息を漏らす。
「あ、そうだ。天統先輩達の処分はどうなったんですか?」
そんな橘の様子に気にする事なく、凪は思い出したように切り出す。
「それは君達には関係ないだろ」
「いや、関係ありますよ。私と星野は先輩達のせいで停学ですよ」
辞めるつもりの二人には関係ないだろう、と言う物言いに、凪が食い下がる。それに根負けした橘は一息ついて口を開く。
「正直に言うと、まだ決まっていないんだ」
「決まってない?」
橘の言葉に浩明は興味を示した。
「それはまた、我々がいなくなった後、事実を捻じ曲げて、彼等を被害者にする算段ですか?」
「そんな事するか!」
「そういう事実を捻じ曲げ、自分達に都合のいいように隠蔽し被害者面しようとするモンスターが山ほどいると思いますがね?」
飄々と返す浩明に橘は反論できず睨み付ける事で返す。仮にそうした場合、浩明達は相応の対応をするつもりである。主にその手の話が興味津々の方々に情報を流すだけであるが。
疲れきった表情で、机の上のパソコンを操作し学内新聞のページを立ち上げて、浩明達に見せた。
「原因はこれだ」
その内容は、生徒会役員の一部に生徒会予算の使い込みをしていたという内容と、一方的なクラブ活動の休止と予算削減によって浮いた予算がそのままどこかに消えたらしいと書かれていたのだ。
「この記事が出回ったせいで、今、我々はバタバタしてるんだ」
「成程、図らずしも私達は、彼等の不正を暴く切欠を与えたわけですか」
ニュースを一通り読み終えて浩明が漏らした。
「全く……、どこから漏れたか知らんが、小早川も解職請求時に追及するって息巻いているぞ」
「あぁ、そういえば解職請求はあの副会長が出したそうですね」
「ま、前生徒会からの続投のあいつからしたら、会長達がした事は絶対に許せないんだろうな」
思い出したように浩明が聞くと、橘が小早川の心情を察する。
「続投?」
「あれ、知らなかったの? 小早川副会長って、前年度は生徒会会計に所属してて、次の生徒会選挙では会長確実って噂だったんだけど、天統先輩達に推されて立候補した大谷会長に敗れて落選しちゃったのよ。だけど、会長から「アドバイスが欲しい」からって副会長の要請を受けて生徒会入りしたのよ」
生徒会の事情を良く知らない浩明に、凪が説明した。
「他に続投した生徒会メンバーは?」
「いないわ。彼だけよ」
「成程、彼だけが続投なのか……」
何かを考え込むように答える。
「君達、もういいか? この後、避難訓練の打ち合わせがあるんだよ」
「あぁ、そうですか。では……」促されてその場を後を去ろうと何かに気付いたように振り向きなおした。
「そうだ、ひとつ聞き忘れてたんですけど、先生のそのスーツ、どこで買われたんですか?」
「それを聞いて、何をするつもりだ?」
的外れな質問に、橘は眉を顰めて聞き返す。
「実は、今度、SNSで交流しているラノベ作家の方から出版記念パーティーに招待されたのですが、着ていくスーツが無くてですね。是非とも参考にしたいんですよ」
「学生なんだから制服でいいだろ」
「出来ればスーツで行きたいんですよ。この騒動に対しての保険という意味でも」
「お前な……」
理由を聞いて、何度目になるか分からない溜息を漏らす。
「駅前の丸菱だよ。オーダーメイドの店だが、二着買えば多少割り引いてくれるのでな、それを利用したんだよ」
「そうですか」
浩明が一礼して踵を返したところで思い出したように口を開いた。
「最後にもうひとつ、風紀委員長に報告したストーカーってどうなりました?」
「ストーカー……、あぁ、明美が言っていた件か。彼らなら入院中だ」
「入院?」
「君達に背後から襲われた、と病院で証言しているんだがね」
「それ、被害妄想ですよ。私達、襲われそうになって逃げましたから。なぁ、灯明寺?」
「は、え、えぇ、星野の言う通りですよ」
浩明に振られて、凪は顔を一気に紅くさせて応じる。あの時、咄嗟の行動とはいえ、浩明にお姫様抱っこと言う一生に一度はやってもらいたい女子憧れのシチュエーションを経験したのだ。それを思い出して反応に遅れるのも仕方が無いことだ。
「その件だが、明美がきっちりと君達の無実を証明してくれたよ。近隣の住民がお姫様抱っこで走る君達の姿を何人も目撃してたそうだ」
「なっ!」
全てを見通していた橘の言葉に、凪の羞恥心にとどめを刺した。