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「こ、小早川君、これはどういうつもりなの?」

 目の前に突き出された書類を前に、慶は思わず椅子から立ちあがり問い詰める。その声からは信頼が裏切られた驚きと恐怖が込められているのが感じられる。

「見ての通り、会長には会長職を辞任、現生徒会のメンバーの入れ替えをさせていただきます」

「なんでこんな事を!?」

 淡々と語る小早川の口調に、慶は意図が分からず聞き返す事しか出来ない。

 副会長、小早川秀俊は会長選で、現会長である慶に敵わず落選したものの、前生徒会での実績を買われ、副会長として要請を受けて生徒会入りし、現生徒会では経験不足の慶や総一郎達の指導を行っており、融通が効かず、とっつきにくいところもあるが、慶達も全幅の信任を置いていた。だからこそ彼の行動は慶にとって青天の霹靂であった。

「こんな事? 生徒を何人も怪我させる原因を作っておいて、尚もその椅子に座っていられるとでも思っていたのですか?」

 淡々と語る口調からは、侮蔑の篭もった感情がありありと漏れてくる。

「た、確かに今回の事は私達に問題があったのは確かだけどだからって!」

「星野浩明と灯明寺凪の二人は、今回の件、退学の処分であっても受け入れると言っていたそうてすよ」

 反論の余地を塞ぐように出された情報に、慶は表情が凍り付いた。自分の保身の為に付いた嘘が、二人の人生を狂わせた事に大きく動揺し、それと同時に、それ相応の処分があって当然という小早川の意図がはっきりと伝わったからだ。

「分かって頂けたようで何よりです。来週の生徒総会で一応、弁護の機会はあるとは思いますが、身辺整理をしておく事をおすすめしますよ」

 茫然としたままの慶の前に、解職請求の書類を置くと踵を返して小早川は生徒会室から出ていった。

 後に残ったのは、緊張の糸が切れ、椅子に座る事なくへたり混み、頬に涙を流し、嗚咽を漏らす哀れな少女だった。


 

 結城家本家は一般的な住宅から比べたら余り変わらない造りだ。

 魔術師の中心にある天統家の分家筋では最も本家に近い家柄である結城家には質素過ぎるのでは、とよく分相応な屋敷への建て直しを勧められるのであるが、「分家である結城家が天統家のような屋敷を建てるなど、それこそ文不相応だ」という考えから基づいている。

 その応接室では当主代行の結城元信が、総一郎とこのみに詰め寄られていた。

 というのも、二人は今後の事と、浩明への対応について相談しにきたのであるが、元信から出された指示は「星野浩明への接触禁止」と「自宅謹慎」のふたつ。当然の結果であった。

「おじさん、どうしてですか!」

「そうだよ!」

 向かいに座る二人を前に信康は深く溜め息を吐いた。

「冷静さを欠いたお前達が動いても混乱するだけだ。先入観だけで判断して動いた結果がどうなったのかまだ分からないのか?」

 正論をぶつけられ、詰め寄る二人が言葉を詰まらせる。 

「だ、だったら康秀の事はどうするつもりですか!?」

「お兄ちゃん、浩明君に負けてから部屋にこもったまま出てこないんだよ」

 ならばと、浩明に再起不能寸前にまで追い込まれた康秀を引き合いに出して、浩明への対応を求める。

 浩明に糾弾されてから康秀は稲木先生や総一郎達に付き添われて、なんとか自宅に帰る事が出来たものの、それからの数日間、誰との接触を拒み、手伝いの人間が差し入れる食事にも手を付けず、後悔に苛まれ続けている。話を聞いて駆けつけた元信にですら取り付くしまがなかったのだから、心の方に再起不能寸前のダメージを受けたことが容易に分かった。

「浩明の件についても、手出しをする事を禁止する。反論は認めん。話は以上だ」

 取り付くしまがないのを悟ると、二人は納得の行かない顔のまま、不満を隠す事無く一瞥だけして居間から出て行った。




 感情のまま、力任せにドアが閉じられると、緊張の糸が切れた元信はソファーに背を預けて天を仰いだ。

「いつかはこんな日が来ると思っていたが、目の当たりにすると堪えるな」

 思わず漏れたのはどこか達観したような呟きだった

 ソファーの背もたれに体重を預けると感慨に耽る。

 思い起こせば、浮かんでくるのは後悔の言葉しか出てこない。

 魔法が世に普及してたかだか四十年、その短い年月の中でも、箔を付けるが為に名門を気取った事が浩明をあそこまで追い込んでしまった。その急速な改革は一族の人間に「魔法が使えない人間を見下す」という悪しき風潮を生み出してしまった。だからこそ、天統家の次男でありながら、ひたむきに努力すれど、一向に魔術師として魔法が扱えなかった浩明は嘲笑と蔑みの的となり、ありとあらゆる中傷を受け続けていた。

 そんな彼を庇い、今のままでは天統家は駄目になると警鐘を鳴らしたのは、後に義兄となる星野英二と、他でもない元信自身であった。

 しかし、そんな警鐘は当主であった吉秀達に「おかしな事を」と一笑された。

 結城家に入り婿で入った元信には魔術師としての才能は有っても、発言力はほぼ皆無であり、英二にいたってはもともと権力に興味が無く、何度も言えど話を聞かない当主達に煙たがられ、遠方での仕事や、手の掛かる仕事を押し付けられ続けた事と、浩明の一件もあり愛想を付かして出て行き、あのような事態になってしまったのだ。

 あれから五年、当主代行として、没落した天統家の再建と意識改革に努めてきたが、それも今後どうなるか考えるだけでもぞっとする。

 ―こうなると恐るべきは浩明の変わりようか……

 負のスパイラルに陥りそうになるのを振り払うように頭を揺らしてから、額に手を当て天を仰ぐ。

 思考を切り替えて、一番の懸念材料となった浩明を思い浮かべる。

 ―とんだ狸を飼いならし始めたもんだ

 一連の報告を聞き、あまりの変貌振りに思わず身震いをしてしまう。

 かつて、天統浩明だった頃の彼は、自分が「大丈夫か」と声をかけると弱弱しい笑顔を向けてくる少年だった。今にも手折れてしまいそうな身体でありながら、皆に認められたくて血のにじむ努力を重ねていたのを覚えている。

 しかし、星野浩明となった今は、天統家でもトップクラスの魔術師である結城康秀を手玉に取れる実力を付け、魔術師としての自信と心を粉々に砕く冷徹さを持ち合わせ、敵に対しては物理的と社会的の両方をつぶす徹底ぶり。

 もしも、天統家が敵と見なされたら、浩明は躊躇する事なく、敵意と共に魔法を振るうだろう。それも跡形も無くだ。

 その時、彼に対抗出来る魔術師が天統家に何人いるのだろうか……

 温度調整が効いた部屋の筈なのに言い知れない身震いを起こしてしまう。

 ―それだけは避けなければ

 総一郎達を康秀の二の舞にさせるわけにはいかない。

 最悪の事態を回避させる為、元信はすっかり冷め切ってしまったコーヒーを口に含んで思考の海に身を落とした。

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